セルトリア飛空2112便ハイジャック事件⑤:タイムリミット
○ダニエラ=チェルヴィ(セルトリア飛空2112便 客室乗務員(当時))の証言
爆発魔法の器具を設置した犯人達は、乗客の皆様へ旅券、パスポートを出すよう指示しました。
前の席からひとりひとり、パスポートの内容を確認していったんです。
相変わらず私を人質として連れて行きながら。
そして後方の客席まで行ったときでした。
あの銀髪の女の子が座る席の、1列前の席です。
ひとりの男性がパスポートを見せたとき、犯人の顔色が変わりました。
『……カカナ連邦内務省、翼人管理局だと?』
その低い声には、明らかな怒りがありました。
パスポートを見せたお客様はかわいそうなほど血の気が無く、恐怖に震えていました。
そんな彼の胸ぐらを犯人は掴み、無理やり立ち上がらせました。
『俺たちを絶滅させようとしてる連中が、ここにいたとはな』
『わ、私は健康サービス部だ。怪我や病気になった翼人のサポートや実態調査をする。きみたちの現状は一番良く分かってる』
『分かってるだと?』
震えた声で弁明するお客様の顔を、犯人は力任せに殴りました。
ひっ、と悲鳴を上げながらお客様は座席に倒れかかりました。
『分かってて放置してるんだろ! 居留地は連邦の経済政策とやらで企業にどんどん買い叩かれた! 居留地を出て行くしかなかった仲間は、縁もゆかりもない街のスラムで暮らすしかない! 翼人に居場所なんてないところでだ!!』
席にくずおれたお客様へ、犯人は足裏で蹴り込みました。何度も何度も。
『翼人にはろくに仕事がない! 翼人というだけで保険も年金も申請出来ない! 貴様ら管理局は見て見ぬふりだ、何がサポートだ! 予算がどんどん減って実際は何も出来ないのを俺たちが知らないとでも思ったか!?
挙げ句の果てには、俺たちが空を飛ぶことさえ規制した! 天の神に与えられた俺たちの翼をただの飾りに貶めたんだぞ!!』
翼人は怒鳴り続け、蹴り続け、
お客様は、すまない、すまない、本当にすまない……と涙声で訴え続けました。
『もうやめて!』
思わず叫びました。見ていられませんでした。
私を拘束する翼人が私を強く抑えました。
暴行を加えていた翼人は息を切らせながら、蹴るのをやめました。
『………所詮は骨羽を祭り上げるような、竜人文明に汚染された輩だ。天の神々に唾吐く救いようのない度し難さだ。雷神ティーシャクーティンに代わって裁きを下してやる。楽しみにしていろ』
犯人が、激しい怒りで息を熱く吐いた時でした。
カン、カン、カン……
外から、何か甲高い音がしたんです。
それは明らかに、機体を外から何かが叩いていたんです。その音はどんどん多く強くなっていって、ついに客室のどこからでも聞こえるようになりました。
『なんだ?』
犯人達も何が起きてるのか分からず、戸惑っていました。
そして私を連れた翼人が、近くの席の窓から外を見て、はっと息を呑みました。
『……………雹だ』
いつの間にか、ソルン国際空港は激しい嵐に見舞われていたんです。
○アントニオ=ベルナルディ(突入救助班。臨時隊長(当時))の証言
フラトコフ殿は、ソルン空港の北、約50kmの荒野で魔法を展開し始めました。
魔剣の切っ先だけが分離して、彼女の頭上に浮かび上がるんです。
その魔剣の切っ先は風を操って、ゆっくりと渦を巻いていきます。
渦の中心を冷却魔法でどんどん冷やしながら。
すると風の精霊は凍え、軽やかさを失って地面に降ろされます。そのとき上空の風たちを巻き込んで引きずり下ろします。
引きずり下ろされた上空の風はフラトコフ殿の魔剣で冷やされ、彼らもまたさらに上の風を引きずり下ろします。こうして際限なく上空の風を吸い込み、周囲に作った風の渦へ流し込みます。
たっぷりと冷えた渦は、雪崩れ込んできた風によりどんどん強く大きくなって、渦の回転力だけであらゆるものを押し流す大旋風になります。
その規模は時間が経つほど発達して大きく強くなり、恐ろしいほど冷えた暴風を周辺地域に撒き散らします。
風に含まれた水の精霊は一気に凍り、霰や雹、みぞれとなって周囲のあらゆるものへ豪風と共に襲い掛かります。
爆発したかのような大寒波の嵐。
それが、フラトコフ殿の魔法です。
彼女の魔剣は天候さえ操れるのです。
『………うわぁ、マジで嵐になってる。気象ゴーレムの画面がえぐいことになってますよ。ていうか寒っ!』
訓練用として徴用した格納庫で、突入準備を終えたルカが震えた声で言いました。
格納庫が激しい強風でガタガタと揺れ、霰や雹が冷気と共に容赦なく屋根や窓を叩くので、彼に言われるまでもなくフラトコフ殿の魔法が無事に展開できたのが分かりました。
『フラトコフ殿はちゃんと加減してる。水を多く吸い込むと吹雪になって僕らが突入できなくなるから、海から遠い場所で展開し始めた。だから単に寒くて風が強いだけだ』
『世界王者戦の時、夏なのに島が雪で埋まったって話、本当だったんですか』
『フラトコフ殿のいた闘技場には、風の雪が降ってたそうだ』
『風の雪?』
『風が凍るんだ。寒すぎて』
うわあ、とルカは引いていました。
『世界ランク2位はいつもこれを人間相手に使ってんですか? そりゃ無観客試合になるわけだ……ていうかこの嵐出すようなのに勝てるのが2人もいるって、どんな世界ですか魔剣闘技は』
『いや、ランク1位のウラベ殿は嵐の魔法が完成する前に決着を付けた。それでも雷の奥義が必要だったが。
あの大嵐を完成させたフラトコフ殿に勝ったのは、世界王者だけだ』
マジですかぁ…とルカはうんざりしてこぼしました。
『その世界王者と同じ種族でしょ? ハイジャック犯。無力化できますかね』
ルカの不安はもっともでした。
当時の僕らは、とにかく翼人についての知識がありませんでした。カカナにしかいない少数種族でしたから。
『だから可能な限りの想定をして演習させただろ。あらゆる魔法が効かないかもしれない。乗客の安全のためには時間は掛けられない。チャンスは少ない』
『そういうの、竜人語でプレッシャーって言うんですよ』
『僕らの突入救助班は負けないさ。ただ、情報が足りない。今のままだといつ突入するべきか判断できない』
フラトコフ殿のおかげで時間は稼げました。
格納庫での飛空艇演習も終え、僕らは出来るだけの準備をすることができました。
あとはいつ突入するかでした。
○マルコ=スペンサー(セルトリア飛空2112便 機長(当時))の証言
暴風は変わらず2112便を含めた空港の全てを襲っていました。
操縦室の窓を霰や雹が激しく叩き、強風が機体を揺さぶりました。操縦室の中の気温はますます下がり、肌寒さが全身を襲いました。
この急な天候の変化があってから、犯人達は性急な離陸要求を控えるようになりました。
ひどく緊張し、どこか怯えのようなものもありました。
空を飛ぶ種族ですから、我々よりも風に敏感なのかも知れません。
私達にとってはつかの間の休息でしたが。
『……管制に気象情報を聞く。構わないな?』
私は犯人らに言いました。彼らはとても渋い表情でしたが、頷きました。
『グラウンド、セルトリア2112、現在の気象情報を知りたい』
『セルトリア2112、現在70度方向から風速55ノット、最大瞬間風速85ノットだ』
『85ノットだと? どんどん悪化してるな……』
私は管制からの情報に驚きました。
その風速はハリケーンとほぼ同等だったからです。
そんな強風が吹かれては離陸どころではありません。空港が閉鎖になるレベルです。
私は犯人達に振り返りました。
『まだ離陸は無理だ。風が強すぎて浮かない。浮いたとしてもすぐ風に流されて墜落する』
『……そうだろうな』
犯人達はあっさり納得しました。
私はこれでまだしばらく休める、と安堵しました。
が、
『だが補給は出来るはずだ。風が止み次第、すぐ離陸できるようにしろ。管制にそう言え』
『………グラウンド、セルトリア2112、燃料の補給を受けたい』
『セルトリア2112、強風のためそちらへ補給ゴーレムを送ることが出来ない。駐機場まで来れば地下の補給口から燃料を送れる。駐機場まで来られないか?』
私は犯人を振り返りました。
翼人は首を横に降りました。
『グラウンド、当機はここから移動できません。どうにかこちらまで補給ゴーレムを送ってくれませんか?』
『了解、方法を検討する。時間をくれ』
『30分だ。それ以上は待てない。30分後に燃料補給を行え』
あの時の冷や汗を、今でも憶えています。
タイムリミットが出来てしまったんです。
30分後に、何かが起きる、と。




