英雄の弟子、仲間たちと顔合わせする
暮撫刃五郎。
かつて沙州藩に仕えていた剣術指南役である。
あやかしに取り憑かれた先代藩主を斬り捨て、その後は自刃したと伝えられるが、その様子を見たものはいないという。
(まさか、こんな南国の果てで見ることになるとはな)
薬売りの衣装に身を包んだ男は、刃五郎をじっと、編笠の下から観察していた。
彼は、忍びの者。
鴎州藩の山奥にある、迷賀の里は、彼のような忍びが集まって暮らす場所である。
そこで忍びたちは、忍びの技と心得、心根のあり方を学ぶ。
中でも才能がある者は、忍術と呼ばれる超常の技を身につけるに至るのだ。
彼は、その、忍びの一人であった。
天より、命題と呼ばれる言霊を受け、主には仕えず、ただ天にのみ従う彼らを人は誅魔の忍びと呼ぶ。
(あやつも、おれと同じ誅魔の力に目覚めたと見てよかろう。そして、この鎧武者と女も……むむっ)
彼の目が細められた。
布で顔を覆った、年若い娘が一行の中に混じっている。
一人、あきらかに唐人と見える女がいたが、その者の耳は尖っていることから、時折神州を訪れる特別な旅人、会留府であると分かる。
だが、顔を覆った娘は違った。
僅かに見える肌色が、神州の人のものとは全く違う。
「唐人ですね」
巫女が呟いた。
腰に太刀を佩いた巫女である。
彼女は、布に隠れた娘を見、次いで、彼と刃五郎を見た。
「この四名が、この度の命題に選ばれた誅魔にございますね」
「そうそう、神州じゃ、探索者の事を誅魔って言うんだよな。やっぱりワールドガイドの通りだぜ……」
鎧武者が意味のわからないことを言った。
さては、この武者も唐人ではあるまいか。
だが、唐人にしては恐ろしく腕が立つ。
暮撫刃五郎は一地方の剣術指南役でしかなかったが、その剣の冴えは、神州の剣客の間に広まっている。
彼との立ち会いを求めて、沙州藩までやって来る者がいるほどである。
事実、刃五郎が鎧武者に仕掛けた動きは、彼は目で追いきれなかった。
神速の踏み込み。
人混みを一瞬で抜け、肉薄した相手を抜刀と共に断つ。
太刀筋すら見えぬ、斬魔の剣であった。
だが、それをこの鎧武者、あろうことがその腕で受け止めた。
鋼すら断つと言われる、刃五郎の一撃をだ。
(無視はできんが……敵意も感じぬ。よほどの使い手か、それともただの馬鹿か……)
できれば後者であってくれと、彼は願った。
「あの、それじゃあ、皆さんよろしくお願いします。私はソフィです」
布で顔を隠した娘が名乗ったのは、一同で入った茶屋でのことだった。
流暢な神州の言葉で、東国の訛りがある。
東国は、今や神州の中心だ。
ニニギより執政を任された、将軍の一族が都を築き、そこから神州を治めている。
(なるほど、東国訛りは役人も話す。覚えておけば間違いはない)
ソフィと名乗った娘は覆いを外す。
その下にあったのは、まだあどけなさを残す、年若き唐人の少女だった。
「某は、暮撫刃五郎。旅の武芸者にござる」
「誅魔の巫女、梔子と申します」
「それっぽい……!」
また鎧武者が口を挟んできた。
なんであろうか。
この男、いちいち何事にも感激している。
ちなみに彼はスタンの助というふざけた名前で、明らかに偽名である。
(こいつ絶対唐人だろ)
彼はそう思った。
そして、彼の名乗る番だ。
真の名などとうに捨てている。
故に、彼は今纏う薬売りの姿に見合った名を、即興で名乗った。
「又佐だ」
あえて、自分が何者であるかは名乗らない。
自ら名乗り出る忍びなど、悪い冗談だ。
「うんうん、誅魔の忍びは名乗らないよな。あれだろ、忍術使えるんだろ?」
又佐は危うく、椅子から転げ落ちるところだった。
「な、な、な、な────!?」
なぜそこまで知っている、と口からでかけて、慌てて止める。
自分もまだ修行が足りない。
熟練の忍びならば、次の瞬間には、鎧武者の口を封じていることであろう……。
いや、むしろ、下手に彼に仕掛けた後、返り討ちにされていたかもしれない。
「気にしないで。こいつ、普通に何でも知ってるだけだから。無害よ無害」
霧亜と名乗った婦人が、鎧武者の腹を手の甲で何度か叩いて笑う。
この女も、見た目通りの存在ではない。
奇抜な柄の着物は、普段着にするようなものではない。
そして、作り物めいた美貌。
(変装か。だが、神州の民に紛れるための変装ではあるまい。目立ちすぎる……! 恐らく、この女も唐人と見ていい。さては、二名とも外国より来た誅魔か)
又佐はそう当たりをつけた。
ちなみに会留府が名乗ったが、それは特段、気になることもなかったのでそのままにしておく。
「では……皆、同じ命題を受けているだろう」
又座はあえて口を開いた。
この場で、警戒の必要はあるまい。
同じ命題を受けた誅魔は、間違いなく信頼できる相手となる。
誰もが、神州を害する魔の者を倒すために存在しているからだ。そこに私情などは無い。
そして、ここにいる面々を見回した時、
無口で剣を振るうことしか考えておらぬような剣客。
訳知り顔だが、浮世離れした風で自分からは動かない巫女。
神州のことを何も知らぬであろう、唐人の娘。
着物姿の、わけの分からぬ女。
何から何まで意味が分からない鎧武者スタンの助。
(おれが主導せねば、これ、場が動かんよな……!?)
内心で溜め息を吐きながら、又座は続けた。
「この地に巣食う、魔の者を排除せねばならん。彼奴らは唐人を勝手に招き入れ、領主を傀儡として国政を壟断している。なに、国の行く末などに興味は無いが……」
「国を好き勝手にさせるわけにはいかんな。小国と言えど、神州を崩す足がかりとなりえるだろう」
刃五郎が口を開く。
「乗った」
乗るも反るもない。
同じ命題を受けているのだから、仕事を果たすことが同じ誅魔としての役割である。
何を言っているんだこいつ。
「では、お互いに情報を集めましょう。あとは、持っている情報を開示致しましょう?」
梔子が手を叩き、提案した。
「スタンの助、全部教えたらだめよ」
「おう、他のプレイヤーの楽しみを奪うのは下の下だぜ」
「あっ、私お団子おかわり!! お茶もー!!」
……着物と甲冑と会留府、こいつら、本当に同じ命題を受けているのか……?
※誅魔の忍び
対魔忍(
※梔子
花の名前とかよく付けますよねッ
※転げ落ちる
ノリのいい忍びである。
※命題を受けているのか?
鋭い。




