第十九話 蜥蜴の陰に咎と誉
結局のところ、一度も成功せずに朝を迎えた。
果たして、蜥蜴男に俺達は勝てるのだろうか。
罠だと分かって危険な敵へ突っ込むのだ。しかも、俺の都合での話だ。
最悪、俺が殿となって逃がすか……。
「やる前から弱気になってどうする」
朝の日課を熟しながら、俺の中に渦巻く邪念を振り払う。
これまでに戦った相手の中で最上級クラスの敵だ。
「むしろ楽しまないでどうする」
この不安は何処から来るのか。負けたら死ぬから? 違うな。俺は既に二度死んだ身。もう恐れるものはないはずだ。それでも消えないこの胸の中のしこりは何なのだ。
知りたくない事実を知ってしまうかもしれないことを俺は恐れているのかもしれない。
過去の俺が今の俺を見たらどう思うだろうか。こんな、考えても答えが出ないようなものを考えてばかりいる俺を嘲笑うだろうか。
思考の無限ループに再び沈み始める。ゆっくり、どっぷり。
「俺はどうかしているぞ」
ため息を吐きながら、近くの川へ体を沈めた。
冷たい水が火照った体とオーバーヒート気味の脳を冷却する。この心地よさに心奪われてしまいそうになるも、それを振り払い、準備へ取り掛かることにした。
今日は楽しもう。
早朝のマニフォール。この時間にこの街へ来るのは二回目。昼間と比べて人はまばらで、まだ屋台の準備をしている段階だ。一部の店では野菜や鮮魚を売り始めていたりするが、本当にごく一部である。
ギルド前には、既にアイル、ヴァイス、ライ、ララの四人が揃っていた。
ライやララは手を振って迎えてくれ、俺も小さく振り返す。
「あ、アニキ! 遅いッスよ!」
「緊張しすぎて眠れなかったとか?」
「そうなんですか? 私と一緒ですね!」
ヴァイスだけは目の下に隈があった。不安に拍車を掛けさせるな。
「マザランさん。お気をつけて。皆さんも、絶対に無理をしてはいけませんよ」
彼女が俺の手を握り、上目遣いで訴える。彼女も化粧で隠れてはいるが隈が薄っすら見える。こんな至近距離で顔を見たことが無かった為に気づかなかったが、左目の下に涙黒子なんてあったんだな。
そんな仕様がないことを考え、嫌な感情を押し込める。
「行ってくる」
俺達は日が昇る方へ歩き出す。
依頼書に書かれた場所は、魔界との境界線上に位置する、森の奥の奥。俺達がまだ魔界へ入れないランクのパーティであることを見越したような位置に悪意を感じる。
「この依頼先の位置、俺達の故郷の近くなんだよね」
最後尾を歩くリーダーがそう言った。
「魔界に飲み込まれたという町か」
ここまでは整備された道を歩いてきた。馬車の轍が僅かに残っているが、どれも古い物ばかり。暫く使われていなかった道が残酷な現実と時の流れを伝えていた。
「そう。これ、俺達にも喧嘩売ってるってことだよね?」
ぶっきらぼうなその言葉に、つい笑みが零れる。
「だったらその喧嘩買ってやろうぜ」
「イエーイ!」
ライが歓声を上げて飛び跳ねる。緊張感を和らげるには丁度いい。
「う、うおおおお!」
ヴァイスも一緒になって叫びだす。無理している感じが彼らしい。
「イエーイ!」
「イエーイ!」
俺達はその場所までアホみたいに叫び続けた。まるで壊れたレコーダーか声を拾ってマネするぬいぐるみだな。
「あれは何だ?」
目標に近づいてきた時、道の真ん中に小高い石塚が見えてきた。形状は三角テントもしくは縄文時代の竪穴式住居によく似ている
「あんなもの、無かったですよ。初めて見ます」
「あんなのあったらそもそも邪魔ッスね」
そりゃそうだ。であるならこれはなんなのか。。
近づいてみると、大きさは大の大人二人が入って座れる程度だ。横になるのは厳しいか。それぐらいの広さだ。
「これ、何だと思う?」
「もしかして……巣ではないでしょうか」
なるほど。蜥蜴男の巣だと考えればしっくりくる。
であれば、この近くに――。
「ヴァイス! 危ない!」
俺は咄嗟にロングソードを鞘に入れたままガードする。
中を覗き込んでいたヴァイスの無防備な背中へ、鋭い鍵爪が差し迫っていた。
「ぬぉああああああ!」
鞘に爪が食い込んだままロングソードを振り抜く。
鞘ごと吹き飛ばされた影が道沿いの大木へ叩き込まれる。
その影は当然のごとくノーダメージで体制を整えた。
「これが、蜥蜴男……」
「こんな強そうなやつだったんスね……」
「ひぃ……」
各々が畏れを抱いてその姿を目に焼き付ける。
彼らはその反応で正解だ。それが普通だ。俺だけが特別な感情を抱いているのだ。
「お前は、何だ」
人型の身体に青い鱗がびっしりと敷き詰められ、その頭はトカゲそのもの。鋭い牙が並ぶ口からは、炎のように赤い舌がチロチロと覗く。そしてなにより、両手両足の人差し指にあたる部分が、鋭く巨大な鍵爪になっている。
俺はあのコロシアムで、同じく『リザードマン』と呼ばれていた。だが、俺とは全く似ても似つかぬその姿に、違和感を覚える。
どういうことだ。俺の過去に関わるというから、想像していたのは、俺と同じトカゲベースの怪人だ。だが、全く違う。足腰から指の本数、形状、頭部の形状。全てが人間とは違うのだ。故に動きも人間にできるものではなかった。
「人の言葉はわかるか?」
「シャアアアア!」
奴は叫ぶばかりで、人語を理解している様子はない。
「やはり、お前はベースが違う同胞ではなく、単なる魔物ということか」
周囲に目を配らせながら、側で腰を抜かすヴァイスに手を貸す。
「みんな! 一度組み立てるぞ! 想定するのは例のフォーメーションだ!」
全員に声を掛け、腰を落として武器を構える。
トカゲからは視線を逸らさない。そのオレンジ色の瞳には俺が映っていた。少しでも隙を見せたらやられる。身体機能は人間の比ではない。
「おりゃああああ!」
一番近くにいたアイルが切り込む。
アイルの一振りはここ数日のレベルアップで精度もスピードも上がっている。俺でも避けきれるか分からないレベルの一振りを、トカゲは易々と躱していく。
下段切りを飛び上がって避け、追撃の切り上げは半歩身体をずらす。惚れ惚れするほど無駄のない動きだ。
「キシャアアアア!」
横にズレたところに鋭い蹴りが伸びる。そこに、カウンターの鍵爪が彼の足をなぞる。
「――グッ!」
彼もトカゲも、ダメージを追いながら間合いを取る。
レベルは同じ、といったところか。本当にどこまで仕組まれていたのやら。
「やああああ!」
一歩下がったトカゲの足元に、赤々と燃える魔石が転がる。爆発と同時にライが飛び込み、砂埃の中ナイフを突き立てた。
「くそ!」
しかし、刃は通らず、弾かれ怯んだ彼の腹部に、高速の蹴りが伸びる。
「そうはさせん!」
片足しかついていない魔物の横にタックルをかます。
体重は恐らく相手のほうが上。だが、よろけさせることには成功。
この魔物の攻撃一撃一撃が致命傷になりかねない。ノーダメージが俺達下のレベルの者の最低限達成しなくてはいけないことだった。
「ふん! はあ! せや!」
全ての攻撃を見切られる。だが、俺の攻撃は当たっても意味がないからこれでいい。
後ろにはアイルが駆け出している。タイミングを見て、突きを繰り出し、一歩後ろに引かせる。が、
「シャ!」
奴はサイドに飛び、目の前には踏み込んだアイルの姿。
「うお!」
「――なっ!?」
寸でのところで俺はアイルに殺されかけた。お互いに身体を回して切先を逃がす。
そのリズムが崩れたところに、奴の回し蹴りが――。
「ピットフォール!」
届かなかった。
俺達の足元に落とし穴が作られ、落下したことでその蹴りが空を切ったのだ。
「追加でマッドウォール!」
今度は俺達の地面が競り上がり、空へ飛び上がる。
それに合わせてトカゲも飛び上がった。
この状況なら、お互いに避けることはできない。
「おらああああ!」
先に俺が剣を叩きつける。だが、奴は俺の剣を掴んで地面へ振り落とす。
「ガハ!」
砂が口の中に入り、肺の空気が外へ漏れ出した。
飛びかけた意識の中、見上げた空ではアイルの剣戟がトカゲを捕らえる。だが、トカゲは回転しながら尻尾を自切して受け流し、アイルの背中に足の鍵爪を突き立てて地面へ突き立てた。
「あ……アイル……」
目前で俺の剣を手にしたトカゲがアイルに向かう。
マズい。このままでは、アイルが殺される。
「マッドウォール!」
泥の壁がトカゲの前に展開された。
だが、剣の一薙ぎで壁が崩れ去る。
「ぐ、ぐぬ……」
どうする。考える時間が勿体ない。もうあと数秒で、取り返しがつかなくなる。
もう、やるしかない。
胸元にしまっていた練習用の杖を、まずはトカゲへ。
一か八か、俺は呪文を唱えた。
「ライト!」
声に反応したトカゲがこちらを振り向く。と同時に、眩い閃光が奴の視界を奪った。
「今だ! ヒール!」
一度の成功もない回復魔法をアイル目掛けて掛ける。頼む! 成功してくれ!
淡い光に包まれたアイルが、ゆっくりと立ち上がる。
ぼんやりと遠くを見つめる彼の瞳が、眼を焼き悶える魔物に焦点が合った。
「すぅ……」
彼はゆっくりと剣を上段に構えた。
何かを察知したトカゲが後ろに引きさがろうとしたところ、その腰の辺りで爆発を起こす。後ろを見れば、ライがサムズアップをしていた。
「せいやああああ!」
怯んだトカゲの脳天目掛け、剣が振り下ろされる。
「ギエェェェェ!」
けたたましい断末魔を上げ、奴は膝から崩れ落ちた。
戦いは、終わりを告げる。
「はぁ……はぁ……」
戦いの時間としては一瞬だったが、全員息も切れ切れで心臓が高鳴り続けていた。
「はぁ……はぁ……、で、何が、俺の過去に――」
再び視線。
「誰だ!」
振り返った先には、木々の隙間に黒コートの人物。これがララの言っていた男だろうか。
「貴様が依頼主だな。この依頼、何が目的だ!」
彼は逃げずに、凛とした声色で
「貴方が知る必要はありません」
と言い放った。凛としているのに、無機質。違和感を感じる声だ。
「俺の過去とこの蜥蜴男、何の繋がりがあるんだ?」
倒すことはできたが、そこに何の意味があったのかがわからない。
「それは貴方自身で感じてください」
「どういうことだ?」
「これだけは言えます」
彼はこちらを指さし、
「貴方はもう、逃れることはできない。宿命の列車に、貴方は自ら乗り込んだのだ」
「何を言っている?」
何かを含ませた物言いだけをして、満足したのか立ち去って行った。
「あ、アニキ?」
皆が心配そうにこちらを伺う。
「気にするな。少なくとも、俺達は罠に打ち勝ったんだ。今はそれを喜ぼう」
「そ、それでいいなら……」
「いいのさ」
そう、俺は自分に言い聞かせた。




