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第十四話 喜怒、妖の後ろを取りに行け

 土の中から出てきたのは、なんと巨大な蚯蚓……のような生き物だった。

 顔を覗かせただけだが、直径で俺の身長程はあるだろう。つまり、俺たち全員丸呑みにされる可能性すらある。


「ヴァイス、コイツはなんだ?」


 彼を見ると、腰を抜かして口をパクパクさせていた。


「あ、あ、あ……」


「ヴァイス! しっかり!」


 アイルも声を掛ける。前回と違い、こういう状況で周囲を気に掛けることができるのは大きな成長だ。リーダーらしく振舞おうと、周囲を見渡し状況分析に徹することができるのは一つの才能である。


「コイツを狩ればレベルが爆上がりしそうッスね!」


 嬉しそうにダガーナイフを構え、腰を落とすライ。

 どんな敵かもわからない状況下で、突撃しようとするのは非常にマズい。


「ライ――」


「ライ! 一旦仕切り直そう!」


 俺が発した声に被せてアイルが叫ぶ。


「わかったッス!」


 アイルの呼びかけにライも応え、全員が座り込むヴァイスの元へ集まる。

 彼らの信頼関係が成せる技か。俺ではダメだったかもしれない。良い判断だ。


「よくあそこで判断した」


「ああ。あの時のことずっと考えてた。どうしたらいいかって」


 ヴァイスの肩を支えながら、続ける。


「そしたら、何か体が動いた」


 サムズアップしながら歯を見せた。


「そうか」


 それだけの余裕があれば、前回のようにはならない、か。


「で、ヴァイス。話せるか?」


 アイルに支えてもらいながらふら付く顔面蒼白男。魔力切れを起こしてしまったのだろうか。


「え、ええ……」


 かなり無理しているように見える。話すのは無理そうか。


「あの、魔物のこと……ですよね」


「無理しなくていいぞ」


「いえ、これだけ、は……!」


 アイルの腕を振り払い、奴を指さす。


「アレはBランクの魔物……泥鰻(マッドイール)です。あれだけ巨大だったとは知りませんでしたが……」


 奴は丸い口にズラリと不規則に並んだ鋭い歯で、ネズミの死骸をモシャモシャと貪っている。


「土の中で過ごす魔物です。目は見えず、音と臭いに敏感だと聞いています」


「なるほど。そこに攻略の糸口がありそうだな」


「ありがとう、ゆっくり休んでいてくれ」


「ええ、忝い……」


 今にも倒れそうな彼を木陰で休ませ、フォーメーションを確認する。


「今は飯に夢中だ。このチャンスに攻撃を仕掛けようと思う」


「ああ。だが、奴は耳がいいらしい」


 ライもうなずく。アイルは奴を睨みながら、


「そこで、突撃直前に魔石を爆破させ、音で陽動。気を取られた隙に、まずはスピードのあるライ、次に俺、アニキの順で波状攻撃を仕掛ける」


「了解ッス!」


「俺が最後でいいのか?」


 ダメージの通りが悪い俺が最後では止めを刺しきれないかもしれない。そう思ったが。


「一撃で落とすのは不可能だと思ってる。だから、立ち回りが上手い人が最後に調整役をやって欲しい」


「わかった」


「あとはこれを繰り返しながら攻撃しようと思う」


 ライが一括管理していた魔石をそれぞれで分けて持ち、準備する。


「さぁ、行こうか!」


「おう!」


 アイルが魔石を起動し、巨大鰻へ投げた。

 爆音が鰻の側で響く。ぶよぶよの肌を不気味に身震いさせて首を垂れた。ほぼ同時に、耳鳴りの中駆け出したライがナイフを振り抜く。

 切られた皮膚から鮮血が飛び散る。

 そこへ間髪入れずにアイルが剣で傷口を広げた。

 それを走りながら見届け、その直後、傷口を抉るように棍棒をぶつける。が、手ごたえが薄い。俺よりレベルが高く、ライ以下といったところか。流石にネズミを数百匹殺した程度じゃ辿り着かないらしい。


「ライ!」


「おいッス!」


 二回目の攻撃に入る。が、


「あ、あれ……?」


 彼はその場で崩れ落ちる。


「ライ!?」


 アイルが駆け寄ろうとするが、同じくその場で倒れてしまう。何が起きているのだ?


「マズい!」


 彼らの側へ向かおうとしたとき、立て直した鰻が地中へ逃げていく。


「クソ! 嫌な予感がする」


 どこにいるかは分からない。匂いや振動からまだまだ近くにいることはわかる。先ほどのように飛び出してくるに違いない。それがもし、俺達のうち、誰かの下から現れたら喰われてしまう。

 待てよ? 奴よりレベルの高いライやアイルを飲み込んだ場合、奴は消化できるのか? レベル差によってダメージが入らず、殺すことができないなら、奴は自分よりレベルの低い奴を喰うはずだ。先ほどの攻撃で本当の意味で痛い程わかっているだろう。であるなら、狙われるのは俺ということになる。


「二人共無事か?」


「し、痺れて動けないッス……」


「お、同じく」


 神経毒か。どこに毒があったのだ?

 思い出せ。奴から何を食らった? 攻撃という攻撃はなかった筈だ。

彼らの姿をもう一度見る。彼らは、全身赤く濡れていた。自分の血でないことは知っている。奴の血だ。


「奴の、血……?」


 もしやと思う最中、足元から奴の気配が迫る。

 ――来る!

 競り上がる地面から、転がり落ちて回避。すぐに自分のいた場所を見れば、鰻の口が引っ込んでいくところだった。


「間一髪。一歩間違えば喰われるところだったな」


 再び地中に消える魔物。奴の気配は変わらずある。俺を喰おうと伺っているのだ。

 いや、待てよ。それが使えるかもしれない。奴は音と臭いで判断するなら。


「貰っていくぞ」


 二人の元へ駆け寄り、魔石を貰っていく。


「な、何を……?」


 アイルの視線に頷き、俺は農園の中心へ向かう。

 地中を泳ぐ気配を感じながら、ネズミの血を吸った上着を脱ぐ。魔石の塊にそれを巻き付け、地面に置くと、


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 全力で叫んだ。

 魔石に衝撃を与え、発熱させる。あとはコレごと喰わせるだけだ。

 さぁ、来い! 来い! 来い!

 高鳴る心臓。

 強くなる地響き。

 強烈な生臭さが地中より迫ってくる。

 ――今だ!

 俺はすぐさま横へステップし、避ける体勢に入る。が、おかしい。気配がズレた。それも、俺の避けた方に――。


「アニキイイイイイイイイイイ!」


 アイルの叫びを最後に、俺の司会は真っ暗闇に落ちた。



 蒸し暑い空間、ぬめりのある壁、鼻を劈く強烈な悪臭は吐き気を催す。

 暗闇で中がどうなっているのか見えないが、ここがどこかはわかる。間違いなくあの化け物鰻の体内だ。


「時期が時期なら逆に喰ってやるところだ」


 冗談を口にしても、この最悪の環境は変わらない。

 最悪といえども、噛み砕かれた訳ではないのは不幸中の幸いか。

 諦めない限りはまだチャンスがあるだろう。

 ただ、ここは酸が強く、空気も極端に薄い。下手に攻撃を仕掛ければ、奴の血液に触れて痺れてしまう。どうしたものかと瞑目する。時間は限りなく短い。一瞬の判断が命取りとなりかねない。いや、第一、俺のレベルで傷がつけられるのか?

 自分の手を見る。暗闇でそこにあるものが何かはわからない。


「待て、わからないなら、奥の手を使うチャンスではないか」


 俺は右腕を怪人化させる。力が漲る。これで突破できなければ、俺は死ぬ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 横っ腹目掛けて渾身の拳を打ち付ける。

 ぶよぶよとした肉壁が衝撃を吸収してしまう。

 

「もう一度!」


 両手を怪人化させ、肉壁を連打する。が、傷の入った壁から痺れ作用のある血が漏れ出す。


「クソ!」


 その血が少量触れる。ひりつくのを感じる体液だ。


「もっと!」


 足を怪人化させ、踏ん張る。

 肉壁が震えるのを感じながら追撃を喰らわす。粘膜の表皮が崩れ、肉を打ち破る。


「がああああああああ!」


 腹を突き破り、風穴が空いた。あまりの激痛に、魔物は暴れまわる。

 そこへ追い打ちの一撃。ポケットに残った魔石を傷に埋め込んだ。

 そして、爆発。人一人が通れるほどの大きさに広がると、急激に鰻の動きが鈍くなった。

 そして、のたうち回る魔物は動かなくなり、絶命する。それを確認してから外にはい出た。もちろん、怪人化は解いた状態で、だ。


「や、やった……!」


 アイルが喜びの声を上げ、俺もそれに応えるように手を挙げる。が、直後。強烈な痺れが全身を襲い、そのまま倒れてしまう。折角の勝利も、全員寝そべったままで格好はつかなかった。


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