9 騎士団長ファウ
更に2週間の月日が流れた。
数ある部屋の中、特別豪華で広い部屋のベッドで寝転がる悠李。
屋敷の中で何不自由なく暮らしていたが、ある決定的な出来事が起きてしまう。悠李が、庭で少し散歩しようと外へ出たときの事。いつも執務で不在なはずのアサンが飛んできて、悠李を強引に屋敷へ連れ戻したのだ。
その時のアサンの、感情を全て無くしたような顔は、若干のトラウマとなった。
「お屋敷から、出られない」
ジャラ、と悠李の足首に巻かれた鎖の音が鳴った。そう、彼女はアサンによって監禁されているのだ。悠李は一体、何故このような状況になったのか理解できなかった。
「何かの実験台とか? 人身売買……いや、そんなお金に困ってるようにも見えないし」
一刻も早く元の世界に帰りたい悠李。夕方になると帰ってくるアサンに、元の世界に戻る方法を聞いても、アサンは何の情報も与えてはくれない。故に他の人に話を聞きたいが、この屋敷には使用人1人さえ存在しない。
「だれか助けてくれないかな……」
悠李の願いに応えるように、声がした。
『アサンの屋敷に人間が居るとは』
「!?」
部屋の大きな窓枠に、その人は立っている。
金色の真っ直ぐなショートヘアに、やや釣り目の青い瞳。国王の近衛兵にしか着ることを許されない青い軍服。まだ若く、少年らしさを残した体つきで、顔立ちは見惚れてしまうほど美しい。
(この容姿、攻略対象キャラの『ファウ・フラヴォ・ルセット』……?)
そして矢張りというべきか、言葉が分からない。
「どうやってここに? 2階ですよ?」
『ん、言語遮断の魔法をかけられてんな』
ファウが魔法陣をかざしたかと思えば、悠李の耳元でパチンと音がした。
「!?」
「これで通じるだろ?」
「あれ?」
「アサンのやろーなんでこんな魔法かけてやがるんだ?」
「アサン様が……?」
寝耳に水とはこのことだ。
ファウはふむ、と顎に手を当てて何かを考えだした。悠李も同じで、なぜアサンが自分に魔法をかけていたのか、理由が分からず困惑してしまう。
「この鎖といい、さてはアサンの実験台だな? 可哀そうだから、優しい俺様が助けてやるよ」
「実験台」
「新しい魔法を試そうとしてるんじゃねえのか?」
「やっぱり」
あんなに親切に接してくれていたのに、と悠李は目に見えて衝撃を受けた。
ショックで動けず居ると、ファウが悠李の頭の上にポン、と手を乗せる。
「まあ、俺に会えて運が良かったな。よし、家まで送ってやる。どこだ?」
「……私、家がなくて」
「まじかよ。じゃーとりあえず本部に行くか」
本部。つまり王国の騎士団本部の事だ。
悠李は迷った。もしかしたら、アサンの事は誤解なのかもしれない。だが、いつまでも閉じこもったままでは、状況は変わらないままだ。
このまま、無理やりにでも移動する方が良い。お礼は今度会えたら言おう、悠李が結論を出したその時だった。
「どこへ行くというのです?」
底冷えする氷の声。
魔法陣から、爆炎が生じ、真っ直ぐファウに飛んでいく。
「くっ」
寸前で魔法の障壁を作るが、着弾時の衝撃でその体は宙へと投げ出される。体制を整える暇もないまま、次の炎がファウを襲った。
今度は魔法陣を構える余裕もないファウに魔法が直撃する。
「ぐああっ!」
直ぐに水魔法を発動させ、被害を最小限に抑えるが、ダメージは大きい。ファウは息切れしながら、ギラリとアサンを睨みつけた。
「てめえ……、自分が何してるのか分かってんのか」
「もちろん。貴方こそ、勝手にユウリ様を連れ出そうとするなんて」
「なんでこんなヤツが、魔塔の主なんだかな……っ」
ファウが忌々し気に吐き捨てる。
「民を苦しめる気なら、黙っちゃいられねえ。徹底的に相手してやる」
「何か勘違いしているようですね。ユウリ様は私の婚約者です」
「…………ハッ?」
「へ!?」
これには悠李も声を上げた。にこりとアサンが微笑む。
「信用できないな」
ファウが片手を上げると、その背後に複数の魔法陣が出現した。その中から、甲冑を着た兵たちが剣を構え次々と現れる。あっという間にアサンは囲まれてしまった。
「魔塔の主サマならこのくらい簡単に薙ぎ払えるだろうが、婚約者殿は無事で済まないかもしれないぞ。大人しく従え、アサン」
「……貴様」
美人の怒った顔は恐ろしい。
アサンが凄まじい目でファウを睨むと、兵たちはその覇気に動揺した様子で体を揺らした。だが、アサンは杖を下ろし、武装を解く。
「言い訳は本部で聞く」
凛としたファウの声が、その場を制した。