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第二話 灰燼に帰す

「はぁはぁはぁ」


 流石に息が切れる。

 周囲の敵は全員沈黙した。恐らく、全員息はない。


「坊ちゃん、まだ小さいのによくやれたな」


 彼を見やると、剣を杖代わりに辛うじて立っている。


「ガキ扱い……するな!」


「それは悪かった」


 無傷ではないが、戦いに大きな支障はなさそうだ。

 この強い覚悟と戦闘センスは目を見張るものがある。

 だが……。


「簡単に死にやがって! どいつもこいつも使えない!」


 魔界貴族は柄に禍々しい装飾のついた剣を取り出す。刀身は男の背丈ほどある巨大なもので、扱うのは早々容易いものではないだろう。

その巨大な宝剣を担ぎ、会場内に飛び込んだ。

 重量によるものか、着地時に地響きと砂埃がコロシアムを包む。


「生きて帰れると思うなよ!」


 ドスの利いた声で牽制する。醜悪しゅうあくな見た目もさることながら、プライドに塗れた汚い内面に反吐が出そうだ。


「端から負けて生きていられるとは思っちゃいない。死ぬ気もないがな」


 槍の切先を彼へと向ける。


「おのれ! おのれおのれおのれ! 調子に乗りやがって!」


 子供のように地団太を踏み、唾を吐き散らす。

 だが、プライドの高い輩は扱いやすくて助かる。

 

 煽られた怪人は、そのまま担いだ宝剣を大きく振りかぶり、間合いを一気に詰め寄ってきた。


「どりゃああああ!」


 振り下ろされる刃。余裕で躱すも、直後、腹に来る爆音と共にコロシアムが揺れた。

 舞う砂埃に目を傷めながら、追撃に備えて間合いを取る。


「何だこのインチキな破壊力……」


 先までいた地面を見て、息を呑む。そこは明らかに人の力でできるレベルでないサイズのクレーターが出来ていた。

 あれが直撃していたらと思うと、背筋が凍る。


「ヒェ……」


 隣からも小さな悲鳴。


「次は確実に殺す」


 奴の眼がこちらを睨んだ。


「そりゃご苦労なことで」


 怒りのままに大きな体で剣を振り回すも、一回一回の振りが大きく、避けるのは容易い。

 とはいえ、油断をすれば攻撃が当たり、一発でも食らえば死は免れないだろう。


「ちょこまかと小賢しい!」


 頭に血が上り、攻撃の隙がさらに大きくなる。


「おりゃああああ!」


 大きく振り被った魔界貴族。

 その隙を見て、小さな勇者が踏み込んだ。腰の辺りで構えたショートソードを、その柔らかそうな横腹目掛けて突き立てる。が。


「うええ!?」


 まるで岩にぶつけたような甲高い音が響き、少年は小さな悲鳴を上げて震えた。


「そんなものが通用すると思ったのか!」


 振り返りながら薙ぎ払い、空気を切り裂く音と共に、極太の刀身が彼の小さな脇腹に食い込む。


「ぐはぁ」


「坊ちゃん!」


 目をひん剥いた彼は軽々と吹き飛ばされ、コロシアムの壁に激突し、そしてそのままピクリとも動かなくなった。


「フフフ、ハハハハ!」


 高らかに笑う化け物。満足気で何よりだ。


「出鱈目な防御力にインチキパワー。どこまでも意味不明な改造人間だな」


「改造人間?」


 やはりそのワードも心当たりがなさそうだ。


「改造手術を受けた訳ではないのか?」


「何を言っているのだ貴様は」


 『黄昏の三連星』やその技術を知らないということは仕方がない。眠っている間にあれ以上規模が大きくならず、世界的に知名度が上がらなかったということ、信じたくはないが淘汰とうたされてしまった可能性。


「では、ここはどこだ」 


「はっ! ここは貴様の墓場だ!」


 猛攻が再開され、それを避けながら、頭を回転させる。


「そうか。できれば日本に埋葬して欲しかったが」


「聞いたことねぇ場所だな! 知らねぇからここで死ね!」


 まさか。知名度等の問題ではないとしたら、それは。

 そんなことが現実にあるのか。だが、俺が生きていること自体が既に奇跡に近い。


「そうか。知らないのか。ここは日本ではないのか」


「知らないお前に教えてやろう。ここは魔界。人間界との境界に位置する魔界だ!」


 実感がわかないまま、仮説がほぼほぼ確定する。

 ああ、そうか。ここはそもそも、俺の知らない世界なのか。


「クク……ハハハハハハ!」


「何だ? 可笑しくなっちまったのか」


「いやいや、思った以上に親切で助かった。そうか。そうだったのか」


 訝しげな眼で見られる。

 実際は頭の中で処理しきれないアレコレが溢れてきて、ショート寸前だった。何一つ納得はできていないくせに、分かったフリで笑うことで、俺は自我を保とうとしていた。

 笑い続けて、いったん落ち着くと、もう一度魔界貴族とやらをよく見る。

 細い眼、真ん丸な顔に撚られてピンと伸びた顎髭、宝石で飾られた上着をまとった大きな腹部。その腰辺りに、先程からジャラジャラと音を立てる金属束。


「坊ちゃん! まだ生きているか!」


 伸びている少年へ声を掛ける。

 すると、彼はゆっくりと上体を起こして、サムズアップした。


「よし、上出来だ」


 その姿に頷き、俺は再び怪人へと向き合う。


「放置して悪かったな。さて、やろうか」


「いちいちかんさわる野郎だ!」


 彼の間合いへと飛び込み、急所目掛けて槍を突く。だが弾かれ、手応えがない。


「無駄だ!」


 直後、左手が伸びてくるが、重心を落としてそれを躱し、ひるがえした槍の石突を構え、顎を全力で殴りつけた。


「ぬおっ!?」


 軽い脳震盪を起こしたのか、さすがによろめく。

 俺は追撃をせずに横をすり抜け、間合いを取る。


「小賢しいマネを」


「そのチートボディを攻略するんだ。これぐらいハンデを貰わねぇと。だろ?」


 痛む頭を押さえながら、悪態を吐く。ニヤリと笑いながら。


「そうだな。だが、貴様に勝ち目などない。貴様の攻撃はほとんど効かない。レベルが違うんだよ!」


 会場が沸き上がる。


「いい盛り上がりだ。では、もっと熱くなろうじゃないか」


 俺は大きく息を吸い込む。


「何をする気だ」


 そして、肺に溜めた空気を周囲の観客席目掛けて吐き出す。

 その空気は灼熱の炎と化して、文字通り燃え上がらせた。


「な、なんだこのスキルは!」


 戦慄する彼に答える。


「俺をただのトカゲだと思っていたなら大間違いだ」


「ああ、我の、我の客がああああ」


「すまんな。貴様のシノギを潰して」


 炎に照らされて顔色は見えないが、相当真っ赤になっているか、真っ青になっているに違いない。


「貴様ぁ! 何者だ!」


「俺は『黄昏の三連星』四天王が一人、炎のマザランだ」


「許さん! 許さんぞ!」


 猛攻を仕掛ける彼の攻撃を往なし続ける。


「隙だらけだ」


 避けては打撃、避けては打撃を繰り返し、スタミナ切れを狙う。

 時折灼熱のブレスを使うも、そちらは効いている素振りはない。服が焦げる程度で、身体に火傷は見られないのだ。


「ぐ、ぬぅ」


 徐々に奴の足取りが不安定になり、攻撃の隙がさらに大きくなる。

 だが、決定打にはなりえない。


「はぁ……はぁ……しぶとい野郎だ」


「貴様の攻撃など、き、効かぬわ」


 お互い消耗している。正直、こちらもかなり限界がきていた。

 そもそも、このコロシアムに連れてこられてからまともな量の食事にありつけた記憶はない。スタミナの限界は思った以上に早く来ていた。

 だが、そろそろ大丈夫だろう。


「だろうな……。このままでは負けてしまう」


「急にしおらしくなってどうした? ハハハハハ! もう限界か! そうだろう?」


 こちらの劣勢を知るや、イヤらしい笑みを浮かべだす。

 だが、そこに勝機はある。


「そうだな。ここらが限界だろう。だが……」


 彼の顔から笑みが消えた。


「負けるのは貴様だ」


 その時、空に花火が打ちあがった。

 このコロシアムのエンディングでいつも打ち上げられていたものだ。

 それを俺は微かに覚えていた。


「花火に引火したのか?」


 空を見上げて呆気にとられる彼に告げる。


「いいや、これは人が打ち上げたものだ。この闘いの、エンディングの為にな!」


「何だと!?」


「貴様は俺に気を取られすぎて、もう一人のことを忘れていたな」


「っ!?」


 慌てて周囲を見るも、そこに少年の姿はない。


「大事なものが腰にないことも気が付いてないだろう」


 そして、腰の辺りを探り出す。

 そこに例の鍵束はない。


「そんなものつけて戦うから落とすんだ。次から貴重品は大事に保管することだな。ま、次などないが……」


「貴様ぁ!」


 怒り任せに胸倉を掴みかかる巨漢。

 ここがチャンスだ。


「な、何をしている!?」


 驚愕に目を見開く彼の瞳に映るのは、己の胸に手を突き刺す狂人の姿だ。


「はぁ……はぁ……敗者に相応しいエンディングを見せてやるよ」


 引き抜いた手に握られていたのは、真紅に光る卵型の石。


「ぐっ! 放せ!」


 胸倉を掴む手を俺は握りしめ、血反吐を吐きながら石の能力を起動させる。


「これで、終わりだ!」


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 断末魔をかき消す程の爆音と共に、爆炎がコロシアム全体を包み込んだ。


 再び遠のく意識の中、これでようやく眠れると満足している自分がいた。


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