楓お嬢様
ううん、と寝返りを打つご主人様の背後に近づき、耳元で
「わっ!」
と大きな声を出す。ご主人様の方はびくっと跳ね上がり、ゆっくりとこちらを振り返った。
「なんだよ……。」
嫌そうな顔をして私をみるご主人様。脅かした甲斐があるなあ、なんて心の中で喜びながら、今度は優しく頭を撫でる。
「朝ですよ。朝食の準備は済ませてあります。」
私がそう言ってご主人様の顔の目の前に顔を突き出すと、ご主人様は驚いた顔で私をみた。
「だっ、誰だっ!?」
どうやら寝ぼけているらしい。一体なんのために朝食まで作ったのやら。実際、メイドとしての私は必要ないかもしれない。ご主人様が言っていた、『従え』という意味も、こうなってほしいと思って言ったわけではないだろう。それなのに、どうして私が彼に仕えているか。それは簡単だ。面白いからだ。彼の反応ひとつひとつが面白い。それに。
「ああ、お前か……もう少しだけ。」
いつもどうやってご主人様は朝を乗り越えているのだろうか?この様子だと、昼まで寝ていそうだが。
「ご主人様。遅刻しますよ。」
そう声をかけた時。ピーンポーン、と、大きな音でチャイムが鳴った。こんな朝早くから誰だろうか?……いや、もしかして。
一階に駆け下り、鍵を開けると、玄関の扉は開かれた。
「おはよー、さぐ、る……っ、きゃあああ!?」
私をみて叫び声を上げられたのは、楓お嬢様だった。お嬢様が毎日ご主人様を起こしにきてくれていたのだ。そのために毎朝早く起きるのは辛いだろうに、さすがお嬢様だ。
「おはようございます、お嬢様。」
慌てているお嬢様を目の前に、にっこり笑顔を作る。お嬢様は落ち着く気配がなく、その場に尻餅をついてしまわれた。
「大丈夫ですか?お嬢様。」
どうやら大丈夫ではなさそうだ。ご主人様を呼んだ方がいいのだろうか?
「うるさいなあ……。」
ぎし、ぎし、と、階段を降りてくる音がして振り返る。そこには、ねむそうに目を擦りながらご主人様が私たちを見ていた。
「そいつ、昨日から俺らの家のメイドになった……あー、誰だっけ?」
そういえば、まだ名乗っていなかったか。昨日の記憶を辿る。やはり、名前を呼んでもらった記憶がない。
「ゆりと申します。」
ご主人様とお嬢様に順番に頭を下げる。
「よろしくお願いします。」