旅の少年と野盗団
リティア達は素早く旅支度を済ませて次の日には城を旅立った。
普通に考えれば馬車を使うとこなのだろうが、旅とは自分の脚でするのが信条であるリティアが拒否すれば、「我らが普段使わない馬車などを使っていると何かあったのかと不審がられるかも知れませんよ?」というレイトの援護により、結局いつも通りの徒歩での旅となった。
王都からユグドリアへと向かう街道を無理のないペースで進む彼女達の歩みは順調で、特にトラブルが起こるようなこともなかった。
旅立ちから二日目までは……。
街道を一人で歩いていた少年の前に、十五人程の大人達が立ち塞がった。 剣や斧で武装し少年にそれらを向ければ、どう考えても友好的な雰囲気ではない。
「……真昼間の街道で野盗が襲ってくる、運が悪すぎだよ……」
厚手の服の上に川の胸当てを身に着けたアディン・ランディールは、愛用の長剣を抜くと「でも、襲って来たなら!」と大地を蹴って跳び出せば、野盗達からは三人が彼に向かって行く。
「馬鹿にされてる!?」
「子供相手に全員で行くかよ! 大人気ない!」
斬りかかったてきた野盗の一人――イッチーが剣を打ち込んで来るのを、「そうかよ!」といけ止めたアディンが後ろへ跳んだのは、そこへ残りの二人――ニーノとサンが斬りかかって来たからだ。
「野盗なんてするのだって大人気ないだろうに……」
半分呆れた声を出すと、「いろいろあるんだよっ! 大人にはなっ!!」とニーノの横薙の一撃は、アディンの頭部を掠め黒い髪の毛を数本舞わせた。
「イッチー、ニーノ、サンの連携を凌ぐか……子供にしてはやるか」
野盗団のボスであるモッブ・ヤネンが感心したように呟くのは、アディンは気にしてはいられない。 戦ってみて勝ち目のまったくない相手でもないと思うのだが、それも殺す気でいけばの話だ。
このような場合は殺人を犯しても罪に問われる事はないのではあるが、法で認められていればヒトの命を奪う事への抵抗感がなくなるというものではない。 ましてや生まれ育った村の自警団をしていれば、獣やゴブリンなどはまだしも人間は基本的に捕縛するものであった。
もっとも、それは野盗といえど同じ部分もある。
根本的な話、まっとうに生きていく事が出来ないので生きるために野盗なんぞをしているのであって、別にヒトを殺したいからではない。 もちろん残虐と言うか性格的に殺人も辞さない者もいるだろうが、それにしても無意味に死人を増やせば国や領主も黙って放置してくれるはずもなく、その気になって討伐のための部隊を派遣されればまず勝ち目はない。
なので少し賢ければ不用意に命までは奪うという事はしないのだが、もちろん愚かで想像力に欠けた連中はその限りではない。 そしてアディンの印象としてはそんな連中とも思えず、不用意に殺しにいけば向こうとて自分を殺すしかなくなるだろう。
「僕はこれでも自警団! 十六の子供と馬鹿にしてると……と言いたいけど……」
三人がかりの攻撃を凌いではいても、このままではいずれ他の者達も参戦してくるだろう。 そうなれば自分にしろ野盗の誰かにしろ死者が出ないというわけにもいかなくなってしまう。
その迷いが僅かな隙を作ってしまい、サンが仕掛けた攻撃をへの反応が遅れた。
「もらったっ!」
「……やられる……?」
覚悟した次の瞬間に、背後から飛来した”何か”がサンの剣を弾き飛ばした。 本能的に反撃しようとしたアディンは、しかしイッチーがすかさず援護に入って来たのにタイミングを逃した。
思わぬ事態に相手が三人共後ろへ下がれば、アディンも仕切り直すべく剣を構え直しながら、「はぁ? 女? 眼鏡っ子のメイド?」というニーノの驚きの声を聞いた。
「今のは魔法攻撃か? それに白髪の剣士に赤毛の小娘もだと?」
モッブの視線の先を顔だけ動かし振り返れば、いつの間にか言われた通りの三人が速足でやって来ているのが分かった。 自分達はもちろん、他の野盗達もこっちの観戦に夢中になっていて気が付かなかったのだろう。
「一人の男の子を大勢でって卑怯でしょうっ!」
アディンの前に出た赤毛の少女が野盗を睨みつければ、「野盗ってのはそういうもんよっ! 何が悪いっ!」と言い返すイッチーである。
「正論だな……ただし、悪党のな?」
剣士はゆっくり進み出ながら剣を抜き、更にメイドの少女も「何なんですか、悪党の正論って?」と言いながらやって来た。 どういう三人組だと思いながらも、何故か知ってるような気がしていた。
「…………って! ちょっと待ていっ!?」
モッブがいきなり驚いた声を上げれば、全員が視線を集中させる。
「眼鏡っ子のメイド? 白髪の剣士? そういでもって赤毛の小娘だとっ!? まさか……まさか……!?」
大きく目を見開きながら後退るモッブの様子は、実際道端で大魔王にでもばったり遭遇した時のようであった。
「てめえら……まさかリティア・リュミエーラ姫ご一行かよっ!?」
一瞬キョトンとなった赤毛の少女が「うん? そーだよ?」と肯定すると、モッブを始め野盗達は驚きの声を大合唱めいて一斉に上げ、アディンもまた「リティア姫って……?」と目の前の少女を見つめる。
そして、どうして先ほど彼女らを知っていると思えたかというのを理解していた。
「いやいやいや……ちょっと待て! 普通に考えたら一国の姫だぞ? こんなところにいるわけが……あるわぁぁああああああああっ!! 噂に聞くリティア姫ご一行なら十分にありえるわぁぁぁああああああっ!!!!」
リティア姫がちょくちょく旅して悪党共を成敗しているのは、ソレイユの国民なら大抵の者は知っている事である。 つまり、いつどこに現れても、それが例え野盗の目の前にのこのこ顔を出しても何の不思議もない。
実際のところ、リティア達は別に悪党退治を目的に旅をしているわけでもないのだが、なんだかんだと厄介ごとに首を突っ込んでは野盗だの危険な獣だのを退治しているのは事実である。 いずれにせよ、噂というものは広がる過程で形を変えるものであり、モッブの聞き知った噂がどこまで真実かは定かではない。
「ど、どうすんです親分!?」
リティア達に切っ先を向けて威嚇しながら問うイッチーの声は、明らかに動揺していた。
「どうもこうもねえよっ! 相手があのリティア姫だってんなら勝ち目はねえ、逃げるが勝ちよっ!!」
実際のところ名を騙ってるだけの偽物の可能性はあるが、本物だった場合のリスクが大きすぎる。 まず、一国の姫に手を出したとなれば間違いなく軍が本気になって自分達を討伐に来るだろう、その時点でもやばい。
そしてリィテア姫の場合はそもそも自分達の手に負えるのかという問題も付く。 何しろ、数十人規模の野盗だろうが凶暴な熊の群れだろうが笑いながらどつき倒してきたという噂の姫なのである。
噂なんて話半分にしても、モッブにすれば関わりたい相手ではない。
素早く回れ右して走り出せば、手下達も置いて行かないでくれ~という様子で親分の後に続いていく。
「……って! ちょ……逃げるのっ!?」
意外な展開に驚き声を上げたリティアだが、この時は野盗を倒すのではなく男の子の助けに入ったという意識であったため追いかけて倒すという発想にはならない。
スレイもやろうと思えばファイア・ボールあたりを撃ち込めないではなかったが、それだと確実に死者が出るであろうと思い「……追いかけますか?」と尋ねると「今はそこまでする必要はあるまいよ?」と答えて剣を鞘に戻すレイトだった。