第二十二話 毒を以て毒を制せ
誰かがギルド内で叫んでいる。
何事かとぞろぞろ人が引かれていく。
「あれ、何?」
同僚がそちらに興味を示し、丁度対応の終わった私も彼女についていくことにした。
そこでは、アクセルの町の三人とマザランのパーティ『トリプルアクセル』と、厄介者の集まり『アップカット』が何かの騒ぎを起こしている。
「どうする? 今って、ギルドマスターは不在だけど、止める?」
「でも、怖いじゃない?」
「そうよねぇ!」
私が止めないでおこうと言うと、口々にそうだそうだと言い始める同僚たち。
私は知っている。この騒ぎの原因を。
私は知っている。この騒ぎの決着を。
「彼らCランクが勝てると思う奴!」
誰も反応しない。
「俺達が勝つと思う奴!!」
これは二回目に多くの人が賛同した。賛同せざるを得なかった。
周囲では、賭け事を始める人が続出。この闘いを見世物にしようという魂胆だ。
オッズは明らかに『アップカット』側が低い。中には『トリプルアクセル』に掛ける人もいるが、ほとんど面白半分だ。
私だって、『トリプルアクセル』に賭けたい。だが、職務の途中である以上、それはできない。むしろ、不要なトラブルを持ち込んだ彼らを止めるべき立場である。
いや、すでに私は彼らに賭けていた。
その為に、危険な橋を渡ったのだから。
聴衆は彼らの移動に合わせて外へ出ていく。
「どうする?」
また同僚たちは顔を見合わせる。
私は後ろを振り返ると、建屋の中はほとんどすっからかんになっていた。冒険者に関しては全員出払っている。
「こういう状況だけど?」
同僚たちにその姿を見せると、
「あー、これは仕方ないね」
と言って、彼らの決闘を見に行った。
ここまでやると、もう私のせいだと言われても仕方がないかもしれない。
これでようやく心置きなく試合を見れる……。
「と、思ったのに!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねても、人が邪魔で全く見えない。
金属がぶつかる音や、掛け声等が聞こえる。
お願いだから、勝ってと心に強く念じながら、飛び跳ねた。
と、その時。
「アニキ!」
彼らの叫び声が聞こえた。
まさか!
私は無理やり人垣を押し抜け、先頭へ出る。
「――!」
絶句した。
そこには血を流し、膝から崩れるマザランと、返り血を浴びた男の姿。
「う、嘘よ……」
腰が砕け、その場にへたり込んでしまう。
一番信じたくなかった出来事が、目の前で起きていた。
だから私は反対したのだ。そんな危険な賭けに乗るのはよした方がいいと。素直に大金渡した方がいいと。だが、彼は言った。
「それでは、今後も変わらない。何かを変えたければ、何かを犠牲にするしかない。俺は、俺達は変わると決意した。邪魔しないで欲しい」
と。
私もそれに乗せられてしまった。彼らの為なら、何でもしてあげようと。彼らが止めないというのなら、せめて生きる確率を上げてあげたいと。
だが、ダメだった。
「おい、見ろよアレ」
「嘘だろ? 何が起きている?」
野次馬がざわつき始める。彼が刺されたときは静まり返っていたのに。
私も釣られて顔を上げる。
「え?」
そこで起きていたのは、目を疑う光景だった。
まるで、先程までの光景が嘘や幻のように。
「な、何をしたの……です?」
崩れ落ちた長髪の男が見上げる。
「悪いが、司令塔は潰させてもらった」
その視線の先には、立ち上がった不死身な男の姿があった。
これは誰にも言っていなかった秘策だ。
俺はウナギに飲まれたとき、彼の体液を回収した。水筒の中身をその場で空にし、できるだけ詰め込んだ。
アイル達がウナギの毒にやられて痺れていた時、これはいつか使えると思って取っておいた物。それがこんな形で使えるとは思ってもみなかった。服にそれを仕込み、攻めてきたアイツらの内、誰かを無力化してやろうという話。
「貴様らはそれを味わっていないのか? ああ、もう血が抜けた後の話だからなかったのか。でも、知っている筈だぜ?」
「何を……言っているのです?」
「ウナギだ。泥鰻。貴様らが、俺達に倒させたあの」
「――っ!? 貴方、まさか!」
馬面が目を見開く。
「どういうことだ? お前まさか、ウナギだったのか!」
ゴリラが的外れなことを言う。残念だが、俺はトカゲだ。
「そこに、仕組んでいたのですね」
彼はゴリラを無視して答えを確認する。
「その通りだ。こうなれば後はイージーだ」
俺の背後から飛び出したのは、アイルとライ。
「何!?」
不意打ちを食らった金髪とゴリラは固まる。
だが、
「甘いですね! 私が魔法を使えないことを知りませんでしたね! 身体は動かずとも、詠唱ならできます!」
そう言って、馬面が詠唱を始めた。
「食らいなさい。メガ――もごっ!?」
「そうは、させませんよ!」
ヴァイスが彼の五月蝿い口に土魔法で作り出した泥をつぎ込み黙らせた。
「これで、終わりだ!」
「はああああああああ!」
「せいやああああああああ!」
二人の攻撃が彼らの脳天に直撃し、そのまま気絶する。やはり、レベルは足りず、ダメージはなかった。だが、あれだけ揺さぶられれば、気絶はする。そのことを俺は彼らで実証済みだった。
闘いは、俺達の勝ちで決着がついた。
「もう! マザランさんのバカ! バカバカバカ! 本当に心配したんですからね!」
あまり強くないげんこつが胸に何度も撃ち込まれる。
「もう少し、怪我人を労わって欲しいのだが……」
俺は彼女を止めようとするも、身体が動かないのでされるがままだ。
痛くはないのに、今回も痛い。
「労わって欲しかったらそんな無茶しないでください!」
泣き腫らしてぐちゃぐちゃになった顔を見て、
「すまな――、いや、ありがとう。心配してくれて」
その言葉に周囲の仲間たちが大きなため息を吐く。
「アニキって割とアホなところあるッスよね」
「そこは普通にごめんなさいでいいと思うぞ」
「私達にも謝って頂きたいくらいですね!」
誰も味方はいなかった。
あの闘いが終わった後、ギャラリーが離れる中、俺は動けなくなっていた。
それも、馬面のナイフが俺の胸に届いており、俺も同じ毒に侵されていたからだ。
併せてあのナイフには毒が塗ってあったそうで、俺は数時間程生死の境を彷徨っていたらしい。死にかけるのはもう慣れたものだ。
その間、俺はギルドの医務室に連れられ、解毒の魔法をかけてもらいながら快復を待っていたらしい。
それで目覚めれば、今度はあの仕込みの件も知らない仲間達から現在責められているという訳だ。
「敵を欺くなら味方からって言うだろう?」
「言いません! 私が裏でどれだけのことをしてたか……」
「ララちゃん、すっごく心配してたんだぞ! 『どうしよう! マザランさんが死んじゃう~』って!」
「アイルさん!」
「あ、ちょ、痛い! やめて! いてててて!」
耳たぶを引っ張られるアイル。そっちはどうやら容赦がないらしい。
今日初めて、笑いあえた時間ができた。
「あ、そういえば勝ったけど、お金は半分持ってかれたんですよね? ちょっと、複雑です」
耳たぶから手を放して彼女は不満そうにする。
放された耳たぶは真っ赤になっていた。もしアイルよりララのレベルが高ければあの耳が引きちぎれていたかもしれないと思うと肝が冷える。
「いや、二割ぐらいだな」
「え、そんなにお金持ってるんですか?」
目を丸くする。
だが、そういう訳じゃない。
「簡単さ。あの桐箱は厚底にしてあるんだよ。で、その下に重しだけ入れてある。重さとぱっと見で金貨たっぷりに見えるが、実際は表だけ。残りは袋に詰めたが、あれもほぼ銀貨だ」
「よくバレませんでしたね……」
「そこは雰囲気で何とか」
あの袋を覗き込んだだけだったから良かったが、全部ぶちまけられていたらどうなったことやら。
「ま、どっちみち頭に血が昇って、表で喧嘩してただろうけどな」
「確かにそうですね。流石アニキです!」
引きつる周囲の中で、唯一ヴァイスだけが喜んでいた。
無事、身体も動くようになり、俺達は蜥蜴男の依頼で得た金額を山分けする。
「俺は少し買い物してから帰るよ」
そう言って、ギルドの前で彼らと別れ、向かった先は服屋。
「いらっしゃい……って、今日のヒーローじゃない!」
店主の男に話しかけられる。
細身で白中心のタイトな服を着こなす丸刈りの若い男性。彼はどうやら、今朝の出来事を見ていたらしい。
「刺されてたみたいだけど、もう動いていいの?」
「心配ありがとう。だがこの通りだ」
両手を広げて無事をアピールする。お礼を言うのはこのタイミングで問題はないだろう。
先程言われてから、少し不安になっている。
「で、今日は何の用かしら?」
「子供用の服を探している。できれば、袖が広くて長いタイプがいいのだが……」
「あら、アナタ子供いたの? おいくつ?」
うーん。幾つと聞かれても困るぞ? 魔物だし、人間とそこは大きく変わるだろう。
恐らくこの質問は大きさの話に繋がる。であるなら、人間の子供で言ういくつなのだろうか?
あまりに子供と接してこなかったからか、見当もつかない。
精神年齢は幼いが、身体はそこそこ成長していた……と思う。
「十二歳ぐらいかな」
「え、そんなに大きいの!? アンタ、早かったのねぇ」
「何がだ?」
彼はジト目を向け、
「色々よ」
と笑った。
よく分からない世界だ。
「ありがとう! また来てね!」
店主おススメの服を買って、俺は帰路に着く。既に外は暗い。
「これで喜んでくれればうれしいのだが」
想像すれば、不思議と笑みが零れていた。
クソ! クソ! クソ!
何でだ! 何で格下相手に二度も負けなくてはならないのだ!
街中の奴が観ていたのか、何処に行っても笑われた。
ムシャクシャしたから近くにいた乞食を殴り飛ばしたが、負け犬だと笑いやがった。
「だからって、殺しちまうのはやりすぎじゃねぇの?」
仲間が余計なことを言う。ウザい。
「黙れゴリラ! お前が早くアイツを押さえていれば良かったんだ!」
「わ、悪かったって」
どいつもこいつも使えない。
街の視線に耐えられなくなり、街の外へ出ようとした時。
「貴様ら、荒れておるな」
と、見知らぬデブが話しかけてきた。
「うるせぇ! 失せろデブ!」
そうやって殴りつけたが、そのデブは避けようともせず、その身で受ける。
だが、
「いって! 何だ? 効いてない?」
「貴様らごとき人間に我を傷つけられると思うな」
その拳を逆に掴まれ、近くの家の壁に叩きつけられる。
「ぐは!」
その壁は崩れ落ち、俺は瓦礫に埋まった。
どうやら空き家だったようで、中には誰もいなかった。
「何しやがる!」
「まだ我に歯向かうか! 身の程を弁えろ!」
物凄い覇気。押された俺はただ見上げることしかできなかった。
彼はこちらに近づき、足元でしゃがむ。
「お前たち、この男に見覚えはあるか?」
「は?」
彼は胸ポケットから一枚の絵を取り出す。
そこには一人の男の顔が描かれていた。それは憎き、あの男。
「その男は――」
「無い、とは言わせないぞ?」
彼の言葉に、俺達は息を呑んだ。




