プロローグ 怪人、死す
どうも、初めましての方は初めまして。久々の方はお久しぶりです。木月です。生きてました。
珍しく転生モノです。お口に合うかはわかりませんが、これから続けていきますので、どうぞよろしくお願いします。
雨が降り頻る摩天楼。
ビルの屋上にて、二人の男は対峙していた。
どちらも、人ならざる風貌で。
男は口を開く。
「そろそろ終わりにしようか」
彼は武骨な鎧に身を包み、その下にはザラリとした鱗がびっしりと詰まった身体。そして、人間大のトカゲ頭がその上に鎮座している。
「……」
もう一人の男は何も答えない。もとい、答える力も残っていないといった具合か。
彼の方は青い西洋風の鎧とぼろ布のようなマントを背負い、頭にはフルフェイスの仮面が付いている。
剣を杖代わりに、片膝をついて肩で息をしている。表情は伺えないが、ひどく苦しそうだ。
「これで終わりだ。死ね」
トカゲ男が自身の刀を振りかぶる。
「なぁ」
仮面の男が口を開く。
同時にトカゲ男が手を止める。
「俺のやってきたことは間違っていたのか」
消え入るような声だった。
「誰かを守るためにこれまで戦ってきた。どんなに苦しくても、命張って戦ってきたんだ」
「……それがどうした」
「みんなが笑顔で過ごせるならと思っていた。でも、助けた人が、被害者が、加害者になっていたこともあった。俺自身もそうだ。誰かを救うために、誰かの命を奪っている」
少しずつ強くなる語気。それを受けて、トカゲ男は矛を収める。
「それを敵である俺に問う時点で間違っているだろうな」
「……そうだよな」
「それで? 貴様はこの俺に何を求める? 断罪か? 慰めか?」
彼は仮面の男に背を向け、屋上の端から街を見下ろす。
深夜にもかかわらず、煌々と照らされたビル街。傘の集団があっちへこっちへ、今ここで行われている殺し合いなど知らぬまま蠢いている。
「弱者は強者に利用される。この世の摂理だ。そして、虐げられた弱者には三つの道が存在する。一つ、強者を超える力を手に入れ、支配者側へ立つ。これが我々の目指す世界だ。二つ、弱者のままでいること。戦うことから目を背け、現在の自分を受け入れること。これは怠惰であるが、まだマシだ。問題なのが三つ目」
振り返ると、顔だけ上げた彼の姿。どうやら話を聞く意思程度はあるようだ。
「わかるか?」
問いかけに、俯きながら答える。
「……さらに弱者を見つけて、虐げる」
「そうだ。それこそが最も醜く、最も人間らしい選択と言える」
仮面の男の方が一瞬震える。
「変わったな」
トカゲ男がポツリと零す。
「何?」
「以前のお前ならば、それを跳ね返してきた。良くも悪くも、勢いで、己の信じる正義をぶつけてきた。だが」
炎のような赤い舌を出し入れしながら、ビルの下の光景を眺める。
「目を背けてきたのか、気づかなかったのかは知らないが、貴様は知った。現実を」
「……」
「そんな程度で揺らぐような正義など、正義ではない」
視線はわからずとも、沈黙が語っている。彼に闘う意思はない。気力が切れてしまっているのだ。命令待ちのAIロボットのように、怪人の口から出る言葉を待っていた。
「期待しているところ悪いが、今の貴様を俺は殺すつもりはない。そんな価値もない。生きるも死ぬも、お前自身で決めろ」
「うああああああああああああああああああ」
叫び、濡れたコンクリートに拳を叩きつける。何度も、何度も、何度も。
まさに敗者。今、この下にいる一般人達が憧れ、希望を見出していた男のなれの果てか。この姿を見たらどう思うだろうか。一般人は失望し、絶望し、地獄が広がるのだろうか。
あのお方や、あいつならこの姿を晒すのだろうか。そうすれば、我々の計画は進めやすくなるだろう。
「ふっ。俺も甘いな」
仮面男に聞こえぬよう呟いた。
そして、大きく息を吸い、彼へと叩きつける。
「今の貴様を見たら、この下にいる奴らはどう思うだろうな」
「は?」
「期待していたはずがこのざま。既に四天王のうちの二人を倒しているような貴様が、もう戦えませんとなれば、どうなるだろうな」
悔しさと憎しみと悲しみと、ぐちゃぐちゃになった感情が渦を巻く。
トカゲ男が何を言いたいのか、さっぱりわからない。
彼は仮面男に近づき、後ろ首を掴む。
仮面男はされるがまま。そのまま引きずられ、ビルから突き出された。手を離せば、即落下。死へと繋がる。
そして、叫ぶ。
「よく聞け、一般人共!」
蠢く傘が止まり、顔が覗く。
そして、ざわつき始める。
「この街は黄昏の三連星が支配する! 何故ならば、ここで英雄になれなかった男が散るからだ!」
どよめき、悲鳴。絶望の色が広がるのがわかる。
「これで終わりだ。死ぬがいい」
「何がしたい。さっきと言っていることが……」
眼下を確認して、何かを悟った様子だ。
「はは……ははは」
「何がおかしい」
「おりゃ!」
仮面の男が剣で腕を切りつけ、脱出。
ビルの角に手をかけ、アクロバティックに屋上へ着地。
その様子を見ていた観衆が、感嘆の声を上げた。
「俺は一体、何を迷っていたんだろうな。俺は俺の正義を信じて戦ってきたんだ。そもそも、さっきの理由が、お前らを野放しにしていい理由にはならない」
「だが、根本の解決にはなっていないぞ」
「別にいいんだよ。それで」
その声色は、さっきまでとは一変して明るいものになっていた。
彼は仮面の奥で瞳を閉じ、雨音に交わる声援に耳を傾ける。
「守りたいものをまず守る。んで、面倒事は後回しだ」
「それが望まない結果を生むかもしれないと、さっきから言っている」
トカゲ男が切先を向ける。
その先の視線は見えずとも、覚悟の炎を燃やしていた。
「たらればは後だ。まずはお前を叩き切る!」
「いい眼になったな。ようやく殺し甲斐ができた」
お互い、剣を構え、じわりと間合いを詰める。
「いくぞ!」
「こい!」
二振の刃と男の覚悟が交わり、そして、一方は燃え尽きた。
雨を前面に受けながら、彼は瞳を閉じる。
これでよかったと。
明日すぐに世界は変わらない。だが、間違いなく一歩進むだろう。
彼ならば、きっと。
ああ、やっとアイツらの元へ行ける。
満足しながら、人間を捨てた男は眠りについた。
これから始まる物語は喜劇か悲劇か、どうぞ見守っていただければ幸いです。
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では。