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第十五話 報酬

 太陽が高い位置に昇った時間帯。四人の男は荒れ果てた農園で倒れこんでいた。

 一人は魔力切れ、残りは毒に侵されて。


「全員生きてるー?」


 振り向けない状態であるが、それを発信したのが誰かはわかる。言葉を話す程度なら動けるようだ。

 しかし、気の抜けた声色で疲れ具合がよくわかる。


「生きてるッスよー」


「大丈夫です」


「俺もだ」


 全員の安否を確かめたところで、


「よかったー」


 と、今にも死にそうな声でリーダーは答えた。

 巨大なウナギを倒してから十数分。まだ、身体は動きそうにない。

 地面に横たわることは生前ほとんどなかったが、一度死んでからしょっちゅう死にかけている気がする。

 しかし、土はほんのり湿っていて気持ちがいい。後は土の匂いに混じって――いや、掻き消すほどのこの血生臭ささえなければ完璧なのだが……。


「動けるようになった人から泥鰻の解体を始めよう」


「承知した」


 そこで、ふと気になったことが。


「依頼の完了については口頭で伝えるのか?」


 完了の証拠はなくていいのだろうか? という単純な疑問だ。カメラがあればその風景を撮影することで一応解決しそうだが、この世界にそんなものはない。ではギルド職員が立ち会うのかというとどうも非効率な気がする。


「魔物のパーツを持っていくんスよ。今回みたいにたくさんあるときは一部で十分スけど」


「でも、一匹殺しただけで『はい、終わりました』なんて言っても信じてもらえないだろ? 割合とかって決まっていないのか?」


「んー、大体ッスね。信じてもらえるならそれでいいって感じッス」


「一応、最低これだけっていうのを提示してくる依頼主もいるけどね」


 等と教えてくれた。そこまでシビアには考えていないようだ。そこに不安感を抱くのは神経質になりすぎだろうか?


「あ、でも今回は持てるだけ持ってくよ」


「何故だ?」


「売れるからさ」


「なるほど」


 魔物の死体は金になるらしい。

 武具になったり、毛皮になったり、食い物になったりと。ちなみに魔物は魔素を蓄える性質を持っているらしく、故に子供が食すと体調を崩しやすく、土壌汚染につながることから肥料にはならないらしい。

 と、匂いに別の生き物が混じる。


「おやぁ? あそこで死んでいるのは、俺達が依頼を受けていた討伐対象の泥鰻じゃないっすかぁ?」


 どこかで聞いたことのある声だ。聞けば聞くほどイライラする。


「それに、冒険者四人も死んでる?」


「いや、勝手に戦って勝手に痺れているだけっしょ」


「え、ダッサ」


 最後の一言に下品な笑い声が飛び交う。近い笑い方を生前聞いたことがある。街に蔓延るチンピラ共の子馬鹿にした時のそれだ。何度聞いても虫唾が走る。


「お前らは……」


 視線で彼らを捕らえようとして、腹部への鈍い痛みと共に転がされた。

 おかげで彼らの顔を拝むことができる。思い出すだけでも腹立たしい奴らの顔が。

 俺の側に立っている男――蹴ってきた人物は、金髪のチャラ男。


「よう。こないだはどうも! 逢いたかったゼ!」


 腰に手を当て、にやけ顔を晒す男。動くことができれば、その折りやすそうな鼻をへし折ってやったのに。


「はっ。その節は世話になったな。俺は逢いたくなんてなかったが」


 鼻白んだ彼は舌打ちし、もう一撃俺の腹につま先を喰いこませる。そういう接待は勘弁願いたい。もう少し怪我人を労わって欲しいものだ。


「アニキ!」


 アイルから発せられた喉を焼きそうな程の叫び。大丈夫だと伝えたいところだが、如何せん肺に空気を取り込むので今は精一杯だ。

 金髪はその声に反応し、


「あらら? お前は確か村が滅ぼされた可哀そうな子じゃん!」


 地元の友人と久々に会った時のようなテンションで手を挙げた。だが、


「村じゃねぇ! アクセルの町だ!」


「そうか! ショボ過ぎて間違えちまった! 魔界に浸食されるとかレアだしさ!」


「馬鹿にするなッス!」


 ライが牙をむいて吠えるが、


「ガハハ! お前も相変わらず可愛いな!」


 その小さな赤い頭をわしゃわしゃと撫でるゴリラ。


「やめろ!」


 身体を芋虫のように動かして振り解こうとするが、抵抗虚しく撫でられっぱなしだ。


「貴方は魔力切れですか」


「あぁ……」


 馬面はヴァイスに絡み始める。


「情けないですね。口をパクパクさせて魚ですか」


「……」


「はぁ……。何か言ったらどうです?」


 その声の方から何かが落ちる音と、カエルが潰れたような声が聞こえた。

 そして、金髪が再び口を開く。


「あー、そういや君達。やってくれたよね」


 ウナギの方を見る。


「アレさ、俺達の獲物だったんだよ」


「何を言ったいる?」


「あ? 人の横取りすんのは、マナー違反だろって話さ」


「奪われたのはお前らが雑魚だったからだろう?」


 煽りに眉がピクリと跳ねあがった。この手の奴らは煽りに簡単に乗ってくれる。

 だが、それも一瞬のことで、すぐににやけ面に戻った。


「ま、俺らが倒していなくても、倒した証拠さえ持っていけば問題ないけどな」


 そう言って彼らは巨大な死骸へ近づき、ナイフを突き立てる。

 それで済むなら、なんら問題はない。俺達は経験値が、奴らは依頼の報酬が手に入るのだから、一応WINWINの関係に見える。

だが、奴らの態度が気になる。本当に、それで終わりか?


「これだけあれば十分だろう」


 ゴリラがバックパックに解体した死骸の一部を詰め終わり、手袋で額の汗を拭う。


「じゃ、そろそろ行きますか」


「あ、その前に」


「やっておきましょう」


 馬面が杖を取り出し、詠唱を始める。


「何をする気だ」


「メガフレイム!」


 直後、燃え上がる炎が魔物の死骸を包み込む。


「腐敗した魔物は次の魔物を呼び込んじまうからな。感謝してくれよ」


 笑顔で答える金髪。その表情には悪意がにじみ出ていた。ウナギの方を焼く分には問題ない。……まさか!


「お、こっちも焼いておこうゼ」


「やめろおおおお!」


 アイルの叫びなど知らぬ顔で、ネズミの塊を焼き始める。俺達の、クエスト完了の証が全て灰燼に帰す。


「貴様ら――!」


 微風に乗って熱波が体を焼く。同時に、俺の心も燃え上がらせた。


「おいおい。おっさん、俺達にキレるなんてお門違いだゼ? アンタが倒れている間に、違う魔物が来たら大変だろ?」


 ケロッと自分たちは善行をしたと言い放った後に、


「だって、おっさん、レベル低いだろ?」


 と、悪意に満ちた笑顔で俺を指差した。


「気づかないと思った? あの時のは全部こけおどし。全部ノーダメージ」


 イライラを言葉の隅に忍ばせながら、唾を吐くように振りまく。


「なぁ、お前らさ、何でこんな雑魚とパーティ組んでる訳? 俺達がお前らを強くしてやったよね? その分の見返りを払いきれていないのに、何で雑魚とつるみ始めた訳?」


「それだけ余裕があるなら、払えるだろ」


「何を、言っている……?」


 強くしてもらった? 見返り? こいつらと一緒にパーティでも組んでいたのか?


「払いたいですが、今は手持ちがないんです」


「そうですか……それは困りましたね」


 馬面は演技掛かった動きで、腕を組み、顎に手を乗せる。

 そして、ああそうだと指を立て、


「ならば後で頂きに伺いましょう! 期限は、三日後にしましょう」


「……」


 誰も答えない。答えようとしない。


「話は決まりだ。俺達はいくゼ。何てったって忙しいんだからな」


 彼らはその場から去っていく。

 去り際、ゴリラが振り返り、釘を刺す。


「絶対忘れるなよ」


 と。



「……」


「……」


 それから数十分。身体が動くようになり、身支度を整えて街へ引き返す。

 現状、街まで半分程のところだが、これまで誰も口を開かず、静かで重たい時間が続いていた。

 だが、このままではいけない。


「アイツ等は――」


 俺の一言に、前を行く全員が足を止める。


「アイツ等は、君達に何をした?」


 振り返ったアイルの顔はバツの悪そうで、苦笑いを含んだ複雑な表情だった。

 そして迷いながらも、口を開く。


「あれは、俺達が町を滅ぼされ、あの街――『マニフォール』に辿り着いた後。俺達はギルドで冒険者登録したんだ」


「故郷へ帰る為に、か」


「うん。でも、どうしたらいいのか、魔物と戦ったこともない俺達にはわからなかった」


「俺と同じか」


「そこで助けてくれたんだ。あのパーティのメンバーが」


「ですが! 彼らは親切ではなかったんです!」


「そうだな。アイツ等のやることは俺も気に食わない」


 俺の場合はいきなり馬鹿にしてきたが。


「返り討ちにした俺をスカウトしたのはそういう理由か。ただの親切ではないというのは、君らも当て嵌まっているようだが」


「それは……」


「まぁいい」


 苦虫を潰したような顔で俯くアイル。騙したことを悪く思っているのか。


「それで、君らはレベルを上げる代わりに見返りを求められていると」


「そうッス……」


 全員の顔がより一層暗くなる。本当に、この世の終わりのように。


「いくらだ」


 アイルがその金額を呟く。その金額は、あまりに破格。一つの家族が二月は楽に暮らせる、贅沢しなければもう一月暮らせるような金額。パーティを抜けた現在、これまでの見返りとして求められているそうだ。


「何故、断らなかった」


 その一言に、ヴァイスが激昂した。


「断れる訳ないでしょう! 恩もある、レベルの高い相手に! 第一、アクセルの仲間達がそれを知ったら悲しみます……」


 杖に体重を預けながら項垂れる。何もかもに絶望した青少年達。


「では、お前たちはこのままでいいのか」


「良くないに決まってるッス!」


「それで?」


「……てください」


「あ?」


 消え入りそうな声だった。


「お願いします! 助けてください! アイツ等にずっと怯えて暮らすのは嫌なんです!」


 泣きながら、跪く三人。

 俺はその姿をしばらく眺め、目を閉じ、考える。

 草原を揺らす風の音と、咽び泣く声だけが続く。

 俺の中に結論はもう出ていた。だが、問題はどう伝えるかだ。伝え方次第で、彼らは救われない可能性が出てくる。これまでの様子はこれを打破できるかもしれないという悦びから来るものだった。だが、明確に期限を決められたことで更に苦しくなったという訳だ。


「自分より弱い奴にそんな醜態晒してよく耐えられるな」


「あ、アニキは弱くなんかないです!」


 ヴァイスの言葉にそうだそうだと連なる。


「だからお前らは搾取される側のままなのだろうが」


「――っ!?」


「抑圧された現状を受け入れ、弱者であることを受け入れ、挙句の果てに他人を利用する。浅ましいと思わないのか!」


「で、でも……」


「でも、何だ?」


 アイルの目が泳ぐ。彼の中には自覚があるのだ。だからこそ、答えることができない。その透き通るような純粋さが、良くもあり、悪くもある。

 だが、現状を変えたいのなら、それではいけない。覚悟を、決めなくては。


「お前たちはどうなりたいのだ? アイツ等から解放されたいのか?」


「そう、です」


 歯切れの悪い解答。そんなもの、不正解だ。


「違うだろ? お前らの目的は、故郷を取り戻すことにあったはずだ。それを邪魔するものなど、蹴散らしてしまえばいい。あれは目的ではない。手段だ」


「でも、どうすれば?」


「簡単な話だ」


 俺は、彼らに告げる。


「やることは変わらない。俺達が強くなればいい。それだけだ」


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