私たちは終わった世界でボーイミーツガールをやり直す
現実はフィクションとは違う
屋上でのキャッキャウフフなランチタイムも、夏休みのボーイミーツガールも、そんなものは全てまやかしで
大抵のやつは学校と家との往復でそのまま滑るように次の学校なり会社なりに入っていく
可愛い幼馴染みとは疎遠になり、妹は小憎らしいばかりの邪魔物か、そもそもいない。
俺も、そういう人間だったらよかった
ずっと、そう思っていた。
特別な立場も、技能も、必要とされない必要としないただの高校生――――――そんなものになりたかったのに。
それは生まれに流されることを選んだ俺には今更すぎる願いで、
そして、俺は今日になって初めてその選択を感謝した。
「………………朝起きたら世界が終わっていたでござる。」
まぁ、そういうことだ。所謂ゾンビパニック、普通の人間が死に異常な人種が「俺らの時代だ」とばかりに駆けずり回るディストピア。
それを理解したのは、今朝学校に行こうと起床してみたら、家の前の道で人が人を食ってやがったからなんだけど
うぇ、グロ…………首もと引きちぎられて食道丸見えじゃん………すぐ血飛沫で隠れたけど…………。
「んー……………友加里は無事かな…………。」
“この状況で昂れないタイプの異常者“こと俺は二軒隣の家に住む、中学に入って疎遠になった幼馴染みの名前を呼ぶ。
なんてことない、よく見る話だ。人と関わろうとしない俺と人から好かれる彼女、住む世界が違う俺たちは、いつのまにか離れ離れ。
幸いだったのはいまだにあいつが彼氏を作っていないので俺の脳が破壊されてなかったということ。全然幸いじゃねぇな、このままだと俺みたいに独り身拗らせるぞあいつ。こうなる前にとっとと彼氏作っときゃ良かったものを
「………助けに行くかぁ………。」
よっこいせ、と、オヤジのような掛け声を上げて腰を浮かす。
少し前に見てガチ泣きした小説では、終わった世界で出会った女の子に惚れて、守ると誓って
結局守りきれずに死なせちまっていたっけ。
物語だからこそ悲恋、感動で済むがあんなもんリアルで味わったら耐えられんぞ。
「………ま、そっちのが漫画や小説。ストーリーとしてはかっけぇんだろうけどね。あいにくこちとら生まれも育ちもちっと普通とは違うチート野郎なもんで。」
ペタペタと廊下を歩き、かぁさんの部屋まで到着。
まっすぐにその端にあるデカイロッカーじみた収納具へと歩を進める。
パスコードは………っと、よし、開いた。
「ごかーいちょーう。いやはや、物騒極まりないねぇ…………。」
出てきたのは、黒光りする鉄塊がふたつ
ベネリM4スーベル90とスコープ付きのプルーフリサーチ・TACⅢ
前者はセミオートのショットガンで後者はボルトアクションライフル。かぁさんが狩りの時に使っている実銃だ。
ちなみに、かぁさんはガンラックのパスコードを俺に教えていたけど、実はこれたしか違法だったはず。キマってるねあの人。
っと、ついでに机の棚の中からオンタリオ社製のサバイバルマチェット――――ゴツいナイフのバケモノみてぇなやつだ―――を拝借して、武器はこれでオッケー。
雑誌をいくつか重ね、その上から厚手のカーディガンをぐるぐる巻きにして腕にセットすれば、盾も完成。
一応厚手のウィンドブレーカーも重ね着して、フルフェイスのヘルメットかぶってと。
「12ゲージと308ウィンチェスターはぽっけに突っ込んだ。っし、ばっちし。」
カシュカシュとクアッドリロードしながらベランダに出る。
うーあーうるせぇよ、ゾンビども。
自分家の屋根によじ登り、そっから隣の家の屋根へ
それを繰り返して友加里の家に到着。
さて、久々の再会だ。どんな顔するかな?
――――――――――――そうして、一人の狂人が動き出した頃、結城友加里は、終わった世界の中で離れてしまった幼馴染みのことを想っていた。
「悠莉…………悠莉…………ごめんねっ…………。」
絹屋悠莉
いつも一人で、ぼぅっと空を見ていた幼馴染み
とらえどころがなく、整った顔立ちも合間ってどこか神秘的な雰囲気の彼は――――孤高だった。
友達になれたと思った。唯一、彼の隣に立てる人間だと。
幼稚園の頃、いじめられている彼をかばって、小学校に上がってからは鬼ごっこやかくれんぼをして遊んで。
周りが異性を意識し出して同性どうしでつるむようになっても、彼女たちは二人で遊び続けた。
だが、それでも――――悠莉のためにと彼女がお洒落をしだしてからは、全て変わってしまった。
周りは“可愛い女の子“と“根暗でなに考えてるかわからねぇやつ“を引き裂きたがった。
古びた幼馴染み以外との交流、その味を知ってしまった中学生の彼女は、どうしようもなくそれを失いたくなくて
彼を
悠莉を
切り捨てることにした
「それでも………それでも………っ」
ドンドンと、鍵をかけた部屋のドアが軋む。
人間から“モノ“になってしまった両親が、ドア1枚隔てた向こうにいるという現実に精神を削られながら、彼女は吠える。
「好きだったの………!」
今更なにを、と
虫がよすぎる、と
そもそも切り捨てたのは自分なのに、と
刻まれるような悔恨と自嘲の念に責め立てられながら、せめて最後に素直な心を吐露する。
文に書けば彼がいつか見てくれたかもしれない。でも、それで気に病ませるのは、あまりにも忍びなくて――――――
バキリ、と、ドアが音を立てて
彼女の命を繋いでいたか細い糸が、切れた。
「悠莉ー!!!」
「呼んだか、友加里。」
部屋になだれ込む男女一対の人形、その反対。
友加里を挟むようにして躍りこんだやけに着膨れしたそれは、
銃声を二つ轟かせてあっさりと彼女を救いだした。
――――――――――――――――――――――と、そんな感じで幼馴染みを助けてしばらく
「まずふたつ。」
うちの車を駐めてある駐車場への道すがら、バラけた直径9㎜の鉛弾9つ、ゾンビ二体の頭部を砕く。
「そんでみっつ、後ろから迫ってきたので四つ」
カチカチと連続してトリガーを引いて、しっかりとした頬付け肩付け、そして前傾姿勢で反動を押さえた一撃を前方に
そっから左手で抜いたマチェットを振り返らずにブン回して後方を薙ぐ
喉笛をぶった切られてたたらを踏んだ後ろの一体に振り返りざま止めの散弾を撃ち込んで
「周辺クリア、急ぐから離れるなよ。お前が死んだら俺も後追うからな。」
「えっ、それはいくらなんでも…………。」
なんぞ怪訝そうにしている愛しの彼女の手を取って。先を急かす
「おっと、茂みからもう一体だ。」
とっさに友加里の手を離して、雑誌の盾を噛ませて動きを止めたとこにズドン、内蔵を撒き散らしながらふっとんで離れたとこにもう一発ズドン
脳ミソがスムージーになってダウンだ。
「やべ…………吐きそ。」
そう感じるってことは、俺はまだ正常だな。
そんなことを思って笑いながら、カシュカシュとリロード。腐臭やっべぇなおい。
「大通りはほぼ確で渋滞かゾンビを轢いて停まった車で道が塞がってる。避難所の小学校はこんなもんに対処できるわけもねぇ。自衛隊の駐屯地や警察署は銃を取り上げられるだろうからそこで感染者出たら完璧に詰み。ってわけでかぁさんが世話になってる猟友会の使ってる集会所行くぞ。」
頭の中で行動計画を立てつつサクサクとゾンビどもを駆除していく。うーむ、弾たりっかな。一応その時のためにマチェットあるけど。
…………しかし、あれだな。
本当に、俺はつくづく主人公に向いてない。
武器もない、物資もないのないない尽くしで必死に愛する女を守るカッチョいいヒーローなんて、夢のまた夢だ。
母親は伝説の熊撃ち、うちの町の熊牧場だかクマ園だかで起こった脱走事故………………四人の飼育員と三人のハンターが顔を削がれたり腹を抉られてお陀仏になったその惨劇で、四頭のクマを射殺して表賞されたとんでもない人だ。
そんな彼女にしごかれた俺も、ある程度極限状態への対処というものは叩き込まれているわけで――――――わざわざ北海道まで行って冬の山で穴持たずにビビりちらしながら一月過ごしたのと比べりゃ、鈍くて非力なゾンビと慣れ親しんだ市街地でやりあうなんざ天国に等しい。
いや、あれは本当にキツかった。山刀一本でどうやって凶暴化したヒグマとやりあえってんだ。結局かぁさんが威嚇のために立ち上がって腹を晒したそいつの心臓をひと突きにして殺してたけど。
閑話休題
ともかく、そんな感じで俺たちは特に問題もなく――――ゾンビどもは襲ってくるが対処できるので問題ない―――進んでいた。
物語なら山も谷も緊張感もなくペケがつきそうな旅路だ。
まぁ、でも
「ねぇ………悠莉?」
「ん?」
こいつを、守れるなら。
「助けてくれて、ありがとう。」
父と母を壊されて、それでも必死に笑いかけてくれるこの幼馴染みを守れるなら。
「ん、どいたま。」
俺は、名作の主人公になれなくてもいいかと、そう思えた。