英雄の弟子、術者に操られた町人と見える
刃五郎は、沙州藩付近で頻発する失踪事件を追い、この土地までやって来ていた。
彼の口から語られるのは、いかなる敵と戦ったかという話。
「鬼や妖怪ではなく、人が敵に回ったと言うのですね。私もそうです」
梔子が頷いた。
「拐かされた人々が、魔の者に操られているのでしょう。己の手を汚さず、人を支配するとはなんと下劣な相手なのか……許してはおけません」
彼女は静かに怒りを燃やしていた。
これには、又佐も同意する。
「つまり、人の命をどうとも思っていない輩が相手だということだ。際限なく被害が広がっていくぞ。敵の拠点と思われるこの地で、我ら誅魔が集ったことは幸いだった」
「はい。私も事情はよくわかりました。私たち、居留区で相手の術者らしい人をひとりやっつけたんですけど、確かに今まで戦ってきた相手とは違う感じでしたね」
「な、なにっ!」
「戦ったというの!?」
「先を越された!」
最後のせりふが刃五郎の言葉だったので、又佐は、こいつめ、素はこう言うやつなのかと思った。
そんな彼らのやり取りをよそに、着物の美女霧亜と、謎の鎧武者スタンの助がぼそぼそ小声で話し合っている。
又佐はその会話に耳をそばだてた。
「スタン、あんた知ってるんでしょ?」
「うむ、これは間違いなくパンデミック・チルドレンの暴走したプレイヤーが敵だからな。人を操るなら、パフュームの能力者だろう。あと、よほど尖って無い限りはそれにもう一つ能力を持ってるはず。大体こういう連中は万能になりたがるからな。マルチクラスで間違いないぞ。パフュームは前衛クラスと相性が悪いからなあ。ボーダーの能力者……つまり結界使いも一緒じゃないか? 多分、この国の城辺りを結界にしてるパターンだ」
「あんたね、そこまで分かってるならこの子たちに教えてあげなよ」
「何を言う! いきなり答えを教えたら興ざめだろ? 少しずつ手を貸して、彼らが自らの手でヒントを得ていくからTRPGは面白いんだ……! 俺はあくまで裏方に徹するぞ」
「ほんと、変なエインヘリヤルねえ……」
又佐は一瞬、わけが分からなかった。
今、この鎧武者は、大変核心を突くようなことを言っていなかったか?
彼の言葉が事実なら、敵の本拠地はすぐ目の前にあることになる。
いや、だが、待て。
又佐は気を取り直す。
(わけの分からぬ男の物言いを信じてどうする……! 己が目と耳で確かめねば。伝聞を頭から信じるなど、忍びの名折れよ)
そう内心呟いて、自分を納得させるのであった。
そして、一行は茶屋を出て、この国を探ることにする。
「既に我らの動きは、敵に見つかっているだろう。必ず向こうから仕掛けてくる。お前たちに隠密行動は向くまい。奴らの目を惹きつけ、派手に騒ぎを起こしてくれ」
「その考え、乗った」
刃五郎がニヤリと笑って答える。
何が乗っただ、お前隠密行動できないだろ、と又佐、すごい目でこの武芸者を睨む。
「ええ、構いません。では、こちらは私と刃五郎殿と」
梔子の横で、霧亜が手を上げた。
「はーい。あたしと、それとこっちのエルフね」
「任せて下さい! 私、有能ですから!」
メガネを掛けたエルフが、胸を張ってみせる。
「ほう……俺以外はおなごが三人か……」
刃五郎、渋い笑みを浮かべながら顎を撫でた。
ちょっと口元が緩んでいる。
そろそろ素が見えてきた。
「頼む……頼むぞ、梔子。お主だけが頼りだ」
「ええ、任せて下さい、そちらはお三方にお任せしてもいいのですか? スタンの助様は、隠密に向いているとは見えませんが」
言われてみれば、隠密行動組であるスタンの助は鎧武者である。
どう考えても音がする。
「問題ない。これはフレーバーテキストだからな」
スタンの助は意味のわからない事を言うと、いきなり無音で動いてみせた。
踊って、飛び跳ねても、本当に無音だった。
鎧がこすれる音すら全くしない。
(どういう術だ!?)
「あの、スタンさんってよく変なこと言いますけど、腕は本当に確かなんで安心して下さい」
ソフィがフォローしてきた。
なぜか、その声にホッとする又佐である。
「それよりソフィ、隠密とかやれるのか? 大丈夫? おんぶするか?」
「大丈夫です! 私だってちゃんとできるようになったんですよ!」
「そうか、じゃあきっと放浪者のクラスレベルが上がったんだな。成長しているなあ。すごいぞ」
「えへへ」
やっぱり大丈夫だろうか、と心配になる又佐であった。
そんな彼らを引き連れ、誅魔の忍びは町の裏側を行く。
唐人の居留地も近く、商売をするものと旅人とで賑わう表通りとは打って代わり、裏通りは静かなものだ。
不自然なほどの静けさである。
「人の気配がせんな」
「はい。まるで、誰もが動いたり話したりすることも禁じられているみたい」
「上手いことを言う。だが、その通りかも知れん。ソフィ、頭上に注意をせよ。俺はその他に気を配る」
「はい!」
ソフィの素直な返事を聞いて、ホッとする又佐である。
この唐人の娘は、心根がまっすぐで安心できる。
良い子だ。
誅魔を引退することになったら、彼女のような女性と世帯を持つのも良いかも知れぬ。子供は三人以上欲しい。そして子供に忍びの技を伝授して……。
一瞬の内に、又佐の脳裏に繰り広げられた人生の設計図であったが、それは怪しい気配によって雲散霧消した。
こちらに向かって歩いてくる集団があったのだ。
それらは、一見して共通点のない町人の集団だった。
農民がおり、商人がおり、町娘がおり、旅人がおり、唐人がいた。
唯一、彼らに見受けられる共通点。
それは全く、生気というものが感じられないこと。
まるで、生き人形であった。
「これが……人を支配する魔の者の手か……! あのような子供まで!」
又佐は唸った。
ソフィも、息を呑んでいる。
二人を目掛けて、操られた町人たちは襲いかかった。
手にしているのは、包丁であったり鎌であったり。
唐人は銃まで持っている。
「くっ! 卑怯な……! 罪もない町民を使い、己の手を汚さぬというのか!」
攻撃するわけにもいかず、又佐は回避する一方である。
ソフィもまた、見た目に似合わぬ身のこなしで、町人からの攻撃を躱している。
ちなみにスタンの助は棒立ちである。
町民から滅多打ちになっているのだが、全く効いた様子もなく、きょろきょろと辺りを見回している。
「シーンの外から操ってるのか? だとするとエキストラになるから、攻撃力は無いはずなんだけど。あきらかにこれ、ダメージがあるもんな、ってことはシーンのどこかにいるな」
彼の言葉の意味は相変わらず分からないことだらけだったが、又佐はその中に、重要な情報を聞き取った。
「スタンの助、つまり魔の者はこの場に……!」
「いるだろうな」
「よしっ! ソフィ、手を!」
「!? はい!」
又佐はソフィの手を取り、家屋の壁を駆け上がる。
そして、二人で屋根の上に着地した。
「忍びの目を、耳を舐めるなよ……!」
意識を研ぎ澄まし、己の五感に集中する。
ソフィと触れている手が熱くなる。何か、力が流れ込んできたような気がした。
今まで感じたことの無いほどの精度で、又佐の目が、耳が、この裏路地全体から出る情報を受け取っていく。
「そこか……!!」
又座の目は、路地の角を曲がったところに注がれた。
こちらを伺う人影がある。
騒動に巻き込まれないよう、しかししっかりと見えるよう、魔の者はすぐ近くでこちらを観察していたのだ。
「今こそ、誅魔の時! 行くぞソフィ!」
「はい!」
屋根の上をひた走り、魔の者へと向かう又佐。
敵もそれに気付いたようだ。
「げえっ!? どうしてこっちが分かったんだ!! この世界のNPCはエキストラばかりじゃないのか!! あ、そうか。お前らがエネミーだな!」
魔の者は、年若い男に見えた。
恰幅のよい体を、上質の着物に包んでおり、髪は結うこと無く短く刈られていた。
「いいだろう! デュミナスとしての力を得た俺が、世界初遭遇のエネミーを蹴散らしてやろうじゃないか! あっ、後ろに可愛い女の子も!? これはもしや、ヒロイン獲得イベント!? よっしゃ、俺TUEE展開きたあ!!」
(スタンの助のような事を言う奴だ……!)
かくして、誅魔とデュミナスの戦いが幕を開けるのだ。
※素
刃五郎の中の人が垣間見える。
※パフューム
香りやフェロモンを使い、他者を操ることに長けたパンデミック・チルドレンのクラス。
※ボーダー
結界を用い、空間を操ることに長けたパンデミック・チルドレンのクラス。
※人生の設計図
又佐、ソフィみたいな子がタイプ。
※力が流れ込んでくる
ソフィが特技、導きを使用しています。




