第十一話 咲き乱れる牡丹の舞
森の中、木々が生い茂る空間をブルドーザーのように更地へ変えていく巨大な魔物。
体高およそ二メートル。体重五百キロは下らないだろう。
ヴァイスからの情報を思い出す。
「森の怪猪の特徴について教えてくれ」
「そうですね。まずは見た目ですが、猪です」
「お、おう」
普通の猪が脳裏に浮かぶ。
「それも、かなりデカい」
今度はサイズが膨らむ。昔テレビで見た姿。猟師が銃を片手に、横たわる巨大猪とピースした写真だ。
「色は、森に溶ける為か、緑色をしています」
「ふむ」
これで見たことのない猪に変わった。
「次に生態ですが、キノコが好きということ以外、あまりよくわかっていません」
「そうなのか?」
「ええ、魔物全般に言えることですが……」
そう前置きして、
「魔界が生息域故に、調査が進んでいないのです」
「何か文献は無いのか?」
「多少はありますかね……。一応私も調べてはいるのですが……」
どうも煮え切らない態度だ。
彼はうーんと唸りながら、
「そもそも、大概の本はギルドの禁書庫にしかないのですよ。もしくは王都の城にしか」
と、諦め顔で零した。
「ほう」
「個人のメモを纏めたりしたものなら何度か読みましたが、なかなか詳しい情報は手に入りにくいのです」
「……」
紙はあるが、実際質は良くない。そして、この世界では本を見たことがないことをふと思い出す。
製本技術が高くないということか?
「すまん、話が逸れたな」
「いえ。ただ、奴にも弱点はあります」
「ほう」
「それで、強烈な臭いで攪乱しようという訳だな!」
走り回りながら、臭い袋をぶちまける。
「そういうこと!」
リーダーの指示で周囲を駆けた。猪は不機嫌そうに、辺りを見渡す。
「どうやら、本当に俺達が見えていないらしいな」
猪は訳も分からず突進を繰り返し、さらに木々はなぎ倒されていく。
砂埃で視界も悪くなっていくが、まだ見えなくもない。だが、あの突進だけは喰らえない。間違いなく命が吹き飛ぶ。
俺達の仕事は攪乱だけではない。今回の秘策はヴァイスだ。
彼の土魔法で落とし穴を作り、罠にかかった猪を全員でぶった切る。それまで、詠唱し、狙いを定めるヴァイスを守り続けなければならない。
「ふん!」
時折ヴァイスに向かう猪を、剣でいなしていく。
だが、やはりそこに手ごたえはない。俺のレベルは低くとも、彼らならそこそこあるかもしれない。だが……。
「はぁ!」
「せや!」
二人も同様に立ち回ってはいるが、あまり上手い受け流し方には見えない。力を流しきれずに転倒することもある。戦闘センスでいけばコロシアムの少年の方が一枚上手か。
ただ、問題はそこではない。
猪にダメージが通っているように見えないのだ。
「おい、本当に大丈夫なのか? アイツの方がレベル高いんじゃないか?」
隙を見てアイルに話しかける。
「いや、まだわかんない。いけるかもしれないだろ!」
「その考えは危険だぞ」
「でも、ようやくBランクに上がれるんだ!」
彼の表情には焦りが見える。
「そこまで拘ることか? ――クッ!」
会話へ物理的に割り込む猪。怒り狂ったかのように走り回る。
司令塔が崩れれば大変なことになるのは百も承知。今までそれで何度苦汁を飲まされたことか。
「いきます! ピットフォール!」
不安を抱えた中、ヴァイスが叫ぶ。
と同時に、猪が足元を掬われ転倒する。
「しまったあ!」
ヴァイスの顔は真っ青だ。落とし穴の位置がズレてしまったのか。
「い、いけええええ!」
そこでアイルが叫ぶ。
「待て!」
俺もそれに合わせて叫ぶが、走り出した二人は止まらない。
「ヴァイス! もう一度落とし穴を!」
振り返り、切り札に声を掛ける。
「で、ですが、間に合うかどうか……」
「いいから、急げ!」
叫び、腰の砕けた魔法使いを言葉で立ち上がらせる。
「「おりゃああああああああ!」」
二人が飛び掛かり、剣を突き立てる。
が、ゴン! と鈍い音。
「何!?」
弾かれ、よろめくライへ、立ち上がりながら体をぶつける魔物。
大したスピードはなくとも、その巨体から発するエネルギーは相当なもので、彼の小さな体はあっという間に吹き飛ばされた。
「ライ!」
よそ見をしたアイルの懐へゼロ距離で突進をかます猪。
「させるか!」
後ろ脚目掛けて剣を投げつける。隙間に入った剣は猪の姿勢を崩し、勢いよく転倒。何とか間に合った。
「ヴァイス! 今だ!」
「ぴ、ピットフォール!」
今度は静止した相手だったからか、しっかり命中して猪はそのまま沈む。
「よし! 撤退だ」
今がチャンスと彼らに声を掛けるが、
「どうして!」
と抗うリーダー。すでに指揮系統は壊れている。もう、これ以上は戦えない。
「いいから、急げ!」
説得している時間はない。すぐにでも這い上がってくるだろう。
俺は伸びているライを抱きかかえると、猪に背を向けて全力で走り出した。
「ま、待ってくれ!」
慌ててアイルらが続く。
逃げ切り、街まで戻ってきた。
ベンチにライを寝かせる。まだ意識は戻っていない。
「どうして逃げたんだ!」
顔を真っ赤にしたアイルが叫ぶ。
息が切れているのは走ってきたからだけではないだろう。
「馬鹿か貴様は!」
俺の声に周囲の人が反応する。そして、慌てて立ち去っていく。少し、申し訳ないことをしたな。
「馬鹿はマザランさんだ! あそこで勝てば、Bランクに上がれたんだ!」
こちらに詰め寄り、胸倉を両手で掴みかかってきた。
「本気でそう言ってんのか!」
「ああ、本気だよ! アンタと違ってな!」
やれやれ。若いとは、罪だな。
「だったら貴様はリーダー失格だ!」
「何!?」
「周りが見えていなくて、何がリーダーだ! 見てみろ!」
顎でしゃくり、後ろを差す。
そこには、ボロボロになった二人の姿。一人は意識すらない状況だ。呼吸はあるから命に別状はないと思うが……。
「あ……」
彼は力なく膝から崩れる。
「それのどこが『勝てた戦い』だ」
もしかしたら、心を折ってしまうかもしれない。だが、命あるだけマシだろう。
「実力差があるにもかかわらず、正しい判断を下せず、仲間を危険にさらした。その意味はわかるな?」
「……」
「別に負けることは恥ではない。一度負けたなら、次勝てばいい。だが、それは命があってのものだ。あのままでは、次はなかった」
命を捨てる戦いをした男が何を言っているのか。
次なんて、期待をしていなかったというのが正解だ。
目的も目標もない、空っぽな男が、彼らに何を伝えられるというのか。
これ以上中途半端なことをするなら、俺は身を引かねばならない。それこそ、彼らの道を潰すことになる。
「しっかり仲間と話し合うといい」
ここから先は彼らの問題だ。出会って数時間のおじさんが深く首を突っ込むものではない。
だが、これだけは言わねばなるまい。
「仲間に誘ってくれてありがとう」
そのまま、俺はゆっくりとギルドへ向かう。
ギルドにてクエストの失敗を伝えると、受付嬢はやっぱりと苦い顔をした。
「彼らは勢いしかないですからね……。無理してでも危ないところに行くといいますか。ここまで死んでいないのも奇跡です。奇跡」
「何がそんなに彼らを突き動かすんだ?」
と、余計なことを聞いてしまった。
「個人情報ですので、本当は口外できませんが……」
それはそうだろう。
「すまない、野暮なことを――」
だが、彼女は口に指を当て、少しくねくねしながら、
「でも、同じパーティですし……、彼らの命を救った方ですし……、それに、かっこいいし」
「おい」
まさか。
「特別ですよ」
「そんなにガバガバでいいのか……?」
俺の住んでいた世界が厳しすぎたのか? それが当然だと思っていた俺は軽い眩暈を起こす。
「彼らの故郷、もうないのです」
「……は?」
声のトーンを落とした受付嬢の口から、衝撃的な言葉が告げられた。
ない? ないとはどういうことだ?
「かつて、彼らの住んでいた『アクセル』っていう小さな町がありまして、魔界に浸食されたんです。数年前に。それで立ち入ることができなくなりました」
「……」
世界の九割を占める魔界。
その餌食に彼らの故郷も呑まれたという。
「だが、それと何の関係があるんだ?」
「魔界の中に入るクエストも少数ですがあるのですよ。もちろん、危険度が高すぎるので、低すぎるランクのパーティは受注すらできません。受けても、審査があります。ですが、その審査の台に乗る為の条件がありまして」
「Bランクか?」
「その通りです。強くて頭もいいのですね!」
「茶化すな」
小さく拍手する彼女を軽く叱る。
「そう。Bランク以上になれば、故郷に帰れるのです。彼らの目的は、故郷を取り戻すこと。あの日以来、そこに残された人――既にお亡くなりになっているかとは思いますが、彼らの家族たちの供養もまともにできていない状況かと思います。……まぁ、もう魔物化している可能性すらありますがね」
若干芝居がかった言動が引っかかるが、どうでもいい。
「そうだったのか」
「はい」
こんな会話をしていても、終始笑顔を崩さない受付嬢に戦慄を覚える。
「ま、もう俺には関係ないことだけどな」
「あら? どうしてです?」
ここまで聞いておいて他人事な態度に、目を真ん丸にしていた。
「加入してばかりだが、もう抜けようと思ってな」
「そうでしたか……」
彼女はとても残念そうだ。
「では、こちらにサインをお願いします」
パーティ脱退の書類だろうか。書いてある文字はさっぱり読めない。
とりあえずペンを手に取ったその時。
「ちょっと待った!」
そこに現れたのはあの三人。
「どうしたんだ?」
全く予想だにしていない展開に身体が固まる。
彼らは俺の前まで来ると、その場で跪いた。まるで、騎士が忠誠を誓う時のようだ。だが、俺達はそんな関係ではなかったはず。
「マザランさん、さっきはすまなかった」
「いや、謝るのはこっちの方だ。それに……」
彼らの後ろにいた赤髪の少年に目がいく。
「もう、大丈夫なのか?」
すると、いつもの笑顔で、
「全然平気ッス!」
と腕を回して見せた。
「マザランさん」
リーダーが真っ直ぐ見つめる。
「俺達、強くなりたいんだ。だから、力を貸してくれ!」
その瞳には、力強さが宿っていた。




