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旅立ち


 どのくらい固まっていたのだろうか、不意に我に返ったリィテアは素早く振り返ると部屋の入口めがけて走り出すが、途中で腕を掴まれた。

 「……スレイ?」

 「落ち着いてリティアちゃん! どこに行くの?」

 「どこって……」

 眼鏡越しに見える友人のグリーンの瞳は普段の彼女とは違う厳しいものである、純粋な身体能力で勝っていても、この瞳で見られてしまえば力づくで振り切って行く事は出来ない。

 「星が墜ちてきた……確かに異常事態ですが、どこに堕ちたのかも分からないまま姫様・・が一人では何もしようもないのではありませんか?」

 そう言われてしまえば言い返せない、咄嗟に駆け出したのも感情に流されるままであり、そもそもどこへ向かうという事させ思い浮かんでもいなかった。 リティアという個人ならまだそれでもいいかも知れない、だがリティア・リュミエーラという王女の立場にあれば、こういう時程きちんと落ち着いていなければならないのだろう。

 「……ごめんね、スレイ」 

 「いえいえ、そういう素直さがリティアちゃん・・・・・ですよ?」

 ニコリと笑顔を向けたスレイの表情は、次の瞬間には険しいものへと変わっていた。

 「……とはいえ、いったい何が起ころうとしているの……」


 

 執務室の椅子に腰かけ難しい顔をしてたクロウは、娘の様子を見に行かせたアクア・ジーニアスからの報告に少し安堵したように息を吐いた。  

 星の落下の知らせを伝えに来たアクアにそのままリティアのところへ行かせたのは、彼女の先生であるアクアであれば早とちりの行動を抑えられるという判断だ。

 「……この事態にリティアがよくも我慢できたものだ……スレイが抑えてくれたか……」

 すでに日も落ち窓の外は暗いが、数時間程度で情報を収集出来るはずもなくソレイユ国王として何が出来ているわけでもなかった。

 「スレイちゃんもレイト君も本当に無茶な事はリティアにはさせまんよ?」

 アクアはいわゆる宮廷魔術師であり、リティアに勉強や魔法を教えている先生でもある。 すでに七十近い時間を生きているにもか変わらず、外見的には四十半ば程に見えるのは、マナの扱いに長けた魔法使いなどは肉体をある程度若いまま維持する事が出来るからである。

 「それに関しては私も信用しているよ」

 何だかんだ言っても本当にダメと思う事をあの二人はリティアにはさせないし、彼女も彼らの本気の静止を我がままで無視はしない。 ならばもっと日頃のやんちゃも止めてほしいものだと考えながら隣に立つ妻を見上げれば、自分の内心を見透かしたように笑っているのにムッとなりもした。

 「……とにかくだ、ノースト・ラダムスの予言通りに事が起きてしまったわけだが、これでマナの大樹の終焉がやってくるのかどうかだが……」

 魔法という力は存在していても、未来を見通す魔法などは存在を確認されておらず、クロウは信じてはいなかった。

 「数百年も前の人物の残した魔導書に書かれていた予言……ノースト自体は優れた賢者として記録があります、まったくの出鱈目というものでもないでしょう」

 アクアの答えに「……可能性はあるというわけか」と溜息を吐いたクロウは、机の上に広げておいた地図を見る。 このソレイユ国内を書いた地図上に引かれた黒い線は、この王城から星が墜ちたとみられる方向である。

 「それにしてもいったい何が墜ちてきたのか……方向こそ分かっていても正確な位置が分からなくては調査範囲も広がりましょう……」

 「そういう事だミトラ、人手もいるし時間も掛かろう……」

 その方向にある町や村に兵を派遣して情報収集にあたってはいるが、逆言うと今はそれくらいしか出来ることがないという事だ。

 「もしもマナの大樹に異変が起こっているならユグドリア王国が動いていましょうが……」

 アクアの言うユグドリアとはマナの大樹を守護する国である。 もっとも、国と言っても人間の国ではなく、ユグドラ人という特殊なニンゲンが中心となって統治されているのだ。 

 「大樹の守護国のユグドリアならすぐに動くだろうが……」

 異変が起こっていればである、偶然というのも変だが、星が墜ちた事は予言とは無関係な事象である可能性をクロウはまだ否定していない。

 「ならばこちらから誰かを派遣してみては? 向こうも”星の落下”に気が付いているとも限りません」

 ミトラの提案はクロウも考えてはいた、距離を考えればユグドリアからも観測出来ている可能性の方が低いだろう。

 「だが誰を送ったらよいものか?」

 何もなければ良いが、万が一の場合はすぐにその場で対処をユグドリアの王家と検討出来るように相応の立場にある人物でなければいけないだろう。 必要とあらばそのままユグドリアと協力し対処出来る能力があるのが望ましい。

 その反面、現段階で大事にしてしまうのも避けたいという思いもあった。 国の重要な役職の者を一人で使いに出せるはずもなく、護衛や其の他諸々でそれなりに目立つ規模な使節団にならざるを得ないだろう。

 当然、町や村によらずに旅も出来ず、目立ってしまうのは避けられない。

 「星の堕ちた現象がどの程度の範囲で目撃されているかはまだ不明ですが、そんな時にソレイユが使節団を派遣する……明らかに大事になっていると国民に思わせてしまいますからね……」

 「ノーストの予言は一般大衆に広まってるものではないが、知らぬ者がいないわけでもなかろうからな」

 野盗や危険な獣の存在はあっても、それなりに人や物資の行き来が盛んになるくらいに平和なソレイユであれば、噂の広がりの速さも侮るわけにはいかないのである。

 「……つまり、それなりの立場にあり、目立たないくらいの少数で多少のトラブルはどうにかしてしまうくらい強く旅慣れた子達・・が適任という事ですわね?」

 「ミトラ……」

 わざとらしくすっとぼけた言い方の妻を睨むと、「うふふふ……」といたずらっぽい笑いを返されれば、やれやれと肩を竦めるしかないクロウであった。

 


 リティア達三人が王の執務室に呼び出されたのは、星の落下から一夜明けた朝であった。

 「あたし達がユグドリアへ?」

 首を傾げる娘に、「そうだ」と頷くクロウの机の両脇には、アクアとミトラも立っている。

 「このタイミングでという事は、そういう事ですかな陛下?」

 「何がそういう事なのか分からんが……まあ、君の思っている通りだとは思うぞレイト」

 気取った言い回しのレイトではあるが、彼は決して理解力のない馬鹿ではない。 それはスレイも同じであり、「……どゆこと?」と更に首を傾げるリティアに……。

 「私がユグドリアに行って星の落下を知らせたうえでマナの大樹に異常がないか確認して、更に必要なら協力して対処してきてという事ですよ」

 ……と説明する。

 それから「ですよね陛下?」とクロウを見やれば、彼は頷き肯定した。

 「もちろん可能な限り極秘裏にですよ? 現段階で国民をこれ以上に不安にしても意味はありませんからね?」

 アクアがリティアを見て言うのは、彼女が多分まったく分かっていないという判断である。 決して勉強が出来ないという事もないリティアであるが、タイプとしては考えることが苦手で身体の方が先に動くという方なのだ。

 「そっかぁ……あんなもの見ればみんな不安になっちゃうもんね」

 「そういう事ですよ、リティア」

 だが、きちんと説明してあげれば決して理解力は悪いわけではない。

 「……って言うかお父様? マナの大樹を見てこいって、やっぱりノーストの予言なの?」

 「その可能性はあるという事だリティア。 予言が外れていればそれに越したことはないが当たったとなれば一大事だ、何か対策を取らねばならん」

 マナの大樹の終焉という事態に対策のしようがあるのかという問題はあるが、それを今はまだ言葉にして口に出す必要はない。 そんな事は現状では考えようもないのだから、今は情報を集め整理する方が大事なのだ。

 「うん、分かったよ。 すぐに準備して出かけてくるね」

 リティアの言い方は観光にでも行くかのような軽いものであったのに、クロウは不安を感じないでもなかったが、このような事態であってもこの娘らしいと安堵する自分に気が付いていた。

 「うむ、頼むぞ。 なお、言っておくが……」

 厳しい顔を作り娘の顔を見つめるクロウに、「何?」とリティア。

 「確かに無意味に大慌てする必要はないが、のんびりしててもいいものではない。 だから無駄な寄り道・・・なんてするなよ?」

 この場合の寄り道とはリティアが道中で困っている人々を助けるべく事件に首を突っ込んでしまうという意味だ。 無論、クロウもそれが悪い事とは思わないし、どうしてもという程に緊急性があるのであればやむを得ないとは考える。

 言われた言葉の意味が分かっているのかいないのか「ん~~~~~?」としばし唸っていたリティアは、次の瞬間には屈託のない笑顔を父親に見せた。

 「努力はしてみるね」

 半ば予想通りの答えに「お前は……」と呆れ顔になったクロウは、無言でレイトへと視線を向ける。

 「俺も努力はしてみましょう……が、陛下のご期待に添えられるかどうかの自信はありませんな」

 次にスレイを見れば彼女は黙って頭を下げた、つまり”無理です、申し訳ありません”という意思表示だ。

 「…………やはり不安だ……」

 がっくりと肩を落とすクロウを、ミトラとアクアは苦笑を浮かべながら気の毒そうな表情で見つめたのであった。

  

  

 


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