1 図書館の孤独な少年
ざあ、と風の音が鳴った。
悠李がゆっくり目を開けると、そこはどこかの建物の中庭。
その中庭にある大きな木の陰に、彼女は立っていた。
(また、この夢か)
夢というのは不思議だ。
目覚めたら、どんな夢を見ていたのかすぐ忘れてしまう。しかし、同じ夢を見たら、夢の中で不思議と、また見た光景だとわかってしまう。
(今日はどこにいるのかな)
木陰から日の射す中庭へ、悠李は歩き出した。
すると、すぐ向かいの木の幹に、小さい誰かが腰かけているのが見えた。
「アサン」
声をかけられた人物が、振り返る。
肩まである柔らかそうな黒髪、深紫の大きな瞳。
黒い簡素なローブを身に纏った、アサンと呼ばれた少年は、すぐに笑顔になって悠李の下へ駆け出した。
「ユウリ……っ!」
「今日は天気が良いね」
「ユウリ、ずっと待っていた。1年も来てくれなかったんだから」
「え、今度は1年も? ごめんね、寂しかったよね」
「……いや、いいんだ。こうして来てくれた」
そう言って、穏やかに微笑むアサン。
その表情は、とても大人びていて、まだ10歳よりも幼そうな少年がする顔に見えない。
(私は一昨日、アサンに会ったんだけど、言わない方が良いよね)
「何か、変わりはない?」
「ええと……あ! そういえば。さっき座っていたあの木の上に、鳥の巣があるんだ。そこに卵が産んである。だから日がな一日、巣を守っていたんだよ」
「へえ! 無事、生まれるといいね」
「うん。あと、新しい魔術を覚えた」
「凄い、またあの図書館の大量の本を読破したんだ」
なぜアサンがこの大きな建物に独りぼっちで居るのか。
いつか彼が話してくれた。
この建物は、王国の秘匿された魔術図書館らしい。そこに5年前、アサンがほんの小さい頃、不意に迷い込んでしまったという。貴重な魔術書を保管するため、ここでは時が止まっている。
そして、アサンはこの建物から出ることが出来なかった。どこを言っても外へのドアはなく、窓もない。壁を壊してみても、別の部屋へと繋がってしまう。
あるのは、この日の射す中庭と、大量の魔術書だけだ。
「いつか、魔術書を全て読んで、魔法でこの図書館から抜け出して見せる」
「……私も、アサンが出られるよう、祈ってるよ」
「ユウリ、僕が外に出られたら、ずっと傍にいてくれる?」
ずっと、は難しい。だけれど、寂しいアサンに無理だと首を振るのはためらわれた。
「うん。会うことが出来たら、その時は傍にいるよ」
「約束して」
「約束する」
悠李は小指を差し出した。
アサンが同じく小指を絡めようとすると、悠李の体を通り抜けてしまう。アサンの瞳が悲し気に揺れて、伏せられた。
「貴女が、夢幻の存在でも、僕は、きっと探し出すよ」
その声を聴いた途端、悠李は自分の意識が薄くなるのを感じた。『元の世界』で目覚めるのだ。
狭いワンルーム。
目覚まし時計の音が響いた。
ベッドから手が伸び、その音を消す。
「ふああ……。なんか夢を見てたような気がする」
夢というのは不思議で、残酷だ。
起きたらすぐ、忘れてしまうのだから。
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