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第二十五話 饗宴終わりに潜む闇

 そこにあったのは秩序もなく、ただただ楽しむだけの混沌とした世界だった。

 あちらこちらで飲み比べ勝負やら腕相撲やらで大騒ぎ。

 ヴァイス周辺には真面目そうな人が集まり、ライ周辺には大人のお姉さん。アイルはファンクラブの若い女性が集まっていた。ファンクラブとは俺が脳内で勝手に呼んでいるだけだが。

 逆に、俺の周辺に集まるのはどれも腕っぷしが強そうな男達だった。正直、むさくるしい。誰もかれもが「どうしたらそこまで強くなれるのか」だとか、「さぞかしモテるだろう。だが俺の方がモテるぞ」という謎のマウントだとか、「『アップカット』の連中はウザかったよな」だとかだ。そもそも、モテていたら俺の周辺にこうも男が集まることはないだろう。女性にそこまで興味がないとはいえ、俺も一人の男である。後は、分かるな?

 彼らをあしらい、俺は店を何とか脱出する。酒はほとんど飲めていない。

 夜風に当たりながら、俺は生前を思い出す。

 ここまで大規模な飲み会は経験したことが無い。

 過去にあったことと言えば部下と飲みに行ったり、幹部会での集まりだったりとしたもので、乱痴気騒ぎになった覚えはなかった。

 部下との飲み会など、愚痴を聞くことしかない。内容はどうしたら強くなれるだとか、彼女が欲しいだとか、誰々がウザいだとかそういったもので……この会で会話した内容と大して変わらないな。

 幹部会はと言うと、全員フォーマルな格好で集まり、様々な方面でのお堅い話やゴマ摺りや牽制のし合いとまあ楽しくない。特にあの女の酒癖の悪さには何度頭を抱えさせられたことか……。


「記憶もないくせに、思い出に浸っておるように見えるの」


「は?」


 そこで聞くことはないと思っていた声がして、そちらを向けば、


「ギュエロさん、何でここに」


 隠居生活をする老人がいた。しかも、帽子を深々と被った怪しい姿で。


「おぬしらがちっとも帰らんから様子を見に来たんじゃ」


「ら?」


 彼は引っかかる言い方をした。


「何じゃ。お前さんの側におるわけじゃなかったのか」


「アエロに、何かあったのか?」


 ギュエロは深刻そうな顔をする。

 俺は胸がざわついた。


「目を離したすきに居なくなっておったんじゃ。もしかしたらお前さんに会いに行ったんじゃないかと思っての……」


 昨晩のアエロの言葉を思い出す。


「街に行きたいって」


「そうじゃ。じゃがあの子は魔物。見つかりでもしたら……」


「いつからだ!?」


 俺はギュエロの肩を揺する。

 彼は目を伏せて、


「すまん、昼前からじゃ……」


 空は既に星が輝く時間帯。もう、数時間も姿を消していることになる。


「ギュエロさん、どこまで探した?」


 彼は首を横に振り、


「街の中は大体全部見た」


「そうか。建物内は?」


「まだ見ておらん」


「じゃあ、誰かが――」


 と問答を繰り返していた時だ。


「あー、もう始まっちゃってる!」


 これまた聞き覚えのある、叫び声がした。


「ララがわるいんだもん!」


「そうね、面目ないって、あ!」


「マザランだ!」


 声の方向から、俺の胸元へ白い天使が飛び込んできた。

 ギュエロが死ぬほど心配して探し回っていた少女が自分から現れたのだ。


「アエロ! 一体どこにいたんだ!」


 俺は彼女の身体をチェックする。

 外から見るに傷はなさそうだが……彼女の口元から何やら甘い香りがした。


「良かった! やっとマザランさんに遭えましたね!」


「うん!」


 ララがアエロの緑髪を撫でる。アエロにそれを嫌がる素振りはない。


「もしかして、ララが?」


 彼女は胸を張って


「ええ! 責任持って面倒見てました!」


 と、鼻息荒くする。


「同僚からは呼び出されたと聞いていたが?」


「う……」


 その顔が凍り付く。

 さらにアエロが追い打ちをかけた。


「ララがね、おかしくれたんだー」


「おう、良かったな」


「でも、じょーし? によばれてどっかいっちゃったの!」


「あ、あああアエロちゃん!?」


 彼女の顔は真っ青だ。


「そうなのか?」


「うん! まっててっていってたから、アエロまってたの!」


「あ、アエロちゃん、すごく良い子で助かりました……なんて。あはは」


 苦笑いを浮かべているが、俺はむしろ感謝をしていた。


「ララ。ありがとう。面倒を見てくれてありがとう。ララでよかった」


「え! あっ、いえ、そうですか、ね?」


 彼女はもじもじと体を捩る。何だその反応は。

 と、ギュエロが咳払い。


「おぬしら、仲睦まじいのは分かるが、いいかの?」


「あ!」


「ああ」


「あの、こちらの方は?」


 ララがギュエロの方を見る。


「俺がお世話になっているギュエロさんだ」


「あ、ララです」


「うむ」


 彼は誰に対してもそうなのだろう。仲良くなれば情に厚いことが分かるのだが……。


「アエロ、帰るぞ」


「やー!」


 彼女は俺にしがみつき、離れようとしない。


「アエロ、ワシの言うことを聞かんか」


「やーや!」


 彼女は絶対離れまいと、その手に力を込める。


「アエロ、ギュエロさんの言うことを聞いてやってくれ」


「むー」


 彼女は頬を膨らませて不機嫌そうだ。

 ララもギュエロも困った顔。


「せっかくまちにきたのに」


 せっかく街まで辿り着いたのに、彼女は何にもできていないのだろう。

 それが不満なのだ。


「アエロちゃん」


 ララが近寄ってしゃがみ、少女に視線を合わせる。


「またいつでも来れるよ。そしたら、また遊ぼう」


「ほんとに?」


「ほんとに」


 そう言って、彼女は小指を差し出す。


「指切りしよっか」


「ゆびきり?」


 アエロが首を傾げる。

 俺も正直驚いている。この世界で指切りを聞くことになるとは。

 だが、アエロの手は隠れているが、人間のそれとは違う。


「手、出して?」


 アエロが恐る恐る手を出そうとして、引っ込める。


「あらら」


 ララが困ったような笑顔を浮かべ、


「ちゃんとマザランさんの言うことを聞けない子とは、遊んであげません!」


 プイッと顔を逸らして見せる。


「やだ!」


 アエロはララにも抱き着いた。

 ここまで懐くとは、彼女の人柄の良さが大きいか。


「アエロ」


 その背中に声を掛ける。


「ギュエロさんと一緒に家で待っててくれるか?」


「マザランは?」


「俺ももう少ししたら帰るさ」


 彼女は腫らした目を擦って、


「……わかった!」


 と、服越しにギュエロの手を取って帰り始めた。


「ララ。君には感謝しようにもしきれない。本当にありがとう」


 深々と頭を下げる。すると彼女は両手を頬に当て、


「いえいえ。でもお礼なら何でもしてくれていいですよ?」


 等とふてぶてしいことを言うのでスルーする。

 アエロは姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。

 ララもまた、それに対して同じく手を振り返していた。


「ところでマザランさん」


「何だ?」


 見えなくなったところで、彼女がこちらへ向き直る。


「あの方たちは血縁は無いのですよね?」


「ああ、そうだな」


「では、マザランさんは、その、配偶者とかいないってことですよね?」


「……」


 何故、そんなことを問うのだ?

 暫く考えた時に、ふと気が付く。


「いたら、全く記憶がないなんてことにはならないと思うのだが」


 配偶者がいる。それすなわち俺の過去を知る者がいるということにならないだろうか。


「確かに……そうですね! 安心しました!」


「俺はむしろ不安なのだが」


 頬を掻いていると、


「アニキ! 外でなにいちゃついているんスか!」


 店の扉が開き、そこには真っ赤になったライの姿があった。


「いちゃついてるだなんて、そんな!」


 くねくねするララを他所に、


「ライ、お前は酒飲んでいい歳か?」


 と単純な疑問を浮かべると、


「え? 何言ってるんスか?」


 と、とぼける。いや、本当に何を言っているのか分からないというような顔だ。

 まさかと思い、俺はララに小さく尋ねる。


「酒を飲むのに年齢制限とかってあるのか?」


 彼女もまた、何故そんなことを聞くのかというような顔をしていた。


「いえ、そんな話、聞いたことありませんが」


 そうか。この世界には飲酒の制限が無いのか。

 これまたカルチャーショックだな。

 しかし、心配だ。


「変に飲み過ぎるなよ」


「大丈夫ッスよ! 全然よゆーッス……うっぷ」


 全く余裕がなさそうだ。


「本当か? ちょっと休んだ方が――」


「おええええええええ!」


 彼は店の入り口で盛大に吐き出した。ほら、言わんこっちゃない。



 夜も更け。どんちゃん騒ぎが次第に薄れていき、店は気が付けば数人のお客と『トリプルアクセル』のメンツにララだけになった。

 ライとヴァイスは絶賛、長椅子で横になって休憩中だ。あの後、ヴァイスも死んでいることを知って俺は頭を抱えていた。

 今はララが近くで見守ってくれている。


「リーダーは大丈夫なのか?」


 カウンターに座るアイルに声を掛け、俺も隣に腰かける。


「ああ。俺は全然」


 流石に手に持っていたグラスには水しか入っていなかったが、隣にはいくつかのアクセサリーが転がっていた。


「何だ、それは」


 それを顎でしゃくって差す。


「たくさんの女性から貰ってね。困っちゃうよね」


 苦笑いを浮かべる。ファンからの差し入れみたいなものだろうかと思うと、そうではないらしく、


「これ、返しにうちまで来てッてやつなんだよね。これ全部返しに行ったら俺の身体が持たないよ……」


 と、モテる故の悩みを口にする。聞く人が聞けば嫌味になってしまいそうだ。


「アニキ」


 彼は声のトーンを落とし、


「明日からも、俺達本当に一緒だよな?」


 と不安そうに尋ねた。


「当たり前だ。その話はさっきもしたはずだぞ」


 そう答えて、俺はグラスに口をつける。


「そう、だよな」


「何でそんなことを聞く」


 彼は胸を押さえ、俯く。


「嫌な予感がしたんだ。アニキが、本当に何処か遠くに行ってしまうんじゃないかって」


 俺は彼の頭に手を伸ばし、ワシワシと強く撫でた。


「大丈夫だ。だって、取り戻すんだろ?」


「……もちろん」


 それに、俺はギュエロへの恩返しや、食べ盛りな子供を育てなくてはいけないのだからなと心の中で付け加え、グラスを空にした。



 家に帰れば、既に全員寝静まっていた。

 アエロの寝顔を見て思う。いつか、本当に何も気にせず街へ行けたらいいのにと。



 明くる朝。


「遅い」


 ギルドで俺は彼らを待つ。

 酒の飲み過ぎだろうか。寝坊をするとは情けない。

 することもないので、周囲の会話に耳を立てる。あまりいい趣味ではないが……。


「なぁ、聞いたか?」


「ああ、聞いた聞いた。アレだろ? またアイツ等が闘ったって」


 何か喧嘩の話だろうか。


「で、どっちが勝ったんだ」


「そりゃ、あっちに決まっているだろう。今回は酒も入ってたんだしさ」


 昨日の祝賀会の参加者が起こした喧嘩ということか。

 だが、次の一言に背筋が凍る。


「アイツ等、相当恨みがあるみたいだぞ。『トリプルアクセル』に」


「何だと!?」


 俺はつい、彼らの方に詰め寄る。


「やったのは誰だ! 『アップカット』とかいう阿保共か!」


 その剣幕に押されて怯える男性パーティ。


「ま、マザランの旦那! その通りだ」


「いつだ」


「昨晩さ」


「どこだ」


「宿屋街の裏通りだって聞いてる」


 宿屋街。冒険者御用達の宿屋が立ち並ぶ通りのことだ。仲間達もそこに長期滞在していると聞いていた。


「アイツ等、無事か?」


 その問いに、目を伏せる。


「そこまでは聞いちゃいねぇ」


 と、その時、ララが駆け足で寄ってきた。


「マザランさん!」


 息も絶え絶えな彼女は、一枚の紙を持っていた。

 どうやら依頼書ではなさそうだが……。


「大変です! チーム『トリプルアクセル』の皆さんが、行方不明だそうです!」


「な、何だと!?」


 そしてその紙を俺に手渡す。


「これ、先程渡しに来た人がいたんです。仮面をつけていて変な人でしたが」


「何て書いてあるんだ?」


 あいにく俺は字が読めない。


「『お前の大事な仲間は全て預かった』だそうです」


 俺の中から溢れる焦りと怒り。だが、これではいけない。冷静にならなくては。

 数秒待ち、息を整える。


「仲間……もし、その仲間がアイツ等のことだけではなかったら?」


「え」


 今度は血の気が引くのがわかった。


「ララ。嫌な予感がする。俺は一度帰る。もし何もなかったらここに戻るから、何か情報が入ったらまた教えてくれ」


「わ、分かりました。くれぐれも、無茶はしないでくださいよ!」


 俺はすぐさま飛び出し、家へ向かった。

 この胸騒ぎが嘘であってくれと切に願いながら。

 今までで一番のダッシュで森を駆け、家に辿り着く。

 扉を開けたら、またあの子が胸元に飛び込んでくれると、そう信じて。


 だが、その淡い期待はいともたやすく打ち砕かれる。


「そ、そんな……」


 家の中は嵐が過ぎ去った後のように乱れ、砕けた家具や狩猟道具が散らばり、いくつかの血痕も見られた。

 絶望よりも先にすることがある。

 何か情報を集めなくてはと、家の中を探索する。瓦礫、瓦礫、瓦礫。

 だが、ギュエロの寝室に入った時、正面の壁に絵が描かれていた。ご丁寧に、文字ではなく、絵で。それも、コロシアムのような形状だ。


「そうか。そういうことか」


 ここまで虚仮にされたのは初めてだ。

 抑えきれない怒りが、俺の足を動かした。

 目指すはコロシアム。今度はアイツ等を確実に殺す。


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