第二十六話 それは呪いか、罰なのか
日差しに照らされて俺は目を覚ます。
そこは闘技場のようだった。所々焦げていて、火災でも起きたのではないかと思える。何より、焦げ臭さが残っていた。
体を動かせば、全身が痛い。口の中は鉄の味がする。そこに倦怠感まで合わさって絶不調という言葉が最も合う状況だ。
腕は鎖で繋がれ、自由に動けない。
「うぅ……」
呻き声がする方を見れば、ヴァイスとライも同じように繋がれていた。
「ヴァイス! ライ!」
「あ、アイ……ル……?」
息も絶え絶えになりながらヴァイスが答える。
「ヴァイス! 無事か!」
「私は……ダメ、かも、しれない……」
「何言って――」
彼のローブは血が滲み、所々赤黒く染まっている。
咳き込めば、吐血もしていた。詠唱があれではできない。魔法使いの潰し方をされている。
「あぁ……」
反対側からも声がした。
そちらを見れば、白髪の老人と緑髪の幼い少女が横たわっている。
「おじいさん、お嬢ちゃん」
彼らは反応がない。
身体が上下に動いていることから、呼吸をしていることは分かる。
俺達は全員何者かに拉致されてきたのかもしれない。
その証拠に、この鎖と、一人一人が檻の中に入れられ、闘技場の円周に配置されていた。
「他に人は……いないか」
檻同士は俺達三人と、老人少女の二手に分かれて並んでいる。
俺達は何故ここにいるのか。思い出せ。思い出せ。
最後の記憶は、マザランと別れた後の宿屋街。
深夜の静まり返った道を歩いていた時、俺達は『アップカット』の面々と出会った。
彼らに路地裏へ連れ込まれ、成すすべなく一方的に攻撃された。異常なほど、彼らは強くなっていた。殴られ、蹴られ、倒れたところを馬乗りにされ、ひたすら顔面を殴られ続けた。気を失う直前、痙攣し、口から泡を吹くライや、喉を潰されたヴァイスの風切り音がする呼吸を耳にしていた。
これは悪夢だ。まだ酔いが醒めていないのだ。そうに違いないと思いたいのに、痛みが現実へ引きずり戻す。
「よぉ。目が覚めたみたいだな」
「お前……」
現れたのは、金髪の若い男。アップカットのリーダーだ。
「おお、怖い怖い。手を出したら食い千切られそうだ。ま、低レベルなお前らに傷つけられることなんてないけどな!」
「俺達を捕らえてどうするつもりだ!」
他のメンバーも現れる。
「ここは闘技場でしてね。人間と魔物が日夜闘わされていたのですよ」
「お前たちも同じように闘わせてやろうと思ったんだが、それはダメらしい」
長髪男と筋肉ダルマもやってきた。
彼らは何を言っているのか。魔物と人が闘わされる場所? それはダメ?
全く理解できない。
「お前らはあくまで人質だそうだ。それが終わったらゆっくり殺してやるよ」
「人質? 誰のだ?」
俺達は何のために捕まっているのだ。
ここにいない、俺達の仲間はただ一人。
「まさか――!?」
これはマザランを呼び出す為の口実。
気づいたことで、血の気が引いていく。
「そんなことの為に……」
俺達や老人、幼い少女までも拉致してきたというのか。
「これが大事なんだよ。わかってねぇな」
「この人たちは関係ないだろ! それなら俺だけで十分じゃねぇか!」
すると、彼らは笑いだす。
「いやいや、お前だけじゃ価値がないだろ。自分にどれだけの価値があると思っているんだ? うぬぼれるのも大概にしとけよ!」
「アニキは、俺のことも認めてくれた! だから、絶対に来てくれる。んで、お前らなんか一瞬でぼっこぼこだ!」
「はいはい。あの口だけは偉そうな低レベルの雑魚一人で、こっちは三人。どう足掻いても勝てるわけないだろ? やる前から結果は決まってんの!」
「グッ……」
奥歯を噛みしめる。
マザランのレベルが低いのは百も承知。
だが、彼らにマザランは二度勝っている。だが、この余裕はなんだ。
彼らは、何かがおかしい。
「アニキ、気をつけてくれよ」
小さく祈っていると、
「お、ちょうどお出ましみたいだぜ」
彼らが体を開き、闘技場内に新たな人物が現れるのが見えた。
燃え盛る赤い長髪を肩まで流し、邪魔するもの全てをひれ伏せさせる程の覇気を纏った男。俺達の救世主。マザランが現れた。
闘技場内に入ると、そこには五つの檻が見えた。
中には鎖で繋がれた、俺の大事な人達がいる。そして、その前に立っているのは、中央に金髪、向かって右にゴリラ、左に馬面だった。
「早かったじゃねぇの。おかげでほとんどお眠のようだぜ」
金髪が檻を顎で指す。
確かに、意識があるのはアイルだけのようだ。
「暇だからおしゃべりしてたらよぉ? アンタの方が俺達より強いってさ。笑えるよな」
「すまないが、何が面白いのか解説してくれ」
金髪は嫌そうな顔でこちらを睨む。
「つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ! だからお前は嫌いなんだ!」
ショートソードの切先を俺に向け、叫び散らす。
「奇遇だな。俺も貴様のことは嫌いだ」
ショートソードを構える。
「雑魚が俺達に勝てると思い上がるなよ!」
金髪が人間離れしたスピードで間合いを詰めてくる。以前より、断然早い。
「何!?」
だが、躱せない程ではない。身体が小さく、リーチも短いため、躱す分にはあのイノシシよりも容易い。
「メガフレイム」
直後、炎の弾が眼前まで迫るが、見え見え過ぎて非常にイージー。
「おらああああ!」
次は音速を超えるマシンガンのようなパンチが襲う。前回戦った時よりも三割ほどスピードが上がっている。だが、そんなに殺意むき出しでは、目を閉じていても攻撃が当たることはないだろう。
「避けてばかりで卑怯だぞ」
金髪が文句を言う。知ったことはない。そもそも高レベルな彼らの攻撃など一発でも食らえば致命傷になりかねない。
彼らの攻撃にはなんだかんだ言ってチームワークが見られ、タイミングをずらした波状攻撃が続く。
だが、もちろん掠りもさせない。
「全然、当たらねぇ!」
ゴリラが怒りに任せて拳を振り回し始めた。ここまで冷静さを失えば、後は簡単だ。
後ろを取り、その背中に回し蹴りをぶつける。だが、足に伝わるのは固さ。痛みとして身体を駆け上り、反撃に備えてすぐさま間合いを取る。
背中に何か仕込んでいる? だが、その程度ならゴリラを地面に転がす程度ならできたはずだ。だが、何かがおかしい。
「がはは! その程度か! 全然利かねぇな!」
彼は肩を回して余裕そうな表情を浮かべる。
「ギガフレイム!」
さらに大きな火球が飛んできた。高さは俺の身長と同等。横幅は同じ。かなり横に動かなければ回避は不可能か。だが、スピードは銃弾と比べれば止まって見える。
「そこだ!」
回避先では金髪がショートソードを振りかぶっていた。
「甘い」
俺も背中に背負っていたロングソードを抜きながら、その刃を受け止めようとする。
「どうかな?」
だが、そのひと振りの重みはその体格から放たれる代物ではなかった。
弾き飛ばされ、地面を転がる。
「何だ、そのパワー……」
彼らは三人集まって目の前に立つ。
「悪いが、もう俺達はあの頃と違う」
そう言って髪をかき上げ、額を露わにする。
「何だ、それは――」
そこにあったのは一対の小さな角。魔族と比べれば、親指第一関節程度の大きさで小ぶりだが、人間でないことは一目瞭然だった。
「俺達も魔族になったのさ」
そう言いながら、今度は耳を見せつけながら宣言する。そこには、黒曜石のような耳飾りがぶら下がっていた。それが何なのかは知らない。ただ言えるのは、彼らが人を捨てていたということ。
「そうか、捨てたのか。貴様らも」
ならば、俺も使うしかあるまい。
怪人化すれば、仲間たちはどう思うだろうか。ギュエロやアエロは知っている。だが、知らない『トリプルアクセル』のメンバーはどう思うだろうか。俺を受け入れてくれた彼らに、俺を必要としてくれた彼らに絶望されるかもしれない。
「いや、むしろ好都合だな」
「何が可笑しい?」
怪訝な目をする金髪。
「貴様らがその気なら、こちらも見せなくてはいけないな」
だが、全てを解放はできない。それをすれば、俺が俺でなくなる。そうなれば、仲間たちの命も危ない。
故に、俺は両腕と両足のみ怪人化させる。
「は、は?」
「聞いてませんよ、その力……」
「お前も人間じゃねぇってか!」
怯える金髪に納得のいかない馬面、楽しそうに笑うゴリラ。三者三様の反応だった。
だが、それはアイルも同じで、
「アニキ、何だよその姿……」
と、驚愕に目を見開いていた。
ああ、これで失望されたか。
「すまない。君達にはずっと黙っていた。これが、俺だ」
胸の内から溢れ出す高揚感。どう思われようと、俺は戦いを望み始めていた。
そして、ライも目を覚ます。
「あ、あれ? ここは……」
彼が弱弱しく辺りを見渡すと、俺と目が合った。
「あ、アニキ?」
どうせダメだろうと思っていたが、彼の反応は違った。
「それ、超カッコいいッスね……」
状況を理解していないのか、それともまだ寝ぼけているのか、彼はその姿を見ても微笑んでいた。
「ありがとう。ライ」
おかげで力が沸いてきた。彼はいつもその笑顔で力をくれた気がする。
「さぁ、第二ラウンドだ」
「消えろ化け物が!」
金髪が飛び込む。
その横腹に蹴りを入れると、彼は剣でガードする。だが、勢いは殺せずに砂埃を上げながら転がっていった。いい反応だ。そこだけは褒めてやろう。
「オラァ!」
正面からは拳。
「メガフレイム!」
後ろからは炎。
「ライト」
ゴリラに目くらましの魔法を放ちながらサイドへ飛ぶ。
「目が!」
怯んだゴリラに火球が直撃し、その服が燃える。
「何をしているのです!」
馬面が激怒し、さらに火球を打ち出す。この火の魔法の弱点は、あまりの大きさに敵を見失うことだ。そこに隙は見られた。
「残念です」
俺がパンチを打ち込もうとした場所に、ナイフが突き出される。
寸でのところで引っ込めたが、馬面は蹴りを入れ、俺を弾き飛ばした。
「こんなこと、あまりしたくはなかったのですが……」
ライの後ろに立ち、ナイフを首元に構える。
「貴様――!」
「あ、ああ……」
その怯える様を見て、不気味に笑う。
反対では、アエロの首にナイフを構えたゴリラ。
「卑劣な奴め!」
「その為の彼らですよ。貴方にされた恨みを晴らすのに、これだけでは足りないぐらいです」
「だから、選びな!」
俺は蹴り飛ばされ、砂の上に転がる。
そして、ショートソードが目の前に転がってきた。
「何のつもりだ」
金髪が見下ろす。
「それで自害しろ。そしたら、どちらかは助けてやるよ」
「……何?」
「でも分かってるよな? 余計なことをしたら、大事な大事な仲間がどうなるか」
「この卑怯者が! 殺すなら、ワシだけにしろ!」
ギュエロが暴れ、叫んだ。
「爺さん、目を覚ましていたのか。だが五月蝿いぜ」
ゴリラがナイフをチラつかせ、ギュエロを黙らせる。
悔しそうに唇を噛む彼と視線が交差した。彼の眼には、無念や怒り、恨み等が入り混じった光が宿る。
アイルもまたライの方を見て、だが騒ぐことで傷つけられないよう、滾る心を押さえて震えていた。
「どちらかとはどういうつもりだ」
「お前の命と、あの三人、もしくは二人。どちらかだけ助けてやるって話だ」
彼は俺に背を向け、両グループの檻を指し、
「家族と仲間。お前はどっちが大切なんだ?」
酷な質問を投げかけた時、
「だっはっはっはっは!」
耳障りの悪い、下品な笑いが響き渡った。
視線を上げれば、見覚えのある巨体。
「生きていたのか」
奴はこちらを見ながら嬉しそうに笑う。
「会えてうれしいよ、リザードマン。いや、マザラン」
彼はあの時の煌びやかな格好ではなく、街の商人のような一般的な服を着ていた。
「俺は一生会いたくなかったがな」
その憎たらしい顔を睨み、
「貴様が裏でコイツ等を操っていたのか」
「その通りだ。力を分け与えたのも私だよ」
彼は焦げた石の観客席に腰かける。元々の絢爛な椅子は灰になっているからか。
「無様だな。その姿」
「口の利き方に気をつけろよ、魔物が。今のお前の立場が分からないのか?」
そこには、怯える仲間達の姿。
「さぁ、早く選べ。選べないなら背中は押してやろう」
俺が剣を拾うと、カウントダウンが始まった。
どうする? 残された時間は、後僅か。




