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第二十七話 Deep Drop Darkness

「五」


 魔界貴族が指折り数え始める。


「四」


 どちらかを選べだと?

 家族か仲間?


「三」


 どちらも、俺の大事な存在だ。こんなどうしようもない俺のことを拾い上げ、生きる目的をくれた。


「ニ」


 この人恩返しをしたいと思えた。

 この子を育て支えてあげたいと思った。

 この二人の笑顔を守りたかった。


「一」


 このリーダーの力になってあげたいと思った。

 この魔法使いの心を鍛えたいと思った。

 この少年を強くしたいと思った。

 そして何より、彼らの夢を叶え、その隣に立って居たかった。


「零。さぁ、答えを聞こう」


 俺は剣を強く握り、そして投げ捨てる。


「できない」


「ん?」


「できる訳がないだろう。全員、俺にとって大切な仲間で家族だ!」


「ほう。では仕方がない」


 彼がライを指差し、


「やれ」


「はっ」


 無情な指示が下る。


「――!?」


 ライは首を横に振り、逃れようとする。


「嫌だ! 死にたくない! 死にたくない!」


「ライ!」


「嫌だ――」


 彼の首が掻き切られ、鮮血と共にその命が零れていく。


「あ、ああ、ああああ」


 アイルが口をパクパクさせ、表情が固まる。

 衝撃と絶望で、その頬を流れ落ちる大粒の涙。


「うわああああああああああああ!」


 大声で泣き、大暴れをするアエロ。子供には衝撃的すぎる景色と、自分にも向けられた刃で、恐怖が限界を超えていた。


「このガキ! 暴れるな!」


ゴリラは抑えるのに必死だ。その隙を狙い、


「ライトニング!」


 巨大な光の柱がゴリラの巨体を弾き飛ばす。

 檻も破壊され、人一人が通れる程度の穴が開いていた。檻の中に転がされたアエロがその場から動かない。


「アエロ! 逃げるんじゃ!」


「ぐす……」


 決して死んだ訳ではないが、彼女は現実から目を背け、うずくまる。


「アエロ! 頼む! 逃げてくれ!」


 ギュエロの手首は血塗れになっており、魔法の力で無理やり拘束を断った代償が惨たらしく見えていた。

 彼はその真っ赤な手で檻を掴み、アエロに声を掛け続ける。


「何でじゃ! 何でお前はそんなに言うことを聞かないんじゃ!」


 悲痛な叫びが轟く。

 それに合わせて、アイルも叫ぶ。


「アニキ! 立ってくれ! 頼む!」


 それに応える為の力が出ない。

 俺は、どうすればいい。


「このままじゃ、ライの命が無駄になっちまう! だから頼む!」


 カオスな光景。

 ギュエロは血まみれで叫び、アエロは動かない。アイルは俺に檄を飛ばし、虫の息のヴァイスは眼だけで訴える。その隣にはライの亡骸が転がっていた。


 どうしてこうなった。


――決まっている。お前のせいだ。


 どうすればよかった。


――関わらなければよかったんだ。


 でも、関わってしまった。


――それはお前が中途半端に生きようとしたからだ。


 俺は本来、どうあるべきだったのだ。


――それはお前が一番よく知っているはずだ。


 もう、これ以上傷つく姿を見たくない。


――ならば、俺に身体をよこせ。


 嫌だ。お前に渡せば、俺は、また……。


「アエロ……最期ぐらい、ワシの言うことを聞いておくれ」


 彼の言葉に、ついにアエロが動き始める。


「そうじゃ。行け! 行け!」


 彼女は白いポンチョを脱ぎ捨て、翡翠の翼を大きく広げる。


「そうはさせませんよ!」


「マッドウォール……」


 消えかけの詠唱が土の壁を作り出し、馬面の魔法を遮断する。


「貴方は! どこまでも小賢しい!」


 ヴァイスの身体を炎が包む。

 彼の最期は、満足気な笑みを浮かべていた。


「使えない野郎め!」


 羽ばたき、上昇したアエロ目掛け、金髪が投げナイフを放る。


「ぎゃああああああああ!」


 それは易々と彼女の肩に深々と突き刺さり、すぐに墜落した。


「アエロおおおおおおおお!」


 喉が灼ける程の叫びが心を抉る。

 もう止めろ。止めてくれ。


「おじいさん! 俺の檻も頼む! 早く!」


 冷静なアイルがギュエロに指示を出す。


「わ、わかった!」


 焦る気持ちを押さえ、ギュエロが自分の檻ごとアイルの檻を打ち抜く。


「ぬううああああああああ!」


 アイルは鎖を引き千切り、檻を飛び出す。


「これ以上、やらせない!」


 アエロにギュエロと共に駆け寄る。

 ギュエロがすぐさま回復魔法をかけ始める中、アイルが二人を守るように立つ。


「おいおい、何しているんだマザラン。お前がうっかりしている間に、お仲間達は大ピンチだ。もう死ぬしかないよな」


「……」


「何も答えないか。そのせいで仲間が死んだのに」


 彼はコロシアムに降り立ち、俺の前に立つ。


「マザラン。魔物のお前が正義面したってこの程度な訳だ」


「正義……俺が……」


「そうだ。お前は魔物だ。正義ではない。俺達と同類、いや、それ以下の存在だ!」


 そうだ。

 俺は悪の側の存在。野望を抱え、手段を選ばない男だった筈だ。その為に人間を捨て、闇の道を歩いてきたはずだ。それが一度死んだらどうだ。

 目を閉じれば、そこには仮面の男。俺が一度否定したその正義に、今度は俺が当てられすぎたのか。


「ハハ。ハハハハハハ!」


「ついに狂ったか。手合わせ願おうと思ったのに残念だ」


 彼は背を向け、


「処分しろ」


 金髪にそう命じる。


「はっ!」


 俺が放り投げた剣を彼が拾い、こちらに切先を向けた。


――お前、死ぬ気か。


 そんなつもりは一切ない。

 俺の悪は覚悟の証。ようやくこの世界に来て目が覚めた。

 いつだって、虐げられるのは弱者だ。

 その弱者に俺は成り下がってしまった。覚悟を見失ってしまっていた。

 だからこそ、俺は守りたいものも守れずにいる。

 お前に身を委ねるつもりはない。


――何故だ。


 それは覚悟無き者がとる愚策だ。

 俺がお前の力を使う。


「お前にはずっと恨みがあったからな! ようやくこれで清々するよ!」


 俺の脳天目掛けて振り下ろされる刃を掴む。


「何!?」


 剣を戻そうともがくが、掴まれたまま微動だにしない。

 そのまま、刃を砕く。


「は、は? 何で、お前は低レベルじゃ――」


 言い切る前に、金髪の首が飛ぶ。


「何やられているんだ! おい、お前ら! アイツをさっさと殺せ!」


「は、はっ!」


 ゴリラが腰を落として鉄拳を繰り出す。

 その手を握り、そのまま潰す。


「ぐああああああああ!」


 悲鳴を上げ、潰れた拳を押さえた。

 その顔面掴み、持ち上げる。


「放せ! ギガフレイム!」


 巨大な火球が襲いかかってきた。

 だが、躱すことはせず、そのままゴリラを盾にする。


「がああああああああ!」


 全身が燃え上がり、暴れ回る巨体。

 そのまま顔面を握りつぶして放り投げた。


「ば、化け物ですか」


 馬面は杖を取り出し、こちらに構える。


「フレイム! フレイム! フレイム!」


 小さな火球を連発する。それらは鱗に触れ、消失した。


「何故効かないのですか……貴方、まさかレベルが――」


 言い切る前に、蹴りが胴体を真っ二つにする。


「どいつもこいつも使えない! この魔物風情が!」


 魔界貴族が武骨なハンマーを持ち出して構える。

 極太の軸に金属を溶かし固めたようなヘッドでできた、超重量のハンマー。そのヘッドの大きさだけでも、奴自身と同サイズはあるだろう。


「死ねええええええ!」


 凶悪な一振りが横から流れてくる。腕を曲げて迎え撃つが、耐えきれずに弾き飛ばされた。そのエネルギーはコロシアムの壁を破壊し、建物の外へ転がされる。


「アニキ!」


 アイルが砂埃に目を細めながら叫ぶ。

 その視線の先には、立ち込める砂煙の奥で揺れる人影。


「まだ生きてやがるのか! 貴様はとっととくたばれ!」


 砂煙を突き破って魔界貴族の懐へ飛び込む。

 大振りなハンマーではそこに対応しきれない。


「がああああああああ!」


 音速の地獄突きが醜い鎧を越えて心臓を貫き、そして引き抜く。

 その巨体がぐらりと揺れ、膝から崩れ落ちる。今度こそ、絶命した。


「や、やった……」


 アイルも同様に崩れる。

 後ろでは、ギュエロの治療が終わったところだった。


「マザラン……」


 ギュエロがトカゲの怪人を見つめる。

 そのトカゲもまた足をギュエロへ向けた。

 そして、地面にひびが入る程の圧力を加えて、飛び出す。


「危ない!」


 飛び散る鮮やかな赤。

 大きく目を見開いたギュエロ。

 その異形の腕は、胸元を貫いていた。


「はぁ……はぁ……。アニキ、大丈夫。大丈夫だから」


 その貫いた腕を掴むのは、口から血を流すアイルだった。

 彼は身を挺してギュエロを庇い、次に行かせまいと押さえたのだ。


「お前さん、何で……」


「アニキの……家族なんでしょ。家族を……アニキに……殺させない」


「じゃが、ワシは……、この子は、魔物じゃぞ」


「それが……、どうか、した……? 家族は家族……でしょ」


 その時、アエロが目を覚ます。

 体を起こすとすぐさま状況を把握し、


「ヒーリング」


 そう呟く。


 脳を包んでいた黒い霧が、じんわり晴れていく感覚があった。

 

 クリアになった視界には、俺の抜き手に貫かれたアイルの姿。


「あ、ああ、アイル――」


 彼は血を吐き出し、微笑む。


「アニキ、大丈夫だから」


「な、何が……俺は、また……」


 腕に伝わる熱が徐々に冷えていく。


「アニキ、自分を、責めちゃダメだから。これは、アニキのせい、じゃ、な――」


 腕を掴む力が緩み、体重がこちらにかかる。


「アイル……す、すまな……」


 零れ落ちないように空を見上げた。

 青い空がに浮かぶ雲が滲んで形を失う。


「……あ、あり……」


 口が震える。言葉が形にならない。

 このままでは、彼が聞き取る前に、行ってしまう。


「ありが、とう」


 耳元に小さな息がかかる。

 それを最期に、彼から全ての力が消えた。


「……」


 ギュエロが目を伏せる。

 俺はアイルをそのまま寝かせた。

 彼の顔は、最期まで笑みを浮かべていた。無念しかなかった筈なのに、何でこんなにも笑顔でいられたのか。俺には分からないが、彼は優秀なリーダーだったと思う。


「ギュエロさん、アエロ……」


 項垂れるギュエロに、立ち上がったアエロ。


「間に合わず、申し訳ない」


 アエロの口から、アエロの声で、アエロじゃない言葉が零れる。


「以前、俺が暴走したときに止めたのは、アナタか」


 その、アエロの奥にいる何者かに問う。


「そうだ」


 頷くソレに、ギュエロが手を伸ばす。


「まさか、そんな、君、なのか……」


 彼に慈愛の目を向けるアエロ。

 だが、数秒もせずに険しい視線でこちらへ向き直ると、


「私の傷はお陰で癒えました。ですが、貴方に多大なる傷を与えてしまった」


「俺は……」


「確かに貴方は、罪を被る必要があります」


 ずっしりと圧し掛かる重い言葉。


「ですが、一人でその罪を背負い、償う必要はありません。それだけは絶対に忘れないでください」


 彼女は最後、ギュエロに向け、


「貴方はもう自分を許してあげなさい。貴方を恨んでいるのは、もう貴方しかいないのだから」


「ワシは、ワシは……」


「この子を育ててくれてありがとう」


「待って――」


 柔らかい笑みを浮かべ、彼女は飛び立った。


「そうか。そこにおったのじゃな」


 彼は先程の出来事を噛みしめる。

 愛しい人物との再会で、腫れものが取れた顔をしていた。


「ギュエロさん。俺は家を出ていこうかと思う」


「……そうか」


 彼は大きく息をつき、


「突然現れては突然消える。そんな気はしておったよ」


「今まで世話になった」


「構わん」


 周囲を見渡し、惨劇の跡を眼に焼き付ける。重なり合った死が、俺の眼に、心に、魂に刻ませる。


「一人で背負うつもりじゃなかろうな。お前さん、さっき言われたことを――」


「そんなつもりはない」


 こうなった原因は、俺のせいだと思っていた。だが、俺が望んだものではない。この原因は、この世界に蔓延る悪があるからだ。

 正義に俺はなれないことは痛感した。ならば、悪として、この世の悪を消すのみ。


「この罪は奴らに負わせてやる。それが、俺がこの世界に生を受けた意味だ」


「その眼。覚悟は決まったようじゃな」


「ああ」


「分かった。最後に、家へ寄っていけ」



 仲間達を燃やし、その灰とバッチを瓶に詰めると、ギュエロと共に家へ向かう。

 荒れ果てた家の中、よっこらせと持ってきた木箱の中から、一本の杖を取り出す。


「お前さんが魔法を使えるようになったら渡そうと思っていたものじゃ」


 杖の根元に取り付けられた、金属のアタッチメントに赤く光る小さな宝石。


「この宝石は、お前さんをイメージしてつけたものじゃ。これは魔法の力を増幅してくれる。レベルが少し上の相手にも有効になるぞ」


「そんなものを。俺、迷惑かけてばかりで何も返せていないのに」


 受け取った杖の重み。込められた想い。それらに応えることができなかった申し訳なさに心が折れそうになる。


「お前さんからはいろんなものを貰った。目には見えないだけでな。それに、会えないと思っていたのに、もう一度会うことができた」


 アエロの中に居た存在。あれが彼の死んだ伴侶だというのだろうか。


「せめて、これだけは受け取ってください」


 大量に残っていた金の半分が入った麻袋を渡す。


「いらん! ワシは必要ない!」


「それでは気持ちが!」


 押し問答になった直後、何かに引っかかって盛大に転倒する。


「これは……本!?」


「――!?」


 分厚い本だった。


「見つかってしまったか……」


「本なんて、貴重なものじゃ」


 彼はバツの悪そうな顔をして、


「ワシが盗んだ本じゃ。ギルドからな」


「何故そんなことを……」


 その理由は、彼の視線が訴えていた。


「まさか、魔導書とかいう」


「ものではなかった。ワシもそれを手に取ったと思ったが、ドジをしてな……」


 俺は恐る恐る本を開く。

 だが、俺には文字が読めない。


「これは、何の本なんだ?」


「お伽話じゃ」


「は?」


 彼はお伽話を盗んだのか。


「おかげでお尋ね者になってここに住んでおる。情けなかろう?」


 恥ずかしげに顔を赤くして頬を掻く。


「内容は、聞いても?」


「ああ、よかろう」


 それは、魔界に囲まれ、滅びを待つ世界で、勇者が四つの光を集め、その力を持って世界を取り戻す内容だった。


「まるで、この世界の状況に似ているな」


「ああ。だから禁書としてギルドに封印されておったのじゃろう」


「その四つの光は、存在するのか?」


 その問いに頷く。


「この残された世界に、四つの祠がある。東西南北の端のそれぞれに」


「その本を元に冒険者が募って奪い合いにでも発展したらマズいからか」


「恐らく、な」


 だが、逆に言えば、現在それを知っているのは俺達だけ。


「ギュエロさん、この本を持って行ってもいいか?」


「待て。それを持つということは、お前さんも犯罪者になるということじゃぞ」


「ついでに、ギュエロさんも疑いが晴れたりしないか?」


 彼は渋い顔で、


「そうかもしれんが、本当に余計なお世話という物じゃぞ?」


 と断る。


「俺は覚悟ができている。これを元に、俺は魔界の王を殺してやる」


「そういうなら勝手にせい」


「わかった」


 俺はその本をバックパックに入れ、立ち上がる。


「今まで、世話になった」


「ああ、達者でな」


「ギュエロさんも、お元気で」


 俺は、数日間過ごした小さな家を出た。

 これから、長い旅になる。

 背負った物は大きいけれども、それを俺は下ろしたりはしない。最期まで抱え続ける。

 この世界の巨悪を滅ぼすまで。


これにて第一章は終了です。

ここからが真の灰燼転生です。

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