お転婆姫
棲み処である洞窟からわらわらと湧き出てきたゴブリンの総数は、およそ40匹にはなるだろう。 緑色の肌を持った子供ほどの身長の亜人は、粗末な棍棒や短剣で武装している。
「うわぁ……こんなにいたんだねぇ……」
驚いたというよりは感心したという風な声を上げたのはリティア・リュミエーラという十七歳の赤髪の少女である。
「人間の子供が三人か、俺様達も舐められたもんだ……やっちまえ!」
ゴブリンのリーダーであるザッコウの合図と共に、ゴブリン達は一斉に駆け出すのに、メイド服を纏った藍色の髪の少女が両手を天に翳した。
「数が多いとはいえ所詮はゴブリン、お前の眼鏡を外し魔眼の力を開放するまでもないな?」
黒いライト・メイルを身に着けた白髪の少年が言うのに、メイド服の少女は「魔眼って何ですか魔眼って!!」と言い返すのと同時に、翳した手のひらの先に真っ赤な火球が出現した。
「ファイア・ボールでも、この数じゃ一撃とはいかなくても……」
スレイ・チコットという名の少女が腕を振り下ろすのは、直径一メートル程に膨れ上がった火球を投げつけるかのようであった。 そして驚き立ち止まってしまっていたゴブリンらの中で炸裂した炎の魔法は、轟音と共に彼らを吹き飛ばす。
「うわ……思ったより倒せなかった!?」
「十分だ、スレイ!」
それでもまだ半数以上が残っている中へ、剣を抜き躊躇なく斬り込むのがレイト・ヴィヨンドである。
「ゴブリン共め! 我が魔剣の力を見せてやろうっ!!」
「……別に普通の剣でしょうっ!」
スレイのツッコミを気にもせず振るわれる剣は、次々とゴブリンを斬り倒していき、数分足らずでその数を一桁まで減らしたところで突然後ろへと跳んだ。
「どういうんだ……?」
「こんなところかな? 真打の出番といこうか!」
不可解という顔のザッコウに答えつつリティアを見やれば、「うし! じゃあ、あたしの番ねっ!」と地を蹴っていた。 敵の数が減るのを待っていたというのは事実だが、どちらかと言えばレイトとスレイに待たされていたというのが正しい。
「素直にごめんって言えば許してあげるよっ!」
言葉と同時に、リティアの右腕に白い光のブレードが出現した。 手の甲から伸びた刃の長さは四十センチくらいであろう。 マナを集中させ創り出すこの光の刃は、マナ・ブレードという魔法の一種である。
「ここまでやって投降せいかよ……おべばっ!?」
向かって来たゴブリンを斬り倒してから、「……まあ、そっか……」と呟く。
「でもねっ!!」
棍棒を振り上げたゴブリンの腹を蹴りつける、リティアのスカートの丈は短くともスパッツを穿いていれば、このような行動も躊躇はしない。
「あんたらが悪い事をしなければ、あたし達だって別に何もしやしないわよっ!!」
そして相手の胸を貫き倒すと、素早くそれを引き抜き更に迫ってくる三体のゴブリンと向き合う。 棍棒を持ったのが二体でもう一体は木材伐採用の斧であった、更にその五メートル後ろで長剣を持ったのがボスだとリティアには視えた。
「逃げるつもりはないかぁ……」
この場で見逃したとしても、たった四体では人間相手に悪さしようもなく何ら脅威にはなる事はない。 仕方ないとなれば命を奪うという行為は躊躇わないでも、無意味に命を奪うのは良しとは出来ない。
「なら……しゃーない! 一気に勝負をつけるよっ!」
リティアは左手を前に翳すと精神を集中させた、魔法を使うためには大気中にあるマナを集めねばならないからだ。 すばやくその作業を完了させた少女の掌の先には、スレイが先ほど創ったものと同等の火球が現れる。
「相変わらず私より早いですね……しかもマナ・ブレードを展開したままでやってみせるのですからすごいです」
「リティア嬢の生来の魔力の強さ故だな」
魔力とはニンゲンのもつマナを集める力だ、強ければ強いほどに大量のマナを素早く集める事が出来る。 生まれつきの強さに差はあれど、修行により覆せない程に絶対的でもないが、やはり素質のある者が真面目に鍛錬すれば差が出てしまうのは当然ではあった。
もっとも、それだけが魔法の腕の良し悪しを決定的にする要素でもなく、ましてや戦いの道具とするだけが魔法でもないのもまた事実である。
「マジか……つか! おい、ちょ……」
ザッコウは慌てて叫ぶが、「いっけぇぇええええええっ!!!!」という掛け声と共に、無慈悲にファイア・ボールは放たれ……。
「「「「「あいぇぇええええええええっっっ!!!!?」」」」」
……手下と共に爆発に飲み込まれ、消えたのであった。