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「夢楼閣」~愛玩AI『Amanda』~  作者: 大和撫子
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第四話 Master

「お早うございます、マスター」


 アマンダは丁寧に頭を下げる。


「お早う、アマンダ」


 リヒトは蕩けるような笑みで応じる。


「そう緊張せずとも大丈夫だ。仕事は少しずつ覚えて行けば良い。セバスチャンにじっくりと教わると良い」


 と続けた。アマンダの隣に控えている白髪の老紳士が、深々と頭を下げる。


「お任せ下さいませ」


 彼は少し長めにカットされた白髪をきっちりとオールバッグに撫でつけ、整った顔立ちの者であった。78歳にしては高めの身長、細い体を黒のスーツに包み込んでいる。瞳の色は思慮深さと賢さの光を宿すグレーである。まさに老紳士と呼ぶに相応しく、リヒトの執事を55年もの間たった一人で務めてきたのであった。


「さぁ、参りましょうか」


 セバスチャンは穏やかにアマンダを促す。二人はリヒトに深々と頭を下げるとその場を辞した。


「私があと二年で引退するのでね。一年かけてじっくりお教えしますからね。残りの一年は、あながた一人仕事をこなし、私はそれを見守って時にアドバイスをしたりする事と致しましょう。あなたの教育は全面的にリヒト様に任されていますから」


 と彼は穏やかに微笑んだ。


 何もかもが初めての大邸宅での経験。何よりもこのように大切に扱われた事に戸惑いを覚える。けれども嬉しかった。必要として貰える事に。だから一日でも早くお役に立ちたい、そう決意を固めるアマンダであった。


 まずはベッドメイキング、布団の干し方、洗濯に仕方を教わった。雨の日の洗濯の仕方、更にアイロンのかけ方も。それから部屋の掃除の仕方、を教わり、食事の作り方はまず食材を切る事から始められた。一日があっという間に終わってしまうほど覚える事もやる事も山積みだった。


……セバスチャンさん、この広いお邸を全てご自分の手でなさっていたなんて凄い……


 アマンダは感心し、そして憧れた。彼は生身の人間なのだ。いや、人間だからこそ己の意志の力で拘りと誇りを持って続けてこれたのかもしれない。



 2200年代になると、食事は高度な科学により栄養剤と水で済ませる事も出来るようになっていた。食事を堪能する際は自宅のAIが作るか宅配で注文するのが一般的となっていた。洗濯や掃除に至ってもAIが担当していた。AIは必ずしも人型とは限らないが、ほとんどの家庭に最低一台は、AIがいるのが通常だ。


 人間とAIは共存していた。


リヒトの仕事は医薬品の開発と植物の再生の研究に携わっているとこ事だ。2100年代から、地球上から植物絶滅状態になって来ている為、彼の研究は世界中が注目していた。




「どうした? 何を泣く?」


 リヒトは優しくアマンダに声をかける。


「一生懸命、頑張っているのですが、どうしても料理は苦手なようで。まだこちらに来てから八日目ですし。焦る必要はない、と言ってはみたのですが……」


 セバスチャンは困惑気味に答えた。アマンダは胡瓜の千切りから教えられていた。しかし何度やっても千切りでは無くぶつ切りになってしまった。


……どうして、AIになった筈なのにこんな事も出来ないのだろう? もしかして、実験は失敗に終わったポンコツなのかも知れない……


 そう思ったら、とても悲しくなって泣きたくなった。自然に涙が溢れてしまった。セバスチャンは必死に慰め、勇気づけようとしてくれたが……そこに、たまたまリヒトが通りかかったのである。アマンダは両手で顔を覆ってしゃくりあげていた。


 リヒトは優しい眼差しでアマンダを見つめると、彼女の目線に合わせてしゃがみ込み、右手を上げて柔らかなプラチナブロンドの頭を撫でた。ビックリしたように顔を上げるアマンダ。彼女の大きな菫色の瞳には、あるじの美しいコバルトブルーの瞳が映し出された。限り無く優しく自分を見つめる瞳に、信じられない思いがした。


「セバスチャンの言う通りだ。まだ来たばかりじゃないか。お前はAIと言っても敢えて人間と変わらないように作られたのだ。苦手な事、得意な事があって当たり前だ。ゆっくりと克服していけば良い。得意な事は伸ばしていけば良い」


 ゆっくりと穏やかに諭した。アマンダにはそれが、神の慈悲の言葉に聞こえた。自分のような出来損ないを拾ってくれただけでなく、仕事を与え大切に育てようとしてくれるとは……。


……この方に、私の全てを捧げよう!……


 アマンダはこの時決心した。


「出来るだけ、得意な分野を見つけて伸ばしてやれ」

「承知致しました」


 セバスチャンにそう命じると、リヒトはその場を後にした。丁寧にお辞儀をして見送るセバスチャンに、


「あの、有難うございました」


 と慌てて頭を下げるアマンダ。リヒトは気にするな、というように軽く右手を上げ、去って行った。




「うわぁ、昨日より生き生きしてる気がします」


 アマンダは目を輝かせる。


「これは驚いた。植物はあなたにお水を貰うととても喜ぶようだ」


 セバスチャンは驚きの声を上げる。庭の手入れをアマンダに教えたところ、植物が日増しに元気になって行くのを目の当たりにしていた。


「これは素晴らしい! あなただけの特技ですよ」


 とアマンダの頭を撫でながら優しくそう言った。


「……私、だけの?」

「ええ、そうです。あなた以外、このような事はできませんから。もう少ししてお手入れの仕方に慣れたら、このこのお邸の植物全てはあなたの担当に致しましょうね!」

「担当……? 私、の……?」

「ええ、お任せしますよ」


 徐々に徐々に、全身に嬉しさが広がって行く。生まれて初めて、存在を認めて貰えた事を実感した瞬間だった。


「おやおや、泣き虫さんですねぇ、アマンダは」


 セバスチャンはそう言いながら立ち膝になってアマンダに視線を合わせる。そしてそのまま頭を撫でながら


旦那様(マスター)は、あなたの事が必要だからここに連れていらっしゃったのですよ。ですから、ご自分の事をもっと信じて誇りを持ちましょう。あなたの代わりは、誰もいないのですから。この植物園は、地球にとってとても重要な研究場でもあります。このような重要な場所をお任せ出来るのは、あなたしかおりません」


 と穏やかに諭すように言った。



 それから二週間後、リヒトの三階の書斎から植物園である庭を見下ろすと、笑顔で植物と会話をしながら手入れをしているアマンダを見かけるようになる。

 彼の庭は、植物が絶滅の危機にある地球にとっても貴重な研究場所となっていた。


「松の木さん、ここを切って欲しいの?」

『そう、もう少し左側、もう少し、そう、そこ』


 パチン、と枝用の鋏を器用に使って松の枝葉を切る。アマンダは植物と会話をしながら、水や肥料の調節を行い、枝葉を切ったりするようになっていた。庭の手入れを単独で任されるようになってから三日目の事である。


「AIとしての能力が生かされる場所が見つかったようだな」


 リヒトは書斎から庭を見下ろし、アマンダの生き生きとした様子を見ていた。


「はい。そのようで安心致しました」


 背後に控えていたセバスチャンは正直に答える。


「もしかしたら、動物にもその力が発揮できるかもしれん。試してみたい。仕事の合間に、アマンダを連れて小動物を買って来て欲しいのだが」


 リヒトはやんわりとセバスチャンに指示を出す。


「承知致しました」


 セバスチャンは深々と頭を下げ、その場を辞した。再び庭を見下ろすリヒト。その瞳はいつになく冷たく冴えていた。心なしか、冷淡に感じるほどに。

 

 アマンダは生まれて初めての外出先にワクワクしていた。


「これを着なさい、マスターからだよ。少し大きいかもしれないけど」


 そう言ってセバスチャンから渡された服は淡いパステルブルーのAラインの、シンプルで可愛らしいワンピースだった。それと白いサンダルである。普段、仕事で着るメイドの服も、フリルがたっぷり入った黒いワンピースに純白のエプロンドレスで、19世紀のビクトリア王朝を思わせる上品で可愛らしいものなのだ。

 パステルブルーのワンピースと白いサンダルはほんの少しだけ大きかったが、ほとんどピッタリだった。セバスチャンが運転する黒い高級そうな車に乗せられて向かった先は


「可愛い……」


 ペットショップだった。


 この時代、車の運転は行き先をカーナビゲーションに伝えれば自動運転がされるシステムに統一化されていた。車は道路を走るのではなく、5m上の空中を飛ぶ。道路は歩行者が使用するのである。


「どれでも好きな子を選びなさい」

「え? 宜しいのですか?」


 アマンダは目を見開き驚く。セバスチャンは優しく微笑み、頷いた。


「ここはね、少し体の弱い子、生まれつき体の不自由な子たちが集まるお店なんだよ」


 セバスチャンの説明に納得するアマンダ。可愛らしいけれども、どこか弱弱しい。そんな印象を受けたからだ。子猫、子犬、リス、ウサギなどがガラスケースに並ぶ中、自らがAIショップで売られていた事が頭を過る。やがて右目が閉じたままの真っ白い子犬と目が合う。開いている左目は、大きな巨峰色の瞳だ。澄み切った瞳で、アマンダを見つめた。


「あの、この子がいいです」


 アマンダは迷わずその子犬を選んだ。


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