第十七話 信頼なき依頼に期待を抱いて
日を跨ぎ、再びギルド内。
「金を集めながらレベルを上げるといったら、ひたすら依頼をクリアするに限るわけだけど……」
依頼一覧を見ながら一同は唸る。
「どれも渋いッスね。あまり旨味のない物ばかり……」
今日を含めて三日。どれだけの依頼が熟せるだろうか。
優先順位としてはレベル上げの方が高い。であれば魔物討伐をメインにしなければならない。
「アイツ等のレベルはどれぐらいあるんだ?」
「Bランクパーティですが、普通より高いという噂です。下手したら四十を超えているのではないかと」
「Bランクの平均レベルとかはあるのか?」
「三十後半ぐらいですね」
「ふむ……」
そんな世界に踏み込もうとしている人間のレベルがあまりに低いのは問題だ。駆け出しにしては高くとも、適正レベルに届いてなければそれは意味を成さない。
「よくもそんな状況でBランクに上がろうとしたものだ……」
「う……」
焦る気持ちはあったかもしれないが、命知らずすぎる。
「俺達のレベルで最も高いのがアイルの三十二。君が彼らのレベルを超える必要がある。残りの俺達は、死なないことを目的とした動きをマスターしよう」
「またアイルに頼り切りになってしまうのですね……」
ヴァイスが悲観的な目をする。これ以上頼ってばかりで迷惑を掛けたくないのが彼の身上だろうか。だが、それは違うと思っている。
「時間と役割の問題だ。今回はリーダーのレベルが最も高い。時間も短い。ならば、彼らに対抗する為にアイルのレベルを上げるに尽きる」
「それはそうですが……」
「大丈夫! 俺がみんなを守るからさ!」
アイルが胸を張って的外れなことを言う。そうではないのだ。
「それで守れなかった前科があるわけだが、忘れた訳ではあるまい?」
「う……」
胸に手を当てたまま固まる。
「俺達に危険が伴えば、アイルの実力も引き出せなくなる」
確かにそうだと頷きながら彼は引き下がった。
「ならば、俺達は死なない立ち回りをしなければならない」
残りの二人は渋い顔をする。
「結局、足を引っ張っていないッスか? それ」
それなら俺達要らないじゃんと不満そうだ。
「いや、そうじゃない。そこで役割の話だ。ライは小さく素早い。図体がデカい集団のアイツ等にとっては攻撃が当てにくい。ダメージは入らずとも、牽制ぐらいはできるだろう?」
「そうッスね……。確かに」
ライは空中にその様子を浮かび上がらせているようだが、その目は納得し始めているようだ。彼はお頭の回転が速くは無かったが、イメージさえつけてあげればそれ通りに動いてくれるだろう。後は動作を固めてしまうより、自由にさせた方がいいタイプか。
「私は何ができるでしょうか」
ヴァイスの視線が答えを求めて彷徨う。
魔法が使えるというのは非常に大きな武器だ。前回の作戦では大活躍だったが、あまりプレッシャーをかけ過ぎると力を発揮できないタイプなのが弱みか。
「ヴァイスは相手の足元を崩すことに専念するといいかもしれない。土魔法を素早く、連発させることができればいいが……」
「やってみます」
不安に揺れる瞳の奥に小さな灯が見える。自信をつけてあげればきっと大丈夫だ。
「ここからは、そのフォーメーションを組み立てる練習を兼ねながら魔物討伐を繰り返したいと思う。と言っても、そんなに回数はできないから、少ない回数で頭に叩き込め。できるな?」
「「「……」」」
一同、喉を鳴らし、冷や汗を流す。緊張した面持ちでお互いを見て頷く。
「やろう」「やりましょう」「やってみるッス」
これで方針が決まった。
「さて、話は戻って何を受けようか」
有力候補はシカのような四足獣の魔物討伐か巨大ナメクジといったところか。フォーメーションの練習をするなら動きが活発そうな四足獣タイプが良さげだが。
「レベルはあまり高い方ではなさそうだな」
「レベル上げなら巨大ナメクジの方が良さそうだね」
うんうん唸っていてもしょうがない。とりあえず、練習用にとシカの魔物『女帝鹿』を狩りに行くことにした。
この女帝鹿という種、女帝と呼ばれるメスを筆頭に逆ハーレムを作り、優秀なオスを選別して子を成すとのこと。女帝が強いのはもちろんのこと、周囲のオスもまた強い。先鋭な対の角を使って捨て身の突進をかますらしい。命を懸けて女帝を守り抜くオスなのだそうだ。メスはというと、オスよりも小ぶりで平たい角を持つが、その見た目で油断してはならない。女帝同士でぶつかり合い、勝った方=レベルの高いメスが相手の逆ハーレムを乗っ取ってしまうらしい。よって強さとしてはメスの方が上だということだ。
オスは命を懸けてメスを守るといっても、生涯愛するという訳ではなく、長いものに巻かれ、命を懸けるという社畜根性丸出しな生態を持っている。男の癖にそれでいいのかと言いたくなったが、どうやらオスの角は『命を懸けて貴女を守る』というプロポーズ用のアクセサリーに重宝されるらしい。よくわからんものだ。
「いい女が来たら簡単に乗り換えてしまいそうだな」
「いや、寧ろ妻の方は離れない為に自らを磨き続けるという意味もあるみたいよ?」
「ふむ」
よく思い返せば、ギュエロの小屋の中にも似たような角があったような。
「今回はCランクのはぐれ女帝ですから立派な角は手に入りませんけどね」
群れとしてのこの魔物はBランク相当になる。
だが、今回相手をするのはCランク相当のはぐれ女帝。群れを持たない=レベルが低いとのこと。それではあまりレベルアップは期待できないが、腐っても魔物。野生動物以上のポテンシャルは秘めているという。
「一応精力剤にもなるらしいッスよ!」
……余計なお世話だ。
森林内を探索し、女帝鹿の痕跡を見つける。
「これは糞ですね。まだほんのり温かさを感じるので、恐らく近くにいるでしょう」
コロコロとした小石サイズの糞。生前見たシカの糞とそっくりだ。
「周辺を探ってみましょう」
辺りを警戒しながら探索を続ける。周囲の香りを嗅ぐと、微かに獣の香り。若干の血の匂いも混じっているが、これはターゲットが怪我をしているということだろうか。
「これを見てくれ」
周囲のシダ植物に付着した僅かな血痕。
「怪我しているのかな?」
「強大な魔物が近くにいる可能性もあります。より警戒を強めましょう」
血痕を辿るように道なき道を往く。
徐々に獣の匂いが近づいてくる。
「そろそろッスかね」
「しっ! 多分、この先だ」
大きい声を出すライを押さえ、息を殺しながら身を潜めた。音を鳴らさぬよう、シダをかき分ける。
少し開けた場所の真ん中で、自身の身体を舐める黒毛のシカ。
「あれか?」
「あの平たい角……間違いないですね。確かに怪我をしていますが……」
「原因は何だと思う?」
「メス同士の争い? いや、それなら肩に傷つくのは違和感がある」
「他の魔物ッスか?」
「確かに牙や爪の傷に見えなくもないですが……」
引き裂かれたような傷が痛々しい女帝鹿の姿。血で濡れた体毛がテラテラと光っている。どうも、それが魔物による傷と断定できないのがヴァイスの見解らしい。
「とりあえず、ミッション開始だ」
「おう!」
俺が飛び出し、牽制する。
驚いたシカは反応が一歩遅れて立ち上がり、痛む足を引きずって逃げ出す。
「遅いッスよ!」
挟み込むようにライが現れ、ナイフで切りかかる。だが、それに怯むことなく頭突きを仕掛けたターゲットにライは弾かれた。
「あれれ?」
「油断するな! 怪我していても魔物は魔物だ!」
檄を飛ばす中、詠唱を事前にしていたヴァイスが泥壁を迫り上げて退路を防ぐ。
退路を阻まれて引き返した先にはアイルの姿。
「せやああああ!」
ショートソードでその首を撥ね、重要機関を失った身体は走りながら転がるように倒れこむ。そして、頭が放物線を描き、地面に落ちるまでの間に一瞬震えて沈黙した。合掌。
「ごめんッス!」
片目を閉じて舌を出すライの頭を撫でようと手を伸ばして引っ込める。
「わかっているとは思うが、突っ込み過ぎだな。相手の実力が見えない以上、むやみに攻撃を仕掛ける必要はない」
「そうッスね。でも、おかしかったんスよ? 刃が立たなくて」
「というと?」
「前に戦った時は今より弱かったッス。俺も、シカも」
うーんうーんと唸るも、答えは出ないようで、
「ヴァイスは何だと思うッス?」
「私は直接攻撃したわけではないですが、違和感は確かにありました。Cランクに上がったばかりのころに戦いましたが、あの時は少ないとはいえ、確実に傷つけていた筈です。ライの攻撃が弾かれるなんて……」
「たまたま強い個体と出会っただけじゃない?」
「そう、ですよね」
釈然としない顔で頷くヴァイスはナイフを取り出し、
「とりあえず、この魔物の肉は食べられますので解体して持ち帰りましょう」
血抜き作業を手早く行い、持てる分だけ分ける。角は報告に必要なようで、アイルが責任もって運ぶことにした。
残った死骸を焼く為、周囲に燃え広がらないよう草木を刈り、泥壁を作ってから魔石で火をつける。水分が多いのか、なかなか火が付かなかったが、何回か試してようやく燃え始める。
「火事とか起こす人はいないのか?」
「いるよ、たまに」
「だよな」
等と燃えるシカを眺めていた時、後ろに気配を感じた。
「何者だ!」
振り返るも、その気配はすぐに消えてしまう。
「アニキ、どうした?」
「誰かいたような気がしたんだが……」
誰もいなくなった茂みを眺めて首を傾げる。
「気のせいだったようだ。そろそろ行こう」
燃え尽きるのを見て、灰を土に埋めた。
手を合わせてからその場を後にする。
「変なお祈りですね」
「あ、ああ。故郷の仕来りだ」
「故郷?」
疑うヴァイスを他所に歩を進めた。
私は昨晩の出来事を思い出して溜息を吐く。
ちょっといいなという彼を誘い出すことに成功し、酒場でグラスを交わした。イケメンで、高身長で、腕っぷしも強くて、紳士的な男性。だが、変なところの多い男でもある。
飲みに行くというのに、彼は夕飯を食べてきたのだ。
苦しそうに食事をする彼に、苦手なものはあるかと聞けば、
「いや、食えない物はない」
なんて言うものだから、無理しているのだと思っていた。ギャップがあって可愛いとすら思える程に。でも、なかなか手の進まない彼を問い詰めると、
「実は腹が膨れていてな。申し訳ない」
と白状した。信じられない。
勿体ないので私が平らげると、感心した目で見られた。
シカ肉の塩レモン焼きや、鶏肉の香草焼き等、どれも美味しいのに。本当に勿体ない。
「君はよく食べるな」
「ちょっとムシャクシャしたので!」
「そうか。受付嬢も大変そうだしな」
お前のせいだよ! なんて言えず、苦笑いで受け流す。
「あ、あと、今は私のこと、名前で呼んでもいいのですよ?」
「あ、ああ。えーっと……」
これでわかった。私は脈なしだ。
「はぁ……」
すると、彼は慌てて
「す、すまない! 名前を知らないんだ!」
「だって名札に……あ」
「恥ずかしながら文字が読めないんだ……」
肩を落とすマザラン。彼が記憶を失くして文字の読み書きすらできないことを今になって思いだした。これは私の失態だ。
「こちらこそ申し訳ございません! 私、ラルリラ・ラティスって言います」
「ら、らるら――」
うまく言えずに顔を顰めるマザラン。見た目にそぐわず可愛い。
「ララでいいですよ。友達もみんなそう呼んでます」
「ララ。いい名前だな」
満足そうに微笑む彼に吸い込まれそうで、酒に口をつけて誤魔化す。フルーティな香りが鼻を突き抜けて気持ちが落ち着いた気がした。
「マザランさんはどうして冒険者に?」
彼は少し考える。そして、
「記憶を取り戻す為にな。今、世話になっている家もあって、そこに恩返しもしたくてな」
と、優しい顔で答えた。あの厄介者のパーティを返り討ちにした時はおしっこが漏れそうになるほど怖い顔をしていたのに、こんな顔ができるのか。
しかし、彼はやはり変だ。
食事前の手を合わせる動作に、失った記憶、あれだけの強さを持ち合わせておきながら極端に低いレベル。とてもこれまで虫も殺せぬような生活を送ってきた人とは思えない。
これだけの強さを持つということは、貴族の出か? 剣術だとかを学ぶけど実戦経験はない。もしくは特殊なスキル持ちだとか? どれも推測の域を出ない。
「力になれることがあれば何でも言ってください!」
「すまない。助かる」
「さっきから謝ってばかりですね。こういうときは――」
「『ありがとう』だな。お互いに謝りすぎだったな」
「そうですね」
笑いあいながらグラスを傾ける。果実酒の香りが気持ちを軽くした。
「どうして貴方はそんなに強いのでしょう」
しかし、彼は困った顔で、
「もう、強くないがな……」
「もう?」
口を半開きにして一瞬固まった後、誤魔化すようにグラスを空にする。
「言葉の綾だ。忘れてくれ」
彼の言葉に頷くことしかできなかった。
その帰り。
フワフワする頭で私を家まで運んでくれたりしないかな~と考えていると、
「明日からもよろしく頼む」
と店前で別れてしまった。
「何なのよ! もう!」
聞こえないように小さく零すと、その背中が見えなくなるまで見送った。
彼はそういうタイプなのだ。道のりは遠いが、頑張ろうと心に誓う。
「もし。貴女はギルドの受付嬢ですね?」
「はい?」
振り返ると、そこには見知らぬ長身細身の、全身をコートに包み、両手にはレザーの手袋を着けた男。今の季節にその姿は違和感しかない。鍔のある帽子を深く被っていてその顔色は窺い知れないが、店の明かりに照らされ、帽子の隙間から見える顔の色が病的に悪いのは分かった。
「貴女に直接お渡ししたい依頼があるのですが」
男の声も背筋も凛としており、不健康な肌とミスマッチしていて脳をバグらせる。
故に内容がいかにも怪しい。
「あの、そういうのは本部を通していただいてもよろしいでそうか?」
脳が仕事モードへ急速に切り替わる。無理をした為ギヤ鳴りを起こしているが、気合で抑え込む。
「そうですか……では、これが彼の過去に関係するかもしれないと言ったら?」
「彼?」
「ええ。彼です。貴女と先程楽しそうに食事をしているのが見えましたから」
いつから見ていたのかは知らない。ストーカーじみていて、気持ち悪い。
先程からこれは危険だと心臓が警告している。
「貴方は信用できそうにありません。あの方に用があるなら、直接渡したらどうですか?」
少しだけ男と間を開ける。何かあった時に逃げられる距離に。
だが、彼はその距離に気づいていないのか、はたまた、気づいていても問題ないのか詰める気はないようだ。
むしろ彼は首を横に振り、
「それはできません。私は彼に直接会う訳にはいかないのです」
「どうして? 何かやましいことでも?」
「いえ、ただ、それが私への命令ですから」
無機質な声で彼はそう答えた。ハキハキしているのに、感情がない。この人物は十八年の人生の中で会ったことのないタイプの、最も危険な人物であると本能で感じる。
ただ、彼は依頼主ではないということだろうか? さらに上の人間がいる?
「一つ教えてください。彼は貴族ですか?」
私の中で、パズルのピースが組み合わさり始める。
丁寧な言葉遣い、発声、態度。この男は訓練されている。
「それはお答えできません」
「その沈黙は肯定と受け取っても?」
「それは貴女にお任せします。ただ、私の口から彼の過去について語ることは禁止されておりますので」
「……」
何の情報も明かさず、一方的な主張だけ続ける。マザランに関わることでなければ、間違いなくここでさよならをする所だ。
「では、こちらの依頼を――」
「引き受けると言った覚えはありませんが」
「しかし、貴女はそれを断れない筈です」
「……」
心の内を見空かれたようで不愉快だ。だが、事実でもある。
「分かりました。話は聞きましょう」
「助かります。では、よろしくお願いします」
彼から依頼の内容が書かれた紙を受け取った。
そこに書かれているものは、何の変哲もない……。
「あの、これ――」
顔を上げると、そこにあの男の姿はなかった。
「あれは一体何だったのでしょうか……」
彼は今、シカ狩りに出かけている。
伝えるか迷った挙句、今もその依頼書は私の手元に。
戻ってくるまでもう少しあるだろうが、私は気が気でならない時間を過ごしていた。




