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第十六話 邪悪

 ギルドに戻った俺達に待っていたのは、強烈な奇異の視線。

 様々な冒険者がこちらを見てはひそひそと話している。あまりいい気分ではないな。


「どうしたのでしょう?」


「変な感じがするッス……」


 皆もまた不安そうに歩く。

 とりあえず、受付嬢に声を掛ける。


「何かあったのか?」


「えぇ……」


 彼女は周囲に目を配らせた後、耳打ちするようにトーンを落とし、


「嫌な噂が流れているのですよ……」


「嫌な噂?」


 俺達が何かよくない何かをした覚えはないのだが……。


「貴方達が依頼対象を横取りしたと。神経毒で倒れていたところをこっそり回収して何とか事なきを得たって」


「……」


 頭痛を覚える。

 間違いなくアイツらが主犯ではないか。

 しかし、何の為に?


「これ、本当にあったのですか?」


「そんなわけ!」


 アイルが反射的に声を荒げる。

 おかげで更に視線を集めてしまった。


「いや、確かにあった」


「えっ!?」


 一瞬納得しかけた顔。それが眉間に皴が寄り、口が半開きになって折角の美人が台無しだ。そんな顔させたのは俺なのだが。


「いや、だがこれは誤解だ」


 ことの経緯を説明する。

 クエスト中に乱入してきた魔物がいたこと。命がけでその魔物を倒したこと。その魔物の毒にやられて動けなかったときに現れたあの迷惑三人衆が現れたこと。そして、素材だけをはぎ取ってあとは燃やし尽くされたこと。


「そうだったのですね――あ!」


 彼女が後ろを見て目を見開く。

 俺も後ろを振り返ろうとしたとき、肩から何者かに手を回された。まるで、あの時のように……。


「全く、俺達を悪者扱いだなんて酷いじゃないか」


「馴れ馴れしく触るな」


 その手をどけようと掴むが、その指は肩にがっしりと食い込んでいる。


「お姉さんも酷いと思わない? 俺たちはただ、死骸の匂いが更に魔物を呼ぶかもって思って、動けないコイツらの代わりに焼いてやったというのにさ!」


「抜かせ」


 仲間達もまた、怒りの目で金髪を見ていた。

 しかし、彼のパーティの他のメンバーが見当たらない。


「お仲間はどうした?」


「クエストクリアの報告中さ。剥ぎ取った素材も換金しなくちゃいけないしな」


 片手をひらひらさせて余裕そうなのが鼻につく。

 俺達に倒させておきながら、報酬はキッチリ貰う。どこまでも卑しい集団だ。かつての俺なら問答無用で抹殺していただろう。だが、このパーティメンバーに迷惑はかけられない。復讐するとしても、正攻法に限る。今は我慢だ。


「あれは俺達が――!」


「横取りしようとしたんだろ? マナー違反してまで上にいきたいのかねぇ」


 押し出すように解放される。

 金髪の後ろにはゴリラと馬面。


「俺の仲間達も帰ってきたし、もう行くぜ。俺達だって暇じゃないしな」


 最後まで人をイラつかせる物言いで去っていった。

 俺も丸くなったものだとつくづく思う。


「……マザランさんは大人ですね。私、流石にキレそうになりましたよ!」


 受付嬢はぷっくりと頬を膨らませる。

 それでもキレずに我慢している時点で、彼女も十分大人、もといプロだ。


「まぁ、キレたら相手の思う壺だからな。それでよかったと思う」


「でも、納得できないッスよ!」


「その気持ちはよくわかる。俺だって、このままで終わるつもりはない」


「で、では!」


 ヴァイスの目が輝く。


「その前に、クエストの結果報告をしないとな」


 出鼻をくじかれて苦笑いを浮かべるヴァイスを他所に、俺は受付嬢に向き直す。

 彼女は困ったような顔で、


「い、一応事情を知っていますから完了扱いに――」


 と、何とか配慮しようとしてくれた。だが。


「その必要はない」


「え!?」


 俺は背負っていたバックパックを開け、腕を突っ込む。そして、片手で掴めるだけそれを掴み、カウンターへ置く。


「こ、これってまさか――!」


「そう。『農家喰らい』の前歯だ」


 山になった齧歯類の前歯。流石に全ての数は揃っていないが、これだけあれば駆除の証拠ぐらいにはなるだろう。


「そうか! 肉は燃えても、骨は残っていたんですね!」


「その通りだ」


 メンバーは皆アニキスゲーとか嬉しそうに飛び跳ねていた。調子のいい奴らだ。

 受付嬢はというと、ホッと胸を撫でおろしている。その反応を見るに、この証拠品で十分だということだろう。勝手がわからず不安だったが、一安心だ。


「でも、いつの間に集めてたんだ?」


「君たちがぼーっとしている間に」


「ぐっ……」


 痛いところを突かれたとばかりに渋い顔をするアイル。いきなり現れてとんでもないことをしでかしたのだ。すぐに立ち直る方が難しい。


「とりあえず、報酬は頂こう。金を集めなくてはいけない」


「何で? 俺達、金を渡さなきゃいけないんッスか? 嫌ッスよ?」


「違う、そうじゃない。俺は生活に必要だし、装備を整えるにも必要だろう?」


「あ、あー」


 ライが早とちりに納得して引き下がる。物分かりが良くて助かる。


「それと、アイツ等の情報について集めたいんだけど、他のパーティについてどこまで聞ける?」


 手続きをしている受付嬢に話しかける。彼女はテキパキと手を動かしながら、


「うーん。基本的に何もお伝えすることはできないですね……すみません」


「そうか……ありがとう」


 それが個人情報の保護というものだ。それが漏れでもしたら、間違いなくトラブルにつながる。さらに彼女の立場も危うい。

 手続きを終えた彼女から報酬を受け取ると、もう一度感謝を伝え、その場を後にしようとする。その時、


「あ、マザランさん」


 俺は呼び止められた。


「私、今日は早く上がれるんです。もしよろしければこの後どうですか?」


 と、まさかのお誘い。

 だが、家で待つ二人の様子が心配だ。昨晩の様子なら、まだ大丈夫そうだが……。


「構わないが、少し遅れるかもしれない。それでもいいか?」


 と言うと、


「もちろんです!」


 パァと花が咲いたように顔をほころばせた。こうして明るい顔をしているとかなりの美人だ。



 ギルドの外へ出ると、何故か冷ややかな目の三人。先程ギルドに入った時にされた目のようだ。


「どうした?」


「何でもない」


 と、何でもなくない表情で、ぶっきらぼうな態度をとられた。うむ、納得がいかない。


「そうか」


 特に突っかかることもなく、今日のところは解散することにした。

 明日もまた特訓することを約束してから。



「ただいま」


 一旦家に帰ると、そこには厨房に立つアエロの姿。


「おかえりー!」


 包丁を握りしめた彼女が飛び込んでくる。

 恐ろしいものを持ってこっちに来るな……。


「おや? アエロが珍しい」


 包丁に気を付けながら頭を撫でてあげると、満足そうな顔をする。その時に包丁が揺れるのはやめてくれ。


「帰ってきたか」


 ギュエロもまた手を動かしながらチラリとこちらに視線を動かし、また手元に視線を落とした。

 魚を焼いているようで、芳ばしい香りが漂う。


「ちゃんとギュエロさんのお手伝いをしてくれているんだな」


「うん! してあげてる!」


 言い回しが独特だ……。


「ちゃんとやってくれてるよ。お前さんの言いつけ通りな」


「は、はは……」


 嫌味混じりの報告に苦笑いする。

 どうも、まだギュエロに懐いた訳ではなさそうだ。

 しかし、夕飯の支度が進み、かつアエロの作ってくれた食事。断るに断れないぞ。


「そろそろできるぞ。アエロちゃん、皿を持って行ってくれ」


「やー!」


 舌を出す少女。その小さな緑の頭を撫で、


「皿を持って行ってくれないか」


「わかった!」


 と元気で駆けだす少女を見送りながら左腕を摩る。一筋の軽い切り傷が付いていた。


「……やれやれ。どうも、アイツの方がレベル高いとは、ね」


 何とも言えない気持ちになってため息を吐く。



「ね、ごはんおいしい? ごはんおいしい?」


 執拗に聞いてくるアエロに


「ああ、美味いぞ」


 と、答えて豪快に掻き込む。

 その様子に目を輝かせる彼女と訝しげに睨むギュエロ。


「ご馳走様」


 一人手を合わせ、俺は食器をサクッと片付けて支度を済ませる。


「そんなに慌ててどうしたんじゃ?」


 器を片手に尋ねるギュエロ。彼の方を見ずに、


「少し出掛けてくる」


 とだけ伝えて飛び出した。



 深夜。帰宅後に一人で魔力を込める練習をする。

 酔っているからかもしれないが、奇妙な感覚にはやはり慣れない。だが少しでも早く、俺は魔法を覚えなければ。

 回復魔法のあるなしはきっと大きい。


「こんな時間に酒の匂い漂わせて帰ってくるとはな」


「起こしてしまったか」


 眠そうな顔で家から出てきた老人。


「老人の夜は早いんじゃよ」


 と、目を擦る。


「悪かったな。でも、これだけはやっておきたくてな」


 引き続き、魔力操作の練習を続けた。


「ふむ。成長が早いの。昨日の今日で集中できているじゃないか」


「ああ。少しだけコツを掴めた気がする。それに、昨日と比べて魔力の量が増えた気が」


 彼は腕を組んで少し考える。そして、ああと手を叩き。


「レベルが上がったんじゃないのか? いくつ上がったんだ?」


「五から十五まで上がった。まだその程度だ」


 それを聞いたギュエロは大きく目を見開き、


「ど、どこから突っ込めばいいのじゃ……」


 と、蟀谷を押さえる。どこに突っ込みどころがあったのだろうか?

 彼は誤魔化すように軽く咳払いし、


「と、とにかく! レベルが上がったということが大きな要因じゃろうな」


「レベルか……。そのレベルというのは上がると何かいいことでもあるのか? 今まで低いと勝てないからって気にしてはいたが――」


「あるといえばあるじゃろうな」


「例えば、どんな」


 目を閉じて何か考えている。やがて片目だけ開けてこちらと目が合うと、


「身体能力、反射神経、動体視力といったものが上がっていくんじゃよ」


「上限は?」


「九十九と言われておるが……流石に見たことはないがの」


 なるほど。知っていることがさらに増えた。これからまだまだ知らないことを知っていく必要がある。レベルに魔法……他にもこの世界特有のものがあるのだろうか。今の俺は、知らないことが多すぎる。


「知りたいことは多いかもしれんが、焦らず覚えていけばいい。何せ時間はたっぷりあるからの」


 笑いながら彼は家へと戻っていった。

 実際、時間はないのだがね。

 だからこそ、早く足りないものを補っていかなくてはならない。

 俺は杖を持つ手に力を込めた。


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