第十八話 飛んで火に入る As for me
「依頼クリアっと! お姉さん、次の依頼を受けたいんだけど――」
思ったよりも早く終わった為、さっさと精算を済ませて次に行こうとする一行。
だが、その受付嬢の様子が少々怪しい。
「ララ?」
彼女に問いかけると、周囲からの痛い視線が。
「何だ?」
「今、名前で呼んだ!」
「しかも、あだ名だったッスね!」
「アニキも隅に置けないですな!」
やいのやいの言われて本題に入れない!
「五月蝿い! どうでもいいだろう、そんなこと!」
虫を散らすように掌でしっしと追いやると、「照れてんの~?」とか後ろで言っていたので聞こえない振りをすることにした。
「すまないな」
「また謝っていますね」
「こればかりは仕方がない」
と肩を落としていると、彼女は小さく微笑んだ。
「元気がなさそうだったが、大丈夫か?」
「ええ、まぁ……」
どうにも歯切れが悪く、目も合わない。もしや。
「昨日のことは悪かった。その、今度は家の者に言って、飯を抜いてくるよ。つまらないことをして悪かった」
頭を下げると、彼女はポカンとした表情で俺を見る。
「何か変なこと言ったか?」
ようやく俺と目が合った。すると、彼女は吹き出し、
「まだ気にされていたんですか?」
「え、あれ? このことではないのか?」
訳が分からない。目を白黒させる俺を見て、彼女はケラケラと笑う。そして、いつもの子供っぽい笑いから一転、大人の妖艶さを見せながら、
「マザランさんて、可愛いところありますね」
と、ウィンクした。
「なっ――」
俺は弄ばれていただけなのか。少々立ち眩みが……。
「本当のところ、悩みはありましたよ。貴方のことで」
「俺のこと?」
俺は何かしてはいけないことをしたのか?
勝手がわからぬ以上、何をしたら大丈夫で、何をしたらダメなのかまだまだ知らない。そんな中だ。何を言われてもいいよう覚悟を決めた。
「できれば貴方と一対一で――いえ、パーティメンバーの皆さんも居た方がいいですね」
「わかった」
後ろからどよめきが聞こえるが、俺も心当たりがない以上何も言えない。
最近の事件関係ならば、またアイツ等が下手なことを吹き込んだ可能性はあるが……。
「応接室でお話ししましょう。ついてきてください」
と、彼女に案内されるまま、奥の間にある応接室へ。
部屋の構造は六畳間程で、中央に背の低いテーブル、その両サイドに低めのソファが並んでいる。煌びやかさはないが、質素な感じもあまり少ない、いわば普通。この世界の生活様式がいまいち分かっていないが、汎用的なお客様対応用の部屋といった感じか。
壁には燭台が置いてあり、ガラス張りの窓が一つ付いており、そこから差し込む日の光で部屋の照度はそれなりに保たれている。
ちなみに、他のメンバーは皆キョロキョロと見渡しては「初めて入った」と感動していた。何か物珍しい物でもあったのだろうか。田舎者丸出しな態度だ。
「それで、ララ。俺にまつわる話だそうだが、何だ?」
「実は、昨晩貴方と別れた直後の話です」
彼女は事の顛末を話した。
怪しい人物から依頼を預かったこと。そして、彼が俺の過去を知っているとのこと。それに関わってくる内容の依頼だということ。
その依頼に書かれていたのは、昨日シカを狩った森の周辺にてある魔物を討伐するという内容だった。
「なるほど。不可解だな」
「ええ、それで伝えるか迷っていたのです。受け取ってはみたものの、明らかに怪しい臭いがします」
「俺もそう思う」
俺の過去を知る男。過去と言ってもどの範疇か。俺がこの世界に転生してから? それとも前の世界での話か?
だが、どちらにせよ行くべきではないだろう。これは罠だ。
男は間違いなく、俺が人間ではないことを知っている。それに、その裏にいる人物もまた――。
「この依頼は断らせて――」
「いや、アニキ、受けよう」
依頼書を返そうとしたとき、その手を止められる。
「どうしてだ? こんな見え見えの罠に自分から入りに行くことはない」
「罠かもしれない。でも、チャンスでもあるんだ。アニキの記憶を取り戻すチャンス」
ヴァイスとライも顔を見合わせ、強く頷く。
「どんなに危険でも、引き返せばいい。何もしないで放置は勿体ないよ」
「死んだら終わりだぞ?」
俺が言うのは説得力がないかもしれないが。
「行くとしても、俺一人だ。君らを危険な目に遭わせたくない」
「何言ってんだよアニキ。俺達仲間だろう?」
「そうッスよ。水臭いッス!」
「もしもの時は我々が付いています!」
そういう訳ではないのだ。ヒントも何も、俺は記憶なんて失っていない。失っていない物を取り返すチャンスなど、必要ないのだ。
だが、それを伝えようにも、ここにいる人物全員納得しないだろう。俺が異世界から来た怪人だなんて。
「……」
「私は行くべきではないと考えます。あまりに危険すぎます」
後の判断は俺次第ということか。
考えろ。何故その男は俺に直接依頼するわけではなく、ララを介した?
俺に直接会えないとはどういうことだ?
顔を見たら、誰なのか分かってしまうと?
今のところ、青白い肌を隠していたとなると、魔界貴族辺りを思い浮かべるが、あの時全員消し炭になった筈だ。それに、顔など覚えていないから、会ったところで誰かは分からない。
では仮にあの魔族や魔界貴族共が生きていたと仮定しよう。そうなれば、あんな目に遭わせた俺を追ってくるに違いない。そして再び、俺を捕らえる為の罠を仕掛けたとか。では、ここまで回りくどいことをする理由はなんだ?
そうなれば、残す可能性は一つとなる。
「わかった。その依頼、受けよう」
「え」
ララが驚いた顔をする。だが、これが俺の選択した道だ。悪く思わないで欲しい。
その男は、俺の生前を知っている。これが俺の結論だ。
そこに、俺が転生した理由と『黄昏の三連星』についての情報が転がっているかもしれない。
「では、依頼内容について聞かせてくれ」
その討伐対象は『蜥蜴男』。皮肉にも、蜥蜴の魔物を用意されていた。
「その蜥蜴男とやらはどんな魔物だ」
こちらは誰もその存在を知らなかった。あのヴァイスですら。
「私も聞き覚えがなくて、今日は出勤してすぐに文献を調査しました。すると、その魔物の生息地はここではなく、西の方にある乾燥した地方なんです」
「ということは人為的に連れてこられたということか」
益々きな臭くなってきた。罠と分かっていて飛び込むと分かっていても、気後れしそうだ。
「西側はここよりもさらに強い魔物がいると聞いています。それぐらい危険度が高いと思って頂いて結構です」
「では行くなら明日だな。今日は別の依頼を受けさせていただく。そこでレベル上げをする」
「でしたらこちらがおススメです」
案内されたのはやはりというべきか巨大ナメクジ討伐の依頼。
『怠惰なる異形』なんて仰々しい名前が付いているが、ようは鈍間なデカいナメクジらしい。
ナメクジと聞いたらやはり塩だろう。大量の塩を買い込んだら、店主だけでなく仲間からも不思議そうな顔で見られた。あまりナメクジと関わりのない生活をしているのだろうか?
「アニキ、本当に塩で勝てるんスか?」
「まぁ、見てなって」
森の中、進む一行の前に現れたのは、まあ巨大なナメクジ。全長五メートルはあるのではなかろうか。こんなモンスターナメクジを見るのは初めてだ。
「よし、全員塩を持て!」
袋に入った塩を、ナメクジの巨体目掛けてぶちまけた。
一面雪化粧のような状態になり、巨大ナメクジの水分が吸い取られていく。
「こ、これは興味深いです!」
ヴァイスが一人興奮していたが、残りのメンツはグロテスクさに負けてゲロを吐いていた。俺はその臭いで吐きそうになったが何とか堪えた。
触手を出し入れしながらのたうち回り、徐々に萎んでいく。周囲に積もった塩も溶け出して塩水に変化していった。
初めは超巨大なナメクジも、気が付けば人間サイズまで縮んでいた。
「おりゃ!」
後はアイルが真っ二つにして終了。
これを持ち帰るには非常に勇気が必要だったが、何とか提出することには成功した。向こうの職員も渋い顔をしていたが。
また、ララからは「塩害になる可能性があるから今後塩を自然の中に振りまくのは禁止」と釘を刺された。それは知らなかったので申し訳ないことをしたと思う。
さらに、粘液の付着した体が臭いと今晩はエアロが鼻を摘まんで近づいてくれなかった。残念。
「ギュエロさん。後はどうすればいい?」
魔法の特訓三日目。
魔素のコントロールは大体できるようになってきた。
「やるのぅ。ここまで呑み込みが早いとは恐れ入った」
ギュエロが俺の成果を見て唸る。
「では、実際に使ってみるか」
詠唱を教えてもらい、三級の光魔法、『ライト』を放つ。
「おぉ……」
杖の先が煌々と輝く。LEDの懐中電灯よりも明るいのではないだろうか。それに懐中電灯だと光を収束してある範囲しか照らさないが、こちらは全方位を照らす。
小さな魔法だが、俺にとっては大きな一歩。詠唱を覚えるのは簡単そうだ。三級だからだろうか。
「そのまま、回復魔法も頼む」
「むぅ……できるかはわからんぞ? 少々勝手が違うからな」
「詠唱すれば何とかなるんじゃないのか?」
ギュエロは首を横に振る。
「これは不思議なものでな。詠唱時に、それが本来どういったものだったのか明確にイメージする必要がある。すなわち、人体の内部構造にある程度精通している必要があるんじゃよ」
「内部構造、ね……」
改造手術をしている様を外から眺めたことはあるが、専門外故によく分かっていない。高校も中退した俺では医学の知識は大してないのもある。
「試しにやってみるさ」
その辺に落ちていた鋭い石で左の人差し指の先を切る。
人間のような赤い血が零れ落ちていく。
「ヒール」
指先に熱が集まる。想像するのは指先の神経、血管、肉や皮膚……。
「あっつ!」
耐えられなくなり、俺はつい杖を手放してしまった。
「無理じゃったか……」
「クソ。訳が分からねぇ」
指先の傷口は塞がってはいたが、火傷したように水ぶくれができており、触ると少々痛い。
「ヒール」
ギュエロが杖も使わず俺の指に手を翳す。
じんわりと熱が伝わり、むず痒さが広がった。
「できたぞ。こんなもんじゃ」
彼は手をひらひらさせながら家の中に消えていった。
俺は綺麗になった指先をまじまじと見つめながら、先程の感覚を思い出す。
あの感覚になるように調整してみるか。
俺の夜は、まだまだ長い。




