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7 エルドリスカ邸での提案

 一瞬の暗転と、立ち眩みのような感覚。

 アサンに引き寄せられ、悠李の顔が彼の首辺りにぐっと近づく。傷一つない真っ白な肌。露出は極力抑えられている服装なのに、悠李は、その肌の美しさにくらくらさせられた。


(なんか、いい匂いするんですけど……!)


 男性経験が豊富ではない悠李は、赤面しつつ、失礼にならないようそっと、アサンから離れた。

 見渡すと、そこは先ほど居た場所ではない。


 高い柵状の門、奥にあるのは広大な敷地に建つ、大きな屋敷。

 よく映画で見るような、カントリー・ハウスだ。


「う、嘘」

「驚かせてしまい、申し訳ありません。魔法を使った方が手っ取り早いので」

「……」


 悠李は押し黙った。

 転移する前に見た藤色の光、アサンが言った魔法という言葉。しかも、今しがたそれを体験したのだ。信じたくなかったが、悠李は、ある1つの結論を認めるしかなかった。だが、諦めきれずに声が出る。


「あの、お尋ねしたいのですが」

「はい、なんなりと」

「この世界に、日本という国は存在しますか?」

「ニホン、ですか。私の知る限りでは、大陸地図にニホンという国は存在しておりませんね」

「そう、ですか」


 悠李は眉を下げ、見るからに落ち込む。その姿を見て、アサンが口を開いた。


「私の屋敷に、精密な地図がございます。宜しければ、ご覧になられますか?」

「あ、ありがとうございます!」


 アサンが空に手をかざすと、何処からともなく、杖が現れた。

 彼はそれを手に取り、2回、門を叩く。すると、宙に水の波紋のような歪みが広がり、門がゆっくり独りでに開いていく。


「さあ、こちらです」

「はい……」


 もはや驚くまい、と悠李はアサンに付いていくことにした。

 

 アサンは私の屋敷だと言った。

 建物は大きな庭を受け止めるがごとく、横に広い。二階建てで、外壁は石のレンガ造りだ。中心に大きな門があり、それ以外に扉は見当たらない。

 細長い窓が連なり、そのすべてに装飾が施されている。小塔や円錐形の屋根も見られ、とても優美だ。


 威厳を放つ建物とは反対に、庭はとてもシンプルなもの。

 辺り一面、真っ青な芝生。それに、屋敷を囲んで木々が植えられている。


 外の門からはまっすぐ太い線状の道があり、屋敷の門へ続いていた。アサンと悠李は、その道を歩いていく。


「とても素敵なお屋敷ですね」

「ありがとうございます、私には少々、広すぎますが」


 2人で会話をしていると、屋敷の門に着いた。再び、アサンが杖を2回たたき、扉を開く。すると、そこは悠李が想像していた光景ではなかった。

 扉を開くと、大広間ではなく、大量の書物がある部屋だった。アサンが部屋に入ると、悠李もそれに続く。悠李が不思議がっていると、アサンが考えを読み取るかのように説明した。


「普段ならここは大広間ですが、図書室に変えました」

「変えれるんですか?」

「はい、魔法で」

「な、なるほど」


 アサンが図書室の中の、大きな巻かれた紙を取り出し、机の上に置いた。それを悠李に広げて見せる。


「こちらが大陸地図です」

「どうも、ご親切に」


 悠李が地図を見ると、それは普段目にしている世界地図ではなかった。大陸の形は歪な円形状で、中心にひし形の島が一つだけ存在していた。


「この国はどこに位置しますか?」

「聖王国リスティーアは、こちらです」

 

 アサンが指さしたのは中心のひし形の島だ。


「なるほど、わかりました。……アサン、様。今から話すこと、驚かないでいただきたいのですが」

「どうぞ、アサンと。はい、なんでしょうか?」

「私、帰り方が分からないかもしれません」

「何と……それは」


 それは、好都合、とアサンは言葉を飲み込んだ。

 俯く悠李に、優しく提案を持ち掛ける。


「ユウリ様、先程も申し上げましたが、私にこの屋敷は広すぎます」

「……え?」

「貴女様さえ宜しければ、いつまでもここに居て頂きたいのです」

「助けていただいた上に、置いていただくわけには……」

「魔法に驚く。大陸地図を見ても、戻るべき国が見つからないご様子。稀に、異世界からこのような来訪者が現れます。私の推察では、貴女様は来訪者。そして帰る方法も分からない――」

「……っ」

「助けが必要だとお見受けいたしました。ご自身で体験された通り、外は危険だ。ユウリ様にとってより良い選択肢を、手に取るべきだと思いますが?」


 その通りだ、と悠李は頭の中で答えた。

 だが、いくら広い屋敷だからと言って、見ず知らずの人間を滞在させるなんて、親切すぎやしないだろうか。不思議に思いつつも、その提案を断る程、悠李も無謀ではない。


「アサン様のお言葉に甘えようと思います、メイドでもなんでもいたしますので、暫くどうぞよろしくお願いいたします」

「とんでもない、ただ、私の隣で微笑んでくだされば」


 花が咲くように彼が笑った。

 

(サラッとキザなことを言っても、まったく嫌味じゃない。笑う姿はまるで、淑やかなクロユリみたい)


 悠李にとって都合の良すぎるアサンの提案だったが、後に、彼女はこの選択を後悔することになる――。


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