英雄の弟子、魔の城へ突入する
「ここからは手分けはするべきじゃないだろう。隠密行動よりも、大事なのは戦力だ」
スタンの助がそう口にした。
又佐としても同意だった。
城に入ってから、あたりの空気が重い。
風はよどみ、どこからか甘ったるい匂いが流れてくる。
そこかしこから笑い声や、囃し立てる声が聞こえ、でたらめな演奏が鳴り響いている。
「ここは、異界の類か」
「恐らく、ディスティニーの一種であるマヨイガの効果だな。所持している家屋を、自分を有利にするための結界に変えてしまう。ってことで、敵の本拠地だ。気を抜くなよ」
スタンの助に言われずとも分かっている。
「行くぞ」
又佐は仲間たちを促した。
城とは言っても、一般にイメージされる天守閣だけではない。
むしろ城の大部分は、城主と部下たちが暮らす屋敷でできているのだ。
ソフィが庭園に面した廊下を歩くと、耳障りな音が響く。
床板が特殊な張られ方をしていたようだ。
「きゃっ」
驚いて飛び上がるソフィ。
「気にするな。ここに来た以上、周囲の全てが罠だ。勘付かれないように何かをするなど、望むべくもない」
又佐はいつでも印を結べるよう、手指を構える。
梔子もまた、腰の刀を抜いていた。
「さあ、いつでもいらっしゃい」
刃五郎は目をギラつかせながら、腕組みをしたまま周囲を見回している。
とても臨戦態勢には見えない。
だが、又佐は彼の姿から、一切の隙を見出すことができなかった。
ちなみにスタンの助は完全に棒立ちであり、隙だらけである。
霧亜に至っては、横合いの座敷に入り込み、並べられた座布団やらなにやらを興味深そうにひっくり返している。
突然、スタンの横にいた会留府が動かなくなった。
そのまま、ばったりと倒れようとするので、スタンがこれを支える。
「ワールディングだ。来たぞ。うわあ、エリリン便利だなあ。炭鉱のカナリヤみたいだ」
「なるほど、毒気に反応して鳴く鳥代わりということか。考えたなスタンの助!」
その直後、襲撃は起こった。
幾つもの襖を貫いて、弾丸が放たれたのだ。
目に見えるほどの電撃を纏ったそれは、回避すら難しいほどの速度で又佐に迫る。
「くっ!」
迎撃のために印を結ぼうとする又佐。
だが、彼が動くよりも早く、弾丸に立ち向かった者がいる。
「それは先ほど覚えたぞ!!」
刃五郎である。
横合いに見た彼の顔は、抑えきれぬ喜びに満ち、頬が緩んでいる。
彼の手は既に鯉口を切っており、弾丸の到来と同時に、その軌道上に白刃が出現した。
刀の背が、帯電した弾丸にそっと触れ、受け流す。
「おおっ、受け流しても衝撃を与えてくるか。やはり妖術だな」
口数が多くなる刃五郎。
彼の肩や腕のあたりから黒煙が上がった。
「ソフィ」
「はい! ヒール!」
ソフィの手から暖かな光が飛んだ。
光が刃五郎の傷を瞬く間に癒やす。
「そこか! 風遁!!」
又佐は猛烈な風を吹き起こした。
周囲の襖が煽られ、倒れたり吹き飛ばされたりする。
その向こうに、魔の者が立っていた。
明らかな唐人の格好をした、だがその顔立ちは神州の人間である。
「テンガロンハットに革のベスト。カウボーイスタイルのライトニング使いか。趣味だなあ」
「ほお、俺の趣味が分かるとは……。お前もプレイヤーか」
カウボーイはスタンの言葉に気づき、笑みを浮かべる。
「その甲冑……さながら、装備を作り出すアルケミストのクラスだな?」
「普通そう想像するよな。だけど残念、ゲームが違うんだ。あと、多分俺と喋ってる暇ないぞ」
「なにっ」
カウボーイは反応した。
すぐ近くまで、刃五郎が迫っている。
さらに、彼の後ろには梔子。
「甘いぜ! コンボ・雷電!!」
カウボーイの全身から雷が放たれる。
そして雷の隙間を縫うように、帯電した弾丸。
「任せて下さい……! 誅魔神楽・禍福の招き!」
舞うように、梔子が躍り出た。
すると、雷も弾丸も、吸い込まれるように彼女へと向かう。
全ての攻撃を、梔子が受け止めた。
「神技、イージス!!」
梔子の身体を焼くはずであった攻撃が、全て雲散霧消する。
「なにっ!! その技、お前らはラグナロク・ウォーか!!」
「その首、もらい受ける!!」
返答などせず、刃五郎が迫る。
慌てて放たれた弾丸は帯電していない。
これは、刃五郎に軽々と受け流される。
「至近距離で銃弾を受け流すとか、こいつもプレイヤーか!?」
「いや、彼は戦闘特化キャラだ。そこに全てを賭けたやつはやばいぞ」
スタンの助の言葉など、カウボーイには聞いている暇がない。
回避不能の速度で繰り出される、真正面からの一撃。
「せえい! 磁力の盾!!」
カウボーイが翳した手の周囲に、どこからか集まった砂鉄が形を成す。
それは黒い、鉄の盾となる。
これが刃五郎の攻撃を受け止めた。
はずだった。
澄んだ音を立てて、盾が真っ二つに割れた。
「なにぃっ!?」
刃五郎の指が、刀に仕掛けられた絡繰りを操作している。
それは、刀に気を乗せ、威力を爆発的に上げる仕掛け。
剣気術と呼ばれる特技を、より強化できるようになっているのだ。
刀に負担をかけるため、一度の仕事で三回しか使えない。
だが、その使い所はまさに今。
勢いを失わない刃は、盾ごとカウボーイを真っ二つに斬り捨てた。
「────!!」
顔を歪めながら、リジェネレーションで再生するカウボーイ。
そこに打ち込まれたのが、又佐が放った火遁の術である。
刃五郎の顔横を抜け、炎が復活したてのカウボーイを焼いた。
「ぐおあああっ! このタイミングは!!」
リジェネレーションが打ち止めだ。
カウボーイは信じられないものを見るように、己を打ち倒した現地の人々を見る。
「NPCが……プレイヤーに勝つのか……!? そんな馬鹿な! そんなゲームありえねえ! お前ら、エキストラじゃなかったのかよ……!!」
これに応じたのは、スタンの助である。
「この世界の人々には、皆データがある。エキストラなどという者はいないぞ。俺も最近気付いた……」
最後の一言で台無しであった。
「くそ、くそおっ!! 現実はゲームじゃねえっていうクソみたいなオチかよぉ! そんなん、クソリプと同じじゃねえか……!!」
「いや、多分ゲームっぽい異世界で、お前の考えは間違ってないが、誰にでもデータがあって元プレイヤーでも失敗すると死ぬだけだと思うな、俺は」
「スタンさん、もう消えちゃったのでいないですよ」
「あっ、喋ってる間に消滅しやがった。最後まで聞いてなかったかあ。救われない奴だなあ。少なくとも、今まで会ったデュミナスの中では、多少会話ができるタイプだと思ったが」
それとやっぱり、エモーションを獲得していなかったか。
と呟くスタンなのだった。
※手分けするべきじゃない
ダンジョンとかでの個別行動は、戦闘力が分散しますからね。
※マヨイガ
その家の中にいるPCの行動にプラス修正を与える、アイテムとしての家。
これを城に被せた状態のようだ。
※エリリン便利
新たな活用法を発見!
※覚えたぞ
覚えても普通は弾丸を刀で受け流せない。
※盾ごと
攻撃特化したPCの瞬間火力は、GMの想像を軽く凌駕することが、稀によくある。
今回は神技も載っていない状態でこれなので、大変火力が高い。
※現実はゲームじゃない
クソクソのクソである。




