5 アサンとの出会い
俗に言う、魔法陣と呼ばれるモノ。
暗がりの空気中に、繊細にネオンが光ってるようにして、細かい模様と見たことのない字が刻み込まれている。魔法陣の奥には誰かがいて、声を発した。
「触るな」
低い声で、その人が男性だという事が分かる。詠唱もなく、魔法陣から複数の光が発射された。それは氷の礫で、男たちに次々と刺さっていく。
『痛てえ……!』
『くそっ、話が違う』
『行くぞ、お前ら!』
すっかり委縮した男たちは、急いでその場を去っていった。路地に、悠李と謎の男が残される。すると、男が悠李に近寄って来た。
距離が縮まると、建物の影から月光に曝され、その男の容貌が明らかとなる。
悠李は男の美しさに驚愕した。
肌は白く、長い睫毛に隠れた、深紫の瞳。漆黒の、シルクのような髪は凡そ腰まで伸び、ハーフアップにしている。中性的で人形の様に整った顔に高い鼻。目じりは少し緩く、優しげだ。
身長はかなり高く、その身には黒に紫を僅かに垂らしたような色の、ローブを纏っている。重厚で、良い素材の生地だと素人でも分かる。ローブは前が開いていて、下には漆黒のウエストコートが見えた。それに、同色のスラックス。
(まるで、『リスティーアの乙女』のアサンが現実に居るみたい)
悠李が男に見惚れていると、形のいい唇が動いた。
「お怪我は、ありませんか?」
男は流暢に日本語を話した。
悠李は、こんな美しい男性に出会ったことがなかったため、照れながらも必死にお礼を述べる。
「た、助けて下って、どうもありがとうございます。日本語、お話しできるんですね」
「……私の事が、わかりませんか?」
「はい?」
この地で、やっと言葉が通じる者に出会えた喜びもつかの間。男が発した言葉に、悠李は首を傾げた。こんな綺麗な人に出会ったことが有れば、悠李は決して忘れないだろう。
「……いいえ、お気になさらないでください。私はアサンと申します」
「あ、私は高梨 悠李と言います」
「ユウリ様、貴女が御無事で良かった」
アサン。名前までゲームの登場人物と同じだと悠李は思った。
「この一帯は女性一人では危険です。取り敢えず、私の邸宅にご招待させていただいてもよろしいでしょうか?」
「えっ、と。そこまでしていただくなんて、……悪いです」
「ここで出会ったのもご縁です。それに此処に残すのも、目覚めが悪うございます。どうぞ、私を助けると思って」
アサンが優雅に微笑む。
悠李はその笑みを見て、僅かに頬を染めた。
物腰柔らかな雰囲気には、全く悪意を感じられない。悠李は、右も左も分からない状況ではあったが、窮地を救ってくれた目の前の美しい男を、取り敢えず今は信用することにした。
「……それでは、私の国と連絡がつくまで、お邪魔しても大丈夫でしょうか」
「勿論です。転移しますので、この指輪に触れていただけますか?」
「転移、ですか」
アサンが右手を差し出す。その薬指には、紫の石がはめ込まれた指輪が光っていた。悠李は、訳も分からなかったが、言われた通りに指輪に手を伸ばす。
すると、淡い藤色の光が石から広がっていく。
「ええ……!?」
「少し眩暈がします、私に捕まって」
アサンが悠李の体を強く引いた。
光が二人の体を包み込んだかと思えば、一瞬にしてその姿を消した。