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第一話 怪人、転生

 耳の奥から、雨の音が消えない。


 歓声や拍手や怒号に似た雨音。それは俺に向けられたものではないのはわかる。


 雨音が消えない。


 俺は死んだのか。


 微睡みの中、何かに揺さぶられる感覚。


 雨音が消えない。


 俺はまだ生きているのか。


 脳裏に張り付くもやを振り払うように、目前に迫る障害をなぎ倒す。


 雨音が消えない。


 雨音が消えない。


 雨音が消えない。


 しかしあるとき、ある瞬間から、ノイズの中から微かに、だが確かに『声』が聞こえてきた。


「目の前の敵を倒せ!」


「殺せ!」


「やれ!」


 怒号が、悲鳴が、歓声が。


 血肉を滾らせ、鼓動を加速させた。


「ぐおおおおおおおおおおおお!」


 暴走にも似た獣のような生臭い闘い。

 それが、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。


「オ、オレハ……」


「いいからさっさと戦え!」


 拒めば、鞭で打たれ、殴られた。


 堕ちる、堕ちる、堕ちる。


 これが敗者の末路、弱者に待つ必然。


 ああ、俺は一体何をしているのだ。


 これを生きていると言っていいものか。


 今日も目の前の敵と向かい合う。


「ふん! 面倒な話は後だ!」


 声が、聞こえた。


「まずはお前を叩き切る!」


 直後、胸元に衝撃。


「俺は……、俺は……」


 靄が晴れて、視界がクリアになっていく。


 剣を上段に構えた仮面が、こちらを見据えていた。


「貴様は……」


 だが、それはあの男ではない。

 ダブって見えていたあの男の仮面が蜃気楼のように消え、そこにいたのは全く似ても似つかぬ金髪の少年だった。

 身体も小さく、齢もまだ十代半ばといったところか。


「あれ?」


 俺はまだ痛む頭を押さえた。


「げぇ。渾身の一撃が効いてない!」


 顔を真っ青にした少年がこちらを見上げて震える。

 さっきまでの威勢は何処へ行ったのやら。

 なるほど。先ほどの衝撃は俺への攻撃か。


「あれで渾身の一撃か。俺を倒したアイツには遠く及ばんな」


 そう呟きながら、状況を整理する。

 今、俺がいる場所は天国でも地獄でもない。巨大な砂地のスタジアムのような場所。もとい闘技場だ。その中心に俺はいる。

 見渡せば、観客席を埋め尽くす観客の姿。一見人間のようだが、よく見れば普通でない。どれも角を額から伸ばした顔色の悪い異形の姿。

 まさか、怪人か?

 薄っすら残る記憶を辿れば、俺は仮面の英雄に倒され、そこで命を落としたはずだった。

 なのに、俺は生きていた。誰かが蘇生したのか? あのとき部下は連れていなかったはずだ。俺の命令に忠実な奴らが、そこまで気の利いたことができるか? いや、あり得なくはないか。

 ならば、何故俺はここにいる?

 これまで俺は闘わされていた気がする。何人もの怪人や化け物、人間すらも殺していた。

 だが、訓練や実験ではない。これは娯楽だ。

 第一、こんな施設を俺は知らない。


見縊みくびるんじゃねぇ!」


 今度は顔を真っ赤にして地団太を踏む少年。

 先ほどからコロコロと顔色を変えて忙しい奴だ。カメレオンか?


「俺はとりあえず倒すんじゃなかったのか? どうせ俺は通過点なのだろう?」


「そ、そうだ!」


「で? 俺の次は誰を倒すんだ?」


「決まっている!」


 彼は俺の後ろを指差す。その先を辿れば、明らかに他の客と風格の違う男。顔色の悪さはそのままに、額の角は太く、いかにも高そうな艶のある毛皮に身を包んだ、いや、包み切れずにはち切れそうな肥満漢。何より、高座にある絢爛けんらんな椅子に腰掛け、周囲には観客ではない武装した人物が数人構えている。あれは取り巻きだろうか。

 逡巡しゅんじゅんする俺を他所に、少年は高らかに宣言する。


「魔界貴族、お前だ」


 どよめく会場。

 指名された男は、目を大きく見開き、口をぱくぱくと呆気に取られていた。その間抜けな顔は用水路にいた鯉そっくりだ。

 しかし、聞きなれない組織名? だ。『黄昏の三連星』とは違うのか?

 


「ほっほっほ。私を倒すなど、片腹痛いわ!」


 取り巻きも大爆笑する。会場も歓喜の声を上げた。

 全く相手にしていない。油断しているのか、将又はたまた格が違いすぎるのか。


「倒せるのか?」


「た、倒せるかどうかじゃない! 倒すんだよ!」


 そう言う彼の足は生まれたての小鹿のように震えていた。


「はぁ……。何故勝てるかどうかもわからない相手に戦いを挑む?」


「決まっている。アイツらが村の人間を襲って閉じ込めてるんだ! だから、アイツを倒して皆を助けるんだ!」


 やはり、あの男にダブって見える。


「なるほど。アイツが弱者を虐げる存在か。大体わかった」


「え?」


 振り返り、しっかりと魔界貴族やらを見上げた。

 見てくれはあまり強くなさそうだが。


「強者の余裕はありそうだな」


 男の表情が曇る。


「どれだけ強いかは知らんがな」


「貴様ぁ……ペットの分際で!」


 見る見るうちに顔が赤くなる。

 こいつもカメレオン怪人かもしれないな。


「精々、飼い犬に首を噛み切られないように守っておくんだな」


 自らの首を差して煽ると、言葉にならない呻き声を上げ立ち上がる。

 そんな彼を取り巻きが制止していた。

 これではどちらが犬かわからぬな。


「閣下はこちらでお楽しみください。分をわきまえない駄犬は我々がしつけて差し上げましょう」


 飼い主と違ってやたら細身の怪人共がスタジアム内へと降り立つ。


「相変わらず坊ちゃんは相手されないんだな」


「う、うるさい! 俺だって、やればできるんだ!」


「そうか。では、お手並み拝見と行こうか」


 周囲を囲むように立つ取り巻き、数えて八名。


「余裕ぶっていられるのも今のうちだ!」


 丸腰の俺に比べて、奴らは槍を持っていた。

 少年の武器はショートソード。リーチが短く、分が悪い。


「久々に昂ってきた」


 誰が合図するまでもなく、目の前の怪人――便宜上Aと置こう。Aが素早い突きを繰り出し、戦いの火ぶたは切って落とされた。


「躾けると言った割には殺意がこもっているな」


「当たり前だろ! ここはそういう場所なんだから!」


 背中越しに叫ぶ声が聞こえる。


「そうらしいな」


「らしいって、何にも知らないで駆り出されていたのか!」


 そう言われても、知らないものは知らないのだ。

 ひとまずAの槍を躱し、その槍を掴むと、振り回して槍ごと彼を放り投げる。

 が、あまり手ごたえがない。


「何だ、これ」


 違和感の正体が掴めず、ほぼ防戦のみのような戦いになる。


「戦闘経験はそこそこありそうだが、訓練されているようには思えない。何だこの強さは」


「レベル差だよ!」


「レベル差? どういうことだ?」


「? どうって、そのままの意味だけど!」


 実力差はそこまであるようにも思えない。

 むしろ、戦闘センスに関して言えば、俺どころかあの少年にも劣っているように感じる。ということは、彼らの改造手術は俺が受けたものとは比べ物にならない程進化しているということなのか。そう思えばに落ちるところもある。現に、怪人態化しても人間態の要素がかなり色濃く残っているのだ。

知らない手術方法が確立している。つまり、俺はかなりの間眠っていたことになる。

 だが、今そんなことをこれ以上考えている暇はない。

 とにかく、隙をみて反撃しなくては。


「クソ! こっちの方がレベル高いはずなのに決めきれない!」


「何だよ、気持ち悪い!」


 違和感は向こうも感じているらしい。

 ならば今のうちにこちらから仕掛けるとしよう。


「ふん!」


 カウンターで急所目掛けてパンチを決め、怯みを狙う。

 が、怯まない。少々反応があった程度だ。

 ならば、他の者の力を使う。


「てや!」


 後ろから来る槍を寸で躱し、目の前の怪人Bに当てる。


「ぐああ!」


 見事、槍が突き刺さり、刺された側は槍を手放した。

 その槍を掴み、そのままの勢いで彼の喉元を掻き切る。


「ぐぼぁああああ!」


 断末魔を耳に、奪った槍で周囲の敵を薙ぎ払う。


「さぁ、次はどいつだ!」


「な、なんだこのリザードマン!」


 生き残りが怯えて離れる。

 やはり薙ぎ払うことはできても、明確なダメージは入ってなさそうだ。

 先ほどは急所に入ったからこそ倒せたが……。


「貴様ら! あんな雑魚共に何手こずっているのだ!」


 その様子を見て相当ご立腹な飼い主。

 油断はできないが、戦局はこちらに傾いた。

 こいつらは本当に『黄昏の三連星』か?

 少し、探りを入れるか。


「この程度か? 『黄昏の三連星』も堕ちたものだな」


 だが、奴は首を傾げる。


「『黄昏の三連星』? 何を言っているんだ?」


「いや、こっちの話だ」


 どうやら、彼らは関係ないようだ。では、技術が流出したのか? もしくは全く関係がないとか? 場合によっては敵対組織になるかもしれない。

 慎重に動かねばならないが……。


「お前ら、殺せ! 負けたら殺すからな!」


「はっ!」


「仕方がない。こうなった以上、やるしかねぇな」


 ちらりと少年を見やる。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をしているが、無事ではあるようだ。

 なかなかに骨のあるやつだ。もし部下なら、鍛えがいがりそうだ。


「坊ちゃん。まだイケるか?」


「はぁ……はぁ……。坊ちゃんじゃ、ねぇし!」


「軽口叩く余裕はあるらしいな。死ぬなよ!」


「そっちこそ!」


 二人はギアを入れなおす。

 第二ラウンド開始だ。


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