俺、畑を耕す
そして俺の新しい生活が始まった。
村に養われながら、帝国兵が来るのを待つ生活だ。
村の家を一軒あてがわれたので、そこでゴールと寝起きしている。
ここで俺は大変な気づきを手に入れた。
「これ、やっぱり夢じゃなくね?」
「夢じゃないって。スタンを連れて行くって言ったっしょー」
「そうだな。それに、何日たっても命題が配られない……。TRPGのセッションですらないぞ」
「それはそうよ。現実だもの」
村人からもらった麦やら芋やらを、塩と水で煮込みながらゴールが言う。
そこに俺は、肉を千切って放り込む。
「もらった干し肉だけじゃ足りないな。セーフリームニル、肉を出してくれ」
「ぶーいー」
俺の呼びかけに応じて、うりぼうがトコトコ走ってきた。
そして猛烈な勢いでブルブルブルブル振動を始める。
やがてセーフリームニルの輪郭がぼやけて、その隣にもう一匹のセーフリームニルが……いや。
骨付き肉が出現した。
見事なマンガ肉である。
これをさらに千切り、鍋に放り込む。
「無限に肉が増える猪……!! 便利ねえセーフリームニル」
「そうだぞ。しかも寝る時はもふもふいじりながら眠れる」
「いいなあ。たまにはあたしに貸せ」
「いやだぞ」
「エインヘリヤルのくせに心が狭い奴……! ちょっと服を着たからって調子に乗って」
そう、俺は服を着た。
ここが夢では無いのなら、服を着ていいのである。
俺の体格からすると、村人の衣服ではサイズが合いづらいので、毛皮をもらった。
それを適当につなぎ合わせて羽織っているのだ。
これで俺は、大変に蛮族チックな見た目になった。
漆黒の毛皮の上に、端正なスタンの顔がついているので、アンバランスなことこの上ない。
料理ができあがった。
鍋から木の器に中身を移し、ずるずると啜る。
セーフリームニルにもやるのだ。
うりぼうはフゴフゴ言いながら、お皿に鼻を突っ込んでもぐもぐ食べている。
「暇ねえ」
さっさと食い終わったゴールが、ダラけた風に言った。
こいつ、ヴァルキュリアのくせに今は鎧を適当に投げ捨てて、腰で縛ったワンピースみたいな格好のままダラダラ地面に寝転がっている。
かなり美人だしスタイルもいいんだが、あまりにも中身とか性格がアレすぎて全然グッとこねえ。
「あの、全裸様」
扉がノックされた。
「おう」
俺が顔をだすと、そこにいるのは村娘ソフィだ。
「おはよう。今日も帝国は来ないか?」
「幸い来てませんねえ。全裸様たちには待ちぼうけさせてしまって、本当に申し訳なく……」
「ああ。退屈で溶けてしまいそうだ。そこのヴァルキュリアは溶けた」
「ああー。セーフリームニルふかふかしてて気持ちいい~」
「ぶいー」
あの女、俺のうりぼうを勝手にもふもふしてやがる!?
これはあれですわ。
全面戦争待ったなしですわ。
今ここにラグナロクが顕現しますわ……。
「もしお暇なら」
エインヘリヤルとしての全力を以って、セーフリームニルを取り戻そうと身構える俺に、ソフィの声が掛けられた。
お陰で、気が散る俺。
彼女は今、自分の村と世界を救ったのである。
「もしお暇ならですけど、畑を耕してみませんか? 実は、村の人数が足りなかったので、放棄された畑がありまして……。雑草が深く根を張ってしまったために、まともに耕す事もできず」
おっ、畑仕事とな?
悪くない。
ゴロゴロ転がっていては尻に根が生えてしまうからな。
「おい、行くぞゴール。堕落したヴァルキュリアよ」
「失敬ね! あたしは今、聖獣セーフリームニルと触れ合うことで徳を高めている最中……。我がエインヘリヤル、スタンをサポートできるように、こう見えて常に鍛え続けているのよ……。ああーこの手触りぃ」
「こいつはもうだめだ」
俺は諦めた。
ぶらぶらと畑に出ていくことにする。
案内されたのは、見事なまでに荒れ放題の野原だ。
野原である。
断じて畑ではない。
「ここです」
「野原だよな?」
「畑です」
「野原」
「畑です」
強い。
この村娘、何気にハートが強いな。
「全裸様の力があれば、これくらいの畑なら楽なものでしょう」
にっこり微笑むソフィ。
こいつめ、俺なら大丈夫だと思って無茶振りして来やがる。
まあ大丈夫なんだが。
人間ってのは慣れる生き物なので、俺がどこまでも期待に応えてしまうと、彼らはされて当然みたいになってしまいそうだな。
だが、英雄スタンとしては、やはり期待には応えねばなるまい。
レベル21特技、グランド・シェイカー。広範囲の地面を揺らし、地上の対象に一度にダメージを与える特技だ。ちなみに空を飛んでいる相手にも、地面がまるごと跳び上がってぶつかるのでダメージが入る。
本来なら、高レベルエネミーをまとめて粉砕する高威力の特技だが……。
ここは、思い切り手加減して使用する。
「そぉいっ!!」
振り上げた両手を、地面に向けて叩きつける。
その瞬間、地面が震えた。
具体的には、周囲数キロがまとめて空に向けて跳ね上がった。
で、下に落ちる。
そりゃあもう、なかなかの衝撃だ。
並の住宅などでは一溜りも無く崩れてしまうだろう。地震対策とかされてないだろうからな。
……あ、やべえ。
「ひ、ひいい」
ソフィは完全に腰を抜かしている。
さぞやびっくりしたに違いない。
ちなみに、特に衝撃が集中した野原は、生えている草木が一本残らずえぐり出され、地面の上に横たわっている。
正に、根こそぎというやつだ。
「ソフィよ……。すまん、やり過ぎた」
「ひゃ、ひゃい……」
いけないことをしたら、素直に謝るのが大事なのだ。
俺はこの素直さで、長年のキャンペーンシナリオを波風立てずにやってきた。
しかしまさか、畑を耕すために戦士の超上級特技を使うことになるとは思わなかった……。
「スタンー!! 家が崩れたんだけどー! てか、村が瓦礫だらけなんだけど!? あたしたち、このままだと今夜野宿じゃない!」
セーフリームニルを抱いたゴールがやって来て叫んだ。
それはまずいな。
ゴールはともかく、村人たちの家をなんとかしないと。
※命題が配られない
実質何をやっていいか分からない状態である。
※マンガ肉
一度は食べてみたい。
※服を着た
文明化したスタン。だがパンツは履いていない。合うサイズのものが無いからだ。
※野原
数年前は畑だったらしい。