千春様
ヤミにあけてもらったドアを通り、階段を登っていく。この先にはなにがあるのだろう。なんだか、もう疲れた。アンドロイドは肉体的な疲労は感じない。けれど、心は別なのだろう。こんなところまでリアルに作られているなんて。こういう不便なものは真似をしなくていい気もするが、これもうまく人間の中に溶け込むためなのだろう。もちろん、生まれにくい感情もあるが。
「開けるぞー。警戒しろよ。」
ヤミが私たちにそう声をかけながらドアノブを握った。そして、緩んできた気持ちを引っ叩いて警戒を強めながらドアを開けた。静かに、音がしないように。そして、ヤミは。静かに、急いでドアを閉めた。
「どうした?」
「見るな。……いや、先ほど目があったな。どちらにしよ知る事実か。」
ヤミは一体なにを見たんだ?ご主人様が傷つく事実?目があったということは、生きている人間?もしかして、真悟様?
ヤミの手はドアに触れていなかった。なのに、急にドアが開く。
「ひどいじゃない。ドアを閉めるなんて。」
そこに、立っていたのは。ご主人様の母、千春様だった。
「かあ、さん?」
ご主人様が震える手で千晴様を指差す。にっこり笑顔の千春様。けれど、その身に纏った白の衣装は。
「母さん!」
ご主人様がヤミを押し除けて死んだとさえ思った、懐かしく愛しい母親に向かって手を伸ばした。
「ダメ!ご主人様!」
私がそれを止めても、ご主人様の耳には届いていなかった。今、愛する母がいる。生きていた。無事だった。その事実しか、頭に残っていないのだ。
千春様がご主人様をふわっと抱きしめた。ヤミに助けを求めようと声を発そうとした。けれど。
ご主人様の頭に、拳銃が向けられた。間に合わなかった。私が至らなかったから。ご主人様は悪くない。悪いのは、私だ。
「……え。」
「探。あなた、そんなに馬鹿だったかしら?」
千春様、いや、千春が愛おしそうにご主人様の頭を撫でながら笑った。
「私の服を見てわからないの?」
そう言って千春は自分の服を引っ張った。その、真っ白な衣装を。そのワンピースはゆらゆらと揺れている。
「ホワイトの味方なの、私。」
ご主人様の顔が絶望の表情に変わったのを見て、千春は嬉しそうに声を上げて笑った。
「馬鹿、馬鹿ねえ。」
ご主人様は馬鹿ではない。とっさの判断が苦手なだけだ。馬鹿にされる筋合いはない。どんな人間にだって、欠点というのはあるものだ。




