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始まり……


 「何度言えば分かるのだお前はぁぁああああああっ!!!!」

 玉座から立ち上がり怒鳴ったのは、このソレイユ王国の国王であるクロウ・リュミエーラである。 間もなく四十に届こうという年齢の割には若々しい外見のクロウの視線の先にいるのは、娘であるリティアと彼女の従者でもあり幼馴染みの友人であるレイトとスレイだ。

 彼女らをこの謁見の間に呼び寄せお説教している理由は、帰って来たタイミングが謁見の直後だったからである。 そして十中八九トラブルか何かに首を突っ込んでいると思いつつ話を聞いた結果なのだ。

 「さっきも言ったでしょう、ゴブリン退治!」

 悪びれた様子もなく答える娘に「そんなの分かっとるわっ!!」と、もう一度大声を出し、それから大きく息を吐くと腰を下ろす。

 「社会勉強を兼ねて国内を旅するのは別に良い……が! 仮にも一国の姫がゴブリン退治などしてどうする! 何かあったらどうするつもりだ!?」

 特別な行事の無い時にレイトとスレイを連れて行くという条件ではあるが、基本的にリティアは好きな時に国内を旅することを認められていた。 

 リティアより一つ上のレイトはこの城でトップ・クラスの剣の腕を持っており、物語の主人公のような格好つけた口調を好むという変な趣味はあるものの知識や判断力も優れている。

 一方のスレイは二人より年下であるが、母親仕込みの家事の腕と魔法を使いリティアをサポートしている。 昔は何でメイドが魔法?と疑問に思っていたものだが、今はそれも納得しているスレイである。 

 それは城にこもっていては決して学べない事を学ばせるためと、常日頃からの国民との交流を持つ事を大事と思う故の教育方針であった。 別に伝統でもなければ強制されているものでもないが、リティアは城にいる方が少ないのではと感じさせるくらいにしょっちゅう旅に出かけていた。

 だが、だからと言って立ち寄った村でゴブリン退治という危険な事をする必要もない、それは国と国民を守るべき兵士達の仕事だ。

 「ん~~? だってさ、困ってるって言ってたしね?」

 立ち寄った村に近くにゴブリンの集団が住み着き悪さをしていて、小さな村の自警団では少々手強い数だと聞けば、自分がやった方が手っ取り早く済み村の人も助かるだろうという判断だった。 

 「姫という立場を考えて勢いだけで行動するなと言っている!」

 娘達の強さは十分に承知していても、万が一に不覚を取ってしまうのは誰にでも起こりうる事である。 一般の兵士であれば犠牲になっても良いという考えは良いとは思えずとも、人の上に立ち国民を守るという責任を負っているとなればそれも割り切るしかない。

 しかし、リティアが将来に国を背負う者であるからというのも本心であっても、一人の父親として娘を心配するという気持ちがあるのもまた本音である。 生身の人間であれば仕方なくとも、それをエゴと感じずにはいられない。

 「……だいたいだ。 レイトにスレイ、君達も何故止めないのだ! それが二人の役目であろう?」

 厳しい口調であるにも関わらず、レイトは「……ふっ!」と笑ってみせ、スレイは困ったように苦笑した。

 「陛下はまだ分かっておられませんか?」

 どこか小馬鹿にするようなレイトの口調だったが、クロウはそれに対し怒る事はしなかったどころか、「……な、何だ?」と少し気圧された様子ですらある。

 「やる気満々のリティア嬢をですよ? 我ら如き止められると本気でお思いですか?」

 「……な……!?」

 クロウが僅かに視線を動かしメイドの少女を見やれば、彼女もその通りという風に何度も頷く。

 「……ぬ……ぬぬぬ……」

 何とか言い返そうとしても、結局は何も言うべき言葉がみつからなければ……。

 「……だよなぁ……」

 ……と、無念そうにうなだれるしかなかったのであった。 

 

 

 ガラス窓越しの空が赤くなってきたのを眺めていたリティアが振り返った先には、ソファに腰かけているスレイが手に持っていた陶器のカップをテーブルの上に戻す。 その向かいにあるカップは、スレイが用意しリティアが中身の紅茶を飲み干したものだ。 

 王城に仕えるメイド達を束ねるメイド長を母親に持つスレイは、立場上は従者であってもリティアには大事な友達であり、スレイの方も公の場以外ではなるべく友人であるよう努めている。

 それは騎士団長の父を持つレイトも同様だ、それが彼女ら三人の昔から変わらない関係であり、リティアはこれからもずっとそうであると思っている。

 「お父様の言ってる事も分かるんだけどねぇ……」

 「目の前で困っている方がいて、ご自分に何とか出来る力あれば見過ごせない……リティアちゃんらしいですよ」

 女の子が二人で過ごすには広いリティアの自室には、豪華というよりいかにも女の子らしい可愛さのある家具が置かれている。 天井にいくつかある白い半球体は夜に部屋を照らす明りを創りだす装置だ、マナをエネルギー源とするこうした装置は王城だけでなく一般的な家庭であれば十分に普及している。

 「お父様やお母様にはさ、将来は女王になるんだからって言われても、そういう自分って全然想像出来ないや……」

 理屈では分かるくらいには教育を受けてきても、まだまだ実感を伴うものではない。

 「そうですね。 女王様なリティアちゃん……私もちょっと想像出来ません」

 「だよねぇ……って! それはそれで酷くない!?」

 「そう? うふふふ……」

 女の子同士の楽し気な会話と同じ時刻のリビング・ルームでは、クロウ・リュミエーラが疲れた顔でテーブルの上のコースターに一口啜った紅茶のカップを置いた。

 「……まったくな、腕白なのも結構だが……親の気持ちというのも考えられる年頃だろうに……」

 そんなクロウに対し「あら? あなたも若い頃はずいぶん腕白だと思いましたが?」と可笑しそうに笑うのは、向かいに座る王妃であるミトラ・リュミエーラである。

 「……それは認めるがな、大人になり親となってみればその気持ちも理解出来るようにもなるという事だ」

 向かいに座る妻は自分と同じ年であるが、こうやって笑う時は何故か子供っぽい顔になっているように見えた。

 「お前がそう甘いからリティアがああなるのではないか?」

 「あらあら、あなたが過保護なだけですわ」

 言い返せないのは多少は自覚があるからだった。 娘を持った父親というのもはこうなるものだと思いたいものだが、それをミトラに言ってみせる勇気もない。

 「……ですが、それでいいのかも知れませんね」

 「ん?」

 ミトラはしばし目を伏せ、それから真剣な表情でクロウを見つめる。

 「己の子だけを大事し他をないがしろにするは愚かな行為ですが、己の子すら大事に出来ない者に国を、そこに住む民を大事に想えましょう……」

 そうかもなとクロウは思う、王であろうが自分の子供を大事に思う気持ちはヒトとして当然あるものであり、それがないというのはその者は誰かを大事に出来る心を持っていないという事になるのだから。

 「確かに……」

 最後まで言えなかったのは、勢いよく扉をノックする音に続き「陛下! 緊急事態ですっ!!」という女性の声が響いたためだった。

 「……アクア? アクア・ジーニアス?……何を慌てているでしょう……?」

 ミトラが怪訝そうに夫の顔を見つめれば、彼も同じような顔で妻を見返した。 

 



 目を見開いたまま立ち尽くすリティアに「リティアちゃん!? どうしたの!?」と呼びかけるスレイの声は、確かに彼女の耳には届いていたのだ。 しかし、それにこたえる事も出来ないほどに衝撃的な光景を見てしまった。

 まだ十分に明るい空に星のような光が現れたと思うと、それが尾を引きながら地上めがけて急降下し消えたのである。 十七年生きてきた中で一度も見たことがないその光景は、物珍しさではなく不気味な不安を感じさせていた。

 「……星……星が…………」

 すぐに思い出せた程に鮮明な記憶だったわけではないが、その非現実な光景は幼い頃に聞いた不吉な予言の言葉を掘り起こさせるには十分過ぎた。 どう言葉にして良いか分からない不気味な不安が広がっていくのを感じていた。

 「星? 星って……?」

 空はまだ明るく、一番星が視えるにしても少し早いはずだ。

 「星が……墜ちてきた……!?」

 駆け寄ろうとしたスレイは、その言葉にギョッとなりその場で固まっってしまったのは、彼女またその事を知っていたからだ。

 「まさか……ノースト・ラダムスの予言だというのですか……?」

 



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