少年の事情
野盗達を追い払った……というか、何もしないまま逃げ出してしまった後、リティアは黒髪の少年に事情を聞いていた。
「……アディン・ランディール、リーネの村の自警団員か……」
レイトが怪訝な顔になるのは、リーネの村はここからそこまで遠くはないものの、村を守るべき自警団員が活動をするには遠いからだ。 もっとも、旅用のリュックを背負っているのを見れば、村の外を見回りという風な活動ではないとは分かるが。
「あの……あなた達は本当にあのリティア姫様達なんですか?」
アディンが戸惑い気味なのは噂のお転婆姫ご一行と遭遇したというだけが理由ではなかった。 何しろ、あの後に街道の隅っこの邪魔にならないところでシートを敷いてランチ・タイムに現在突入しているのだ。
水筒に入れられた冷たい紅茶を注ぎ終わったスレイは「はい、そうですよ」と答えた後で人数分の金属製のコップを配り始めた。
そのスレイこそ、今四人が座っているシートやらサンドイッチの詰まった弁当箱をメイド服のポケットから取り出した張本人だ。 白いエプロンのお腹のあたりのそのポケットは確かに大きい事は大きいのだが、誰がどう考えてもそんな物が収まるはずはない。
種明かしをすると、それは特殊な空間を創り物を収容する事が出来る魔法だ。
古の魔女であるドーラ・エイモンが編み出したその魔法は、一見便利そうだが習得にはそれなりの技術を要する上に、物の出し入れは何故か身に着けた衣服のポケットでしかできないという奇妙さであった。
そして、もちろんというか自分の腕力で持つ事の出来ない重さや大きさを持つものを出し入れはできないため、あえて使おうという者はあまりいないというのが実情だった。
「まあ、あたし達の事はどーだっていいわ。 アディンだっけ? あんたはいったい何をしてたわけ?」
少年の茶色い瞳をジッと見据えながら問うリィテアは、言ってから変な言い方をしたと思った。 何をしてるも何もどこかの町なり村なりへでも向かう途中なはずだ。
「僕は……えっと……」
困ったという風に視線を逸らすアディンの様子に、これは何か事情がありそうだと考える。 しかし、強引に聞き出すの良い事なのか悪い事なのか分からず顔だけを横に向ければ、レタスと肉のサンドを手に取ったところだったレイトは「……ふむ?」と考え込む仕草をした。
「リーネの村……そういえば星の堕ちた方角にある村だったな?」
ちょくちょく国内を旅してれば、すべては無理でもある程度の数の町や村の名前や大まかな位置は覚えてしまう。 特に特徴があるでもない農村のリーネの場所を覚えていたのもそのためである。
「……つまりはそれに関係する事でユグドリアを目指しているのではないか?」
不敵な笑みを浮かべて言えば、「……え!? ど、どどどどうしてっ!!?」と驚いた声をアディンが上げたのに、当たりなのかなと思ったリティア。
「自警団員が旅に出ないという事はない……が、あんな事があった後では何が起こるか分からん、そんな状況で村の守りもせずに旅に出るなど普通ではありえんだろう?」
どうだ?と言いたげに不敵な笑みを浮かべるレイトをしばし見つめていたアディンだが、やがて「……確かに、その通りです」と観念した。
「レイト、すごいねぇ」
「まったくです……」
「ふ! このくらい俺にとっては容易い事だリティア嬢にスレイよ」
実際のところは思い付きを言ったようなものでたいして根拠はないのだったが、それを正直に言葉にはしないで格好を付けるのがレイトである。
「……まあ、ともかくだ。 そうであれば尚更事情を聞かないわけにはいかんという事だ」
「レイト君の言う通りですね」
二人の言っている事の意味が分からず「どういう事です?」とアディンが問うと、コップの中身を飲み干したリティアは「それはね……」と悪戯っぽい笑顔を見せた。
「あたし達も同じだからよ、星が墜ちた事でユグドリアへ向かうとこ」
驚くアディンに、「えっと……もちろん、あなたと完全に同じとは限りませんよ」と補足するスレイ。 少なくとも、彼もユグドリア王に面会に行くのが目的という事はないだろう。
「……リティア姫様達も……?」
驚く一方で、噂通りのリティア姫ならこの事態にただジッとしているはずもないようにも思えたアディンである。 そして、そんな彼女達とこうしてばったり出会うという偶然は、あるいは必然ではないかとも思えてくる。
「大丈夫だよ? あなたの事情、話してほしいな?」
本来であれば自分には縁のない存在のはずの一国の姫の表情も口調は、自分達とまったく変わらない同年代の少女のものであり、それでいて人を安心した気持ちにさせる不思議な魅力を感じさせた。
「……どのみち僕一人には重すぎるものか……分かりました」
少女の紅い瞳をしっかり見据えて答えた。
「……とはいえ、どこから話したらいいか……そうですね、”星”の正体から話します」
リティア達は驚きに目を見開き、そして顔を見合わせた。
「”星”の正体は”マナの種子”です、そして今は僕の中にあるんです」
アディンの言葉の意味をリティア達は理解出来なかった。
「マナの種子って……? それにあなたの中に……?」
「その名の通りマナの大樹の種子らしいんですが、それが……」
アディンが不意に空を見上げたので、リティア達も釣られて見上げる。 青い空に白い雲がゆっくりと流れる普段と変わらない空である。
「この空よりずっと高いところから墜ちてきたと……」
「空より高いところ……暗黒世界か」
レイトの言う暗黒世界とは、この世界の外に広がる闇と死の世界の事だ。 伝承レベルの話で実際に視た者は存在しないが、ほとんどのニンゲンはその存在を疑わず信じている。
「マナの大樹も植物なら種くらいあるのは分かりますが、暗黒世界からやって来たというのは?」
スレイの顔は半信半疑という感じだが、アディンはそれが当然だろうとは分かる。
何しろ自分自身も、今でも半信半疑というのが本当のところなのだ。
「それは僕にもさっぱり……何しろ、全部は教えてもらえなかったんで……」
その時に気の抜ける音が鳴り響き、発生源へと視線が集中すれば、そこには少しだけ顔を赤らめ自分のお腹を右手で押さえるアディン。 その光景にキョトンとなった三人は、次の瞬間には可笑しそうに笑い出せば、当人もまた照れ笑いを浮かべる。
「うふふふ。 アディンさん、全然お弁当に手を付けてないじゃないですか、遠慮なさらずに召し上がって下さい」
「ほんとだ……ちょっと! スレイのお弁当はすっごく美味しんだよ!」
「うむ、続きは食べながらで構わんぞ、アディン」
口々に言われて、「そ、それじゃいただきます……」と手近なサンドイッチに手を掴み口に運んで一口齧れば、チーズと野菜の旨みが口に広がり「旨い!」と思わず声に出していた。
その反応に「でしょう?」とリティアが満足そうな顔になりながら、自分も新しいサンドイッチを手に取る。
そして、しばらく楽し気な食事風景が続いた後に「……っと! いけない」とアディンが真顔になったのに、リティア達も口を閉じた。
「それではお話しします。 おそらくは信じられないでしょうけど……」
その時の出来事を、アディンは語り始める……。