信頼されたお嬢様
買い物を済ませて、暗い気持ちのままご主人様の家に戻る。
ご主人様、ご主人様かあ……。私もなんともまあ、面白いことをしているものだ。気晴らしくらいにはなるといいのだけれど。
気持ちを明るくさせようと、小さな声で鼻歌でも歌おうかと大きく息を吸った。
「ゆりさーん!」
前方から小さな人影がこちらに走って来ているのが見えた。近づいていくにつれ、だんだんと形がはっきりしてくる。お嬢様だ。
「もう買い物終わっちゃいましたかー?」
はあはあと息を切らしながらお嬢様が目の前まで近づいて来た。私は手に持った買い物袋を軽く上にあげた。
「はい。終わりましたよ。」
膝に手をつき、苦しそうな息をするお嬢様の額には、たくさんの汗が流れていた。ここまでずっと走って来たのだろうか?そこまで距離はないが、確か文化部だったお嬢様には少しきついかもしれない。そういえば、お嬢様は運動が……。
「わ、私……相当の運動音痴で……えへへ。」
汗を拭いながら、お嬢様が笑った。
「持ちますよ、一袋。」
お嬢様が一番重い袋を指しながら言った。この袋には牛乳が入っているので、少し重たい。それに何より、お嬢様の手を煩わせるわけにはいかない。
「いえ、大丈夫ですよ。」
やっと息が戻ってきたお嬢様に、私はそう言って笑った。お嬢様の表情が、少し、曇る。
お嬢様は、奪われたくないんだ。ご主人様の世話をする、この役割を。お嬢様にとって、それがご主人様の隣にいられる唯一の理由なのかもしれない。
「大丈夫ですよ、お嬢様。」
自分の心を読まれたとでも思ったのか、お嬢様はぷくっと頬を膨らませた。
とっても可愛いなあ、なんて思いながら、お嬢様を追い越してまた歩き始める。
「さあ。帰りましょう。ご主人様がお待ちですよ。」
少なくとも、私の帰りは待っていないだろうが、お嬢様の帰りは待っているはずだ。
お嬢様が私の隣を並んで歩く。その頬は、いまだに膨らんだままだ。
「お嬢様は、ご主人様に信頼されているんですね。」
あの日、あの時。ご主人様が私たちが現れた現場にお嬢様を連れてきたのは、大切に思っていなかったからじゃない。危険な目に合わせたかったからでもない。信頼していたからだ。この人になら、背中を任せられると。まあ、これは私の憶測でしかないのだけれど。
「そ、そうですか?」
そう言って照れるお嬢様は、やっぱりどこか嬉しそうだった。