2 嵐の前の
聖王国、リスティーアにて。
「神託を受け賜りました」
朝日を目一杯に受けるため、大きな窓の傍。白い祭祀姿の少年が声を発した。
少年の周りを何人かが囲み、その声を聞き逃さんと、次の言葉を待っている。同じように、白い祭服を身にまとっている様は、彼らが神官であることを伺わせた。
建物は大きな教会。白を基調とした造りで、列柱が幾つも連なり、見上げれば首が痛くなるほどの高さだ。天井は列柱を繋げるアーケード状で、その端にはステンドグラスが輝いている。
「1人の聖女がこの地に降り立たん。そして、聖なる剣にて悪を討つと……」
「おぉ……!」
神官たちがざわざわと声を上げた。表情は喜色に満ち、顔を見合わせて頷き合う。
「聖女様をこの国、リスティーアにお喚びするため、祭祀を行いましょう」
「主の御心のままに」
夜、ビルから1人の女性が外に出て、大きなため息を吐いた。
彼女は、高梨 悠李。
たった今、勤務先の上司から怒られて、退勤してきたばかりだ。
容姿は黒よりも少し明るい程の栗色の髪で、1つくくりにしている。同じ色の瞳。どこにでも居そうな平凡な顔立ち。服装はオフィスカジュアルなもので、白いブラウスにカーキの膝丈スカートを履いていた。肩にかけたカバンを持ち直し、悠李は歩き出す。
「はあ……まったく。帰ったら早く『リスティーアの乙女』しよう」
周りに聞こえないよう悠李は小さな悪態を吐き、家に帰るための最寄り駅へと向かった。
『リスティーアの乙女』とは、悠李がハマっている乙女ゲームだ。三年前に発売され以来、その世界観などが評判を呼び、人気が続いている。
悠李はとっくにゲームをクリアしていたが、最近になって再び、また始めてみたのだ。
今、攻略しているキャラは「アサン」だ。
聖王国リスティーア。
聖と魔が争い合う時代。世界に蔓延る魔族と対立する、人間が暮らす王国。
ヒロインはそんな国に、人間を救う聖女として召喚される。そして、聖女として魔に立ち向かうため、攻略対象たちと心を交わしつつ、世界を救うというストーリーだ。
王国では主に3つの派閥がある。
軍を持つ王室、神聖力を司る教会、魔術を扱う魔塔。
攻略対象キャラは3つの派閥から、皇太子アルフォンス、騎士団長ファウ、教皇レミ。そして、魔塔の主アサン。残る1人は隠しキャラだ。
(アサンって凄く可哀そうなキャラだから、昔からなんか気になるのよね)
悠李がそんなことを考えていると、突然、前を歩く誰かに体がぶつかり、その部分から眩い光が現れた。悠李は驚きのあまり尻餅をつき、光から逃れるために目を瞑った。
「い、一体何!?」
「どうなってるのよ、嫌っ……!」
白い視界の中で、もう一人の声がした。若い女性の声だ。混乱しているようで、声色が震えている。その声を聴いた後、悠李は急に地面が無くなるような感覚に襲われた。
(なにかの災害?)
ぎゅっと目を瞑っていると、再び体に重力が戻ってくる。悠李は、恐る恐る目を開けた。