第十三話 見知らぬ土地ではご注意
早朝。
まずは身体を目覚めさせるストレッチ。
ある程度温まってきたら、ランニング。コロシアム側まで向かい、戻る。
それが終われば素振りに入る。二千回振った後は自重トレーニング。自重でもやり方次第で筋力アップへと繋がるのだ。この辺は木が多いから懸垂などのトレーニングに向いている。
鈍り切った身体はすぐに悲鳴を上げ始めた。これでは、レベル差があろうとも勝てなくなるだろう。体力も筋力も、全盛期の一割に満たないのではなかろうか。
もしまたアイツと戦うことがあれば、きっと笑われてしまう。
「もう、会うことはないがな」
口に出し、大きく伸びをすることで邪念を振り払い、モーニングルーティーンを終わらせる。今日からは強くなるための特訓をするのだ。
数時間後。
ギルドにて彼らと合流する。俺よりも早く着いており、やる気の高さが伺えた。
「おはよう諸君。これより訓練を開始する」
新人教育を行っていた時を思い出し、その時の口調で彼らへ発破をかける。
周囲から不思議そうな目で見られたが、まぁいいだろう。
「「「は!」」」
そんなことはいざ知らず、彼らは返事と共に手を左肩へ重ねるポーズをとる。
「なんだそれは」
すると、全員キョトンとした顔をする。
「え、敬礼……ですけど?」
ヴァイスの目が泳ぐ。どうやらビビらせてしまったみたいだ。
「そ、そうか。敬礼だったのか」
文化を知らなさすぎるというのは問題だな。少しずつ学ばねばなるまい。
「ならば構わないぞ。それよりも、まずは会議を開こう」
「あ、ああ。わかった」
そう言って、机を囲むことにした。
「まずは、笑わないで聞いてくれ。俺のレベルについてだ」
ギルドでは、自分のレベルやスキル等を調べることができる。
そこで見た俺のレベルは『五』という数字を示していた。
「これはかなり低いと思うのだが」
「「「……」」」
一同絶句。
だが、リーダーである彼は知っていたはずだ。
「ま、まさかと思ってスルーしてたけど、俺達より低かったのか……」
アイルはわなわなと震えていたが、確認不足だったことは否めない。止めなかった俺にも責任はあるが。
「皆はどれぐらいなんだ?」
そう言って開示してもらったレベルはアイルが『三十』、ヴァイスは『二十』、ライは『二十四』だった。俺よりもだいぶ高いな。
「というか、どうしたらそんなに低くなるんスか」
「虫しか殺したことがないのではないかと……むしろ虫すら殺せないのではないかと思える程ですね」
「そ、そんなに酷いのか……」
首を縦に振る動きがシンクロする三人。息がぴったりだと場違いなことを考えつつ、
「そもそも、レベルを上げるにはどうしたらいい?」
と尋ねると、全員目を見開きフリーズする。
「あ、アニキ、今までどうやって生きて来たんだ?」
そうか、常識だから知らないのはおかしいのか。
「実は、俺は記憶喪失なんだ」
という設定を話した。おじいさんやその孫と暮らしているという設定は昨日話していたから、さらに特殊な設定を重ねたことになる。ドン引きされそうだ。
「あ、アニキ……超大変じゃないっスか!」
赤髪少年が目を潤ませる。逆にこっちが引きそうだ。
「なるほど。それで、記憶取り戻す為の情報収集も含めて冒険者になろうとしているってことですね」
ヴァイスは見た目通り頭が回る。察しが早くて助かるぞ。臆病なのが頂けないが。
「で、質問の件だが」
「あ、うん。上げる方法は一つだよ」
「ほう」
「生き物を殺すこと」
淡々と言い放った。
「俺達、元々住んでた町はもうないんだけど、そこでは生きるために動物を殺していたから、それでレベルは自然と上がっていったんだ」
「駆け出しでもそれなりにレベルあるッスよ」
「なるほど」
それでパーティランクが急上昇できたという訳だ。
裏を返せば、戦闘経験が浅いまま先へと進み、レベルも上がり切る前に強敵と当たったのがこないだという訳にもなる。
「レベル上げはどれぐらい大変なのだ?」
「敵によりますかね……。敵が強ければ強い程レベルは上がります」
「ふむ。レベルは実際に止めを刺した人しか上がらなかったりするか?」
「いえ、パーティメンバー登録したら貰えるこの指輪をつければ、分配はされます」
自分の人差し指についた小さなリングを見つめる。こんな機能があったとは。
さらに条件を聞けば、レベルが低ければ低い程レベルは上がりやすく、止めを刺した人物が一番上がりやすいらしい。止めを刺した人物が五割程上がるスピードが速いそうだ。
「一人でもレベルが高ければ、奴は倒せるんだな」
「ま、まぁ、理屈で言えばそうなります、ね……」
バツの悪そうな顔をする魔法使い。
「ずっとアイルに頼り切ってましたから……」
横目で顔色を伺うも、見られたアイルは彼の肩に手を回し、
「全然気にしてねぇって! 俺も一人じゃここまでこれなかったし!」
と庇った。ライの方はそれが当然のような顔をしていたが。
このパーティの弱点は他力本願になりやすい体質かもしれないな。
「だが、これから先魔界に行くならそうも言ってられないか。弱ければ、殺される」
「そ、それは……」
小さくなるヴァイスに、
「大丈夫だって! 俺が守るしさ!」
と、空いた手で自分の胸を叩くリーダー。それが当たり前になっているのはマズいな。
「守れなかった奴が言うんじゃない」
「う……」
苦い顔して舌を出す。
「ならば、全員でレベルを上げるしかないな。できる限り短時間で、できる限り高く」
二人が冷汗を流しながら喉を鳴らす中、
「やるッスね!」
と、一人だけが元気に返事をしていた。
今回は大量の魔物を討伐する依頼を選択。ランクは同じC。
「『農家喰い』とは物騒な名前だな」
「農作物を集団で食べて農家を困らせるから『農家喰い』さ」
「……ほう。どれぐらいいるのだ?」
ヴァイスは指を五本立てる。五匹……ということは無いだろう。
「五十か」
「いえ、今回は五百です」
「……」
五百匹のネズミを想像してかき消す。吐き気を催したからだ。
「作戦はシンプル。ヴァイスの土魔法で一か所に集める。そして、この睡眠玉で集団を眠らせ、それをひたすら叩き続けるのだ」
用意したのは、生き物を気絶させる成分が入った野球ボールサイズのアイテム。火をつければ中の植物が燻され、麻酔効果の持つ煙を放つのだ。
土魔法で壁を作り、中に大軍を押し込める。そこに球を投げ込んで眠らせれば楽に狩れるかという算段だ。
「うぅ……グロい……」
弱音を吐く攻略の要。それでは困るぞ。
「何とか頑張ろうぜ!」
「楽しそうッスよ!」
二人は大丈夫そうだ。
「そんな大規模な魔法、できますでしょうか……」
「やけに弱気じゃないか。あれだけの落とし穴を作れたんだ。大丈夫さ」
彼の肩を叩き、勇気づける。
俺の動きはサポートしつつ、乞食のようにレベルを上げ、奴らを殺せる程度になればそのまま自分のレベルを上げていくこと。
レベルが低いとダメージを与えられないというが、魔界貴族と闘った際、脳震盪程度は起こせていたかと思う。であれば、本当に殺せないのか疑問が残るが、それも試したいところだ。
依頼のあった場所は広い農園。
河川敷の野球場ほどの広さの中、野菜の葉っぱが規則正しく並んでいる。
「これは、大根や人参のような根菜の畑ですね」
「野菜が好きなのか」
「大体何でも食べますがね」
「お、おう……」
魔物なんてそんなものか。
とりあえず、外から見てネズミの姿は見られない。
「では、準備します」
ヴァイスが詠唱を始める。
それ以外はそれぞれ離れた位置で武器を構えて待機。装備として長靴とつなぎ。服の中に奴らが入らないようにするのだ。
ちなみに俺の武器は棍棒。ダメージが入らないなら、重量で気絶を狙う。
風がゆっくり流れ、土の香りが鼻孔をくすぐる。その香りの中に、微かな腐敗臭。
「本当に魔物なんているんスか?」
ライが欠伸をしている合間に、
「いきます! マッドプリズン!」
と、畑の周囲から泥の壁が競り上がった。野菜はこれでお釈迦だろう。
そして、けたたましい鳴き声が農園を埋め尽くす。
「うわああああ!」
ヴァイスは腰を抜かして泣き叫ぶ。制御が緩めば大変なことになってしまう。
「ヴァイス! 手を緩めるな!」
「で、でも!」
「いいから! 後は壁を狭めていけ!」
生まれたての小鹿のような足でよろよろと立ち上がり、魔法の操作を再開する。
徐々にその壁は狭まっていく。
後は上から球を投げ入れるだけだ。
「任せるッス!」
火の魔石で五個のボールに火をつけ、壁の中へとヴァイス以外のメンバーで投げ入れていく。まるで玉入れのようだ。小学生の頃を思い出す。
「どうだ? やったか?」
あの耳を劈く鳴き声も、やがて小さくなっていき、数分後には聞こえなくなった。
「や、やった……」
ヴァイスはへたり込む。だが、よくやった。
彼の力が抜けると同時に壁は崩れてただの泥になる。
その泥山の中に、大量の毛むくじゃらな小動物が重なり合って眠っていた。
その体色は土色。今まで土だと思っていた場所は全部こいつ等だったのかもしれない。
「さて、やりますか」
棍棒を構え、かき集められたネズミへ振りかざす。思った以上に重たい感触が手に伝わってきた。
「俺のレベルはネズミにも負けるのか……」
分かっていたこととはいえ、複雑な気持ちだ。
他の二人は問題なく殺せるようで、その体は返り血で真っ赤に染まっていく。
しかし、ものすごい数。延々と殴り続けているが、キリがない。
十数分程で俺も殺せるレベルに達したらしく、手に伝わる感触が潰す感覚に変わる。ようやく効率が上がるなと思っている中、ヴァイスはゲロを吐いていた。ライはあんなに楽しそうだというのに……。
俺とアイルに関しては、ただ黙々と殺鼠に勤しんでいる。
このまま終わるかと思われた一時間ほど経った頃。残り半分ぐらい。ようやく折り返し地点かと安心しかけた時だ。その山の下が、何やら震え始めたではないか。
「まさか」
アイルと目が合う。彼の顔色は悪い。恐らく、同じことを察したのだろう。
嫌な臭いもする。獣の臭いではない。これはもっと、ヤバイ代物。
「全員離れろ!」
その震えは地響きも引き連れ、そして真っ黒な噴火を起こす。
「な、なんじゃこりゃ!」
飛び散る泥や土や死骸の中、巨大な何かの口が飛び出していた。




