リタリーニャ空港地上衝突事故⑧:真相
○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 飛空艇事故調査委員会 ロムント王国におけるリタリーニャ空港地上衝突事故調査支援メンバー代表)の証言
私達はあの日に何があったのかを暴くため、当日の出来事を再現することにしました。
まず噴霧ゴーレムを用い、リタリーニャ空港の駐機場と誘導路に擬似的な濃霧を発生させます。望ましい状況を作るにはロムントのゴーレムだけでは足りず、カカナから軍用ゴーレムを持ってこさせました。
魔力源の調達やゴーレムの配置を綿密に検討し、空港の一部を濃霧に陥らせることに成功しました。
そうして霧に包まれた空港の駐機場を、仮想ケール騎のワイバーンが進みます。
ケール騎役はアイア騎。
ワイバーンドライバーは王立訓練校のアレッサンドロ=エルミ上級教官。
彼は当日にリタリーニャ空港におり、当時の状況を知る1人です。
『こちらデモ・ケール騎。駐機場を進んでいる』
エルミ教官は通信用の魔導器具から、管制室にいる我々へ実況してくれました。
『霧のため、目的の誘導路リマ3への行き方が分からない。道路のサインも誘導灯もない。現在位置も不明』
エルミ教官の報告に、管制室の空気は緊張しました。
エルミ教官は飛空騎手ギルドに所属していますので、実験の公平性のため、民間飛空公団の役員が立ち会っていたのです。
民間飛空公団は空港の管理と体制の監視を司りますから、エルミ教官から空港の不備が上がるたびに顔を渋くさせていました。
『こちらデモ・ケール騎、リマ3を探している………あった、リマ3の標識だ。誘導路の入口脇に看板がある』
『こちら管制、それはリマ3で間違いないか?』
『こちらデモ・ケール騎、リマ3と書いてある。霧でぼやけてはいるが』
私たち調査チームは顔を見合わせました。
エルミ教官は、現在位置を自動で報せる発信魔導器具を装備していました。
彼の報告地点は、ロメオ3の入口でした。
そしてエルミ教官には、シェイプシフター草のことは伏せていました。
つまり、何も知らずに霧の中で迷ったワイバーンドライバーが、シェイプシフター草によって誘導されたことを証明したのです。
『了解、デモ・ケール騎。そのままリマ3へ進んでくれ』
『了解』
管制室から、デモ・ケール騎の様子を見守りました。
地上監視の魔導卓が、デモ・ケール騎の輝点を示していました。
ところが、突然その輝点が――――――消失したのです。
何の前触れもなく。
『デモ・ケール騎、何があった?』
ざわつく管制室で、慌てて彼に連絡を取りました。
『こちらデモ・ケール騎、何もない。霧で周囲が確認しにくいだけだ』
『了解、滑走路前の停止線を見付けたら報告』
エルミ教官は何も気付いていませんでした。彼の身には何も起きていなかったのです。
『……空港面監視ゴーレムはワイバーンを見失った。ワイバーンからの位置情報もこちらには来ない。原因は』
『ヨロイドオオスギです』
セレネイドくんが説明をしました。
我々調査チームにではなく、その場に立ち会った民間飛空公団に向けて。
『誘導路ロメオ3と空港面監視ゴーレムの間をちょうど遮るように、ヨロイドオオスギが立っています。地上監視用の探知魔法はこの大樹に邪魔され、その裏にいるワイバーンを発見できませんでした』
民間飛空公団の役員達は血の気のない顔をして、その説明を聞いていました。
そこに、
『こちらデモ・ケール騎、停止線を発見。これを過ぎれば滑走路と思われる』
『了解、停止線を越えてくれ』
管制の設定では、滑走路27へ進入することを許可していません。
許可なく誘導路から滑走路へ入るものがいれば、停止線の監視ゴーレムが警報を出すはずでした。
『了解。越える………越えた。どうか?』
……何も鳴りませんでした。
『デモ・ケール騎、もう一度停止線を越えてみてくれ』
『了解』
そうやって3度、停止線を越えてもらいました。
しかし一度たりとも、監視ゴーレムはなんの警報も鳴らさなかったのです。
『………あの監視ゴーレムは、壊れています』
プルデック氏は民間飛空公団の役員達へ説明を行いました。
『そしてこのロメオ3は、そもそも以前からずっと閉鎖中でした。監視ゴーレムが故障して直らないからです』
役員達は再び浮き足立ちました。
『ヨロイドオオスギによる弊害が今まで表面化しなかったのは、この誘導路ロメオ3が閉鎖中だったせいです。ただ、誘導路が閉鎖中であることを示すものは一切なく、誘導路灯も誘導路中心線灯も通常通りに点灯されていました』
この実験を行う前に空港の管制官から再度聴取して判明した内容を、プルデック氏は説明しました。
これらの事実を初めて耳にしたとき、誰もが呆れてしまいました。
あの時のプルデック氏の瞳の冷たさを、今でも憶えています。
その瞳のまま、プルデック氏は役員達を見ていました。
『事故の日、ケール騎はシェイプシフター草の誘導によりロメオ3に入りました。閉鎖中を報せるものは何もなく、通常通りに機能する誘導灯に従い、滑走路27へ入りました』
しかも、と彼は残念そうに首を振りました。
『運の悪いことに、本来いるべき滑走路22には……別のワイバーンがいました』
ケール騎とは別のワイバーン。
それが、我々が検証で見た謎の輝点の正体でした。
卒業試験の際、教官は試験日の時間を全て記録しています。
その中には、滑走路に到着した時刻も含まれていました。
事故の日の全ての教官達からその記録を提供してもらい、ケール騎と同じ時刻に滑走路22にいたワイバーンを見つけ出したのです。
『通常は教官が通信を担当し、滑走路に到着したときに管制官へ報告します。
しかしそのワイバーンは滑走路に入った途端、訓練生の稚拙な操作により暴れ出し、教官が操縦を替わりました。
それらを収拾するのに手間取っている間、あの事故が起きたのです』
プルデック氏は地上監視の魔導卓を示しました。
『この空港の空港面監視ゴーレムは、個々の識別が出来ません。そのため、管制官は滑走路22にいる別のワイバーンを、ケール騎と誤認しました。そして』
『―――――こちらデモ・ケール騎。滑走路に入った。滑走路の番号は確認できない』
エルミ教官のアイア騎が、事故のあった滑走路27に入ります。
しかしやはり、管制室の魔導卓には映りません。
『2004便のいる滑走路に入っても、ケール騎は誰の目にも留まらなかったのです。この地上監視用の死角は滑走路の一部にも及び、そこで衝突しました』
滑走路27での死角は、滑走路の全てに及ぶわけではありませんでした。
あくまで一部分だけであり、そこを通る飛空艇が魔導卓から消えても、死角を抜け出せば現れます。
このため管制官達は、空港面監視ゴーレムか魔導卓の故障だと思っていたのです。
『この事故は、空港管理の杜撰さが引き起こしたものです』
プルデック氏は冷たい眼差しで告げました。
『ヨロイドオオスギは小さいうちに伐採しなければ、非常に頑強になってしまいます。かつて城塞に使われたこともあるほどの頑丈さです。しかしワイバーンポートに生えてしまったそれを、空港は放置しました。ワイバーンポートの機能を阻むほどの大きさではなかったからです』
問題になるまで大きく育ったときには、もう遅かったのです。
『ワイバーンポートを塞いでしまいかねない大きさになったとき、ヨロイドオオスギはそう簡単に伐採できなくなりました。個人が持てる道具では太刀打ちできず、専門の業者でさえ対処が難しく、非常に費用がかかります。
その費用の捻出と責任問題に追われている間、ヨロイドオオスギはさらに大きくなりました。
なんの決断もされないままワイバーンポートの封鎖だけが行われ、問題は先送りにされ、そして………今回の事故を引き起こしました』
プルデック氏が断言しました。
『これは、防げた事故だったのです』
こうして、クドラク飛空2004便衝突のデモ検証が終わりました。
派遣調査団は中間報告を発表。
空港の動植物の管理徹底や、空港面監視ゴーレムの改良の必要があることを報告しました。
特に空港面監視ゴーレムは、各国の空港で標準装備されている方式にするよう強調されました。
空港面監視ゴーレムによる地上監視は、飛空艇それぞれの識別が出来ません。
この弱点を解決するため、飛空艇やワイバーンが搭載している位置情報送受信ゴーレム、通称トランスポンダからの信号を受け取る方式が採用されました。
また探知魔法の死角を作らないため、いくつもの補助ゴーレムも空港内の各所に設けています。
リタリーニャ空港にもそういった方式があれば、今回の事故を防げたと報告書は結論づけました。
こうして、リタリーニャ空港地上衝突事故はほとんどの謎を解決しました。
後は衝突後の2004便の詳細な動きを解析すれば、最終報告書が提出できます。
衝突後の事故機の動きは黒箱から取得済みなので、大した問題は起きません。
………そう思っていました。
ダークスターの研究所から、2004便の検証結果が届くまでは。




