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俺、街をバックに異貌の神の尖兵を蹴散らす

「まさか迷うとはなあ」

「仕方ないじゃん、すっごい霧だもの」


 霧がどんどん深くなってきて、どこにもたどり着けなくなった俺とゴール。

 すごすごと街まで戻ってきたのだった。

 いや、戻る最中に湖に突っ込んだり、民家にぶつかったりしたけど。


 フールの街までやって来ると、ざわざわと騒がしい声が聞こえてくる。

 街の人々が、どうやら外に出てきているようだ。

 口々に、霧の話をしている。


「なんだ、この深い霧は」

「こんなの初めてだよ。ほら、明け方が霧になることはよくあるじゃないか」

「もう、昼ごろだろうに……なんだって霧が晴れないんだ?」

「うう、この霧のじっとりと重いこと……」


 まるで無防備に、世間話などしているのだ。

 いいのかなあ。


「不味いと思うんだけどねえ、この霧。さっきの黒い量産型がなんか言ってたでしょ」

「ゴールに瞬殺されたヴァルキュリアかあ」

「絶対、この間みたいなスタンがいた世界の格好した真の黒幕とか、エネミーの大量発生とか起こるわよ」

「だよな、お約束だ」


 俺達はそんな話をしながら、人々の下へと近付いていった。

 その時だ。

 人々の間から、悲鳴が上がった。


「なんだ、なんだあれ!」

「湖から何か来る!!」


 来ちゃったー。

 俺とゴールが振り返ると、湖から発生した霧は、その中に無数の影を生み出しつつあった。

 それらは、基本ルールブックに記載されている、ラグナロク・ウォーで最もポピュラーなエネミー、深淵なるもの(アビス・ワン)

 3レベルの作りたてPCでも安心、一撃当てれば吹き飛ぶ設計の、チュートリアル・エネミーだ。


「うわあ、懐かしいなあ……」


 俺は、やつらの平べったく潰れた、醜い姿を見て、故郷に帰ってきたような懐かしさを覚えた。


「えっ、スタン、もしかしてああいうのが好みなの……?」


 ゴールがドン引きした。

 ちなみに俺達の背後では、民衆がパニックになりつつある。

 湖から、凄まじい数の半魚人が出現したのだ。

 それが、のそのそ歩きながら、街に迫ってくる。


「いやな。俺も作りたてPCのスタンで、深淵のものをぶっ倒したもんだよ。なんかその時の事を思い出してさ」

「へえ、スタンにも赤ちゃん時代みたいなのがあったのねえ! でも、懐かしがってる暇はなくない?」

「そう?」

「あれ、普通に気持ち悪いよ。街の人間が近くで見たら恐怖でおかしくなる程度には」

「そうかあ……」


 俺はどうやら、ラグナロク・ウォーのゲーム頭になっていて、一般的な感覚をなくしていたようだ。

 無駄にみんなを怖がらせてはいけないな。


「よし、やるか」


 俺はそう決めた。

 切れっぱしだけのアイテムシートを展開し、たった一つのユニークアイテムを召喚する。

 大鮫の矛。

 穂先から柄まで、3メートルに及ぶ長大な矛が、俺の手の中に出現した。

 逃げようとしていた街の人々が、それを見てどよめく。


「何もないところから武器を……!?」

「何だ、あの男! しかも、たった一人で湖から来る怪物達の前に!」

「あれ? あの人、昨日うちで食事してった早着替えの旅人じゃない?」

「知っとるのか!」

「最初はボロを着てたから追い出したんだけど、すぐにあのパリッとした服着て戻ってきたのよね。まさか、戦える人だったなんて……。そりゃあ、大きくてマッチョだったけど」


 おや、後ろに昨日食事をした店のウエイトレスが来ているようだ。

 知らぬ仲でもないし、ここはアピールしてやろう。

 俺、相手が嫌がらない限りは、自分の活躍を見せつけたいしな。


「やあやあ、お立ち会い! ここにあるは世界に二つと無いユニークアイテム、大鮫の矛! そして俺は、遊歴の騎士スタン! 偶然フールの街に立ち寄ったが、なんと恐るべき事態に立ち会ってしまったのか!」


 わざとらしく抑揚をつけて、街の人々に振り返る。

 こらゴール、笑うな。


「だが、安心せよ。この俺は、多くの怪物どもをこの手で屠ってきた歴戦の勇士。この矛と鍛え抜かれた技で、見事街を守りきって見せよう!」


 スタンの肉体から発せられる声は、朗々と、どこまでも響き渡る。

 俺の言葉が終わり、呆然と立ちすくんでいた人々は、ハッと我に返ったようだった。


「お……おおおお! やるってのか!」

「歴戦の戦士! 傭兵の国シュヴィーツで、大口を叩いたもんだ!」

「だが、今の頼りはあんただけだぜ! 頼むぞ、遊歴の騎士スタン!」


 わーっと盛り上がり始めた。

 まるで、昼間から酒が入っているんじゃないかというくらいの盛り上がり方である。


「娯楽が少ない国だろうからね。芝居がかった仕草は、期待を煽ることになるわよ?」


 ゴールが俺にプレッシャーを掛けてくる。


「なに。負ける方が難しい」


 俺は矛を担ぐと、駆け出した。

 まずはこの、観客の目を邪魔する霧を晴らす。

 上陸してきた深淵のものに接触と同時、俺は矛を振りかぶりながら、全身を回転させた。

 大鮫の矛が空を裂く。

 先端は音の速度を超えた。

 霧が引き裂かれ、飛び散る。

 生まれた衝撃波が、周辺にいるエネミーを吹き飛ばした。


「2レベル特技、なぎ払い。ユニークアイテムを手にすれば、霧だって叩き切れるか!」


 どうやら、深淵のものには恐怖という感情が無いようだ。

 うめき声を漏らしながら、俺に向かってわらわらと集まってくる。

 こいつら、誰が一番脅威なのかを理解する頭はあるのか?


「よーし、見てろよー! なぎ払いだったら、何回でも行けるぜ」


 俺は、右腕から首へ、そして左腕へ。大鮫の矛を回転させながら持ち替え、縦横無尽に振り回す。

 大鮫の矛は、当たるを幸いとエネミー達を次々に喰らい尽くしていく。

 切り裂き、叩き潰し、弾き飛ばし、薙ぎ払う。


「まるで……踊ってるみたい」

「すげえ! あの騎士が槍を振り回したら、そこだけ霧が晴れるんだ!」

「怪物どもが、まるで風の前の小枝みたいに吹き飛ばされていく……!」

「なんて、なんて凄い奴なんだ、あいつは!」

「あの男の名は、スタンだったか?」

「よーし、いけえ、スタン!」

「スタン! 遊歴の騎士スタン!」

「怪物殺しの騎士スタン!」

「無敵のスタン!」


 歓声が巻き起こる。

 盛り上がってまいりました。

 横回転だけじゃない。

 縦回転も加えてやろう。

 矛が地面を掘り返し、湖面を叩き割りながら踊る。

 切っ先だろうが石突だろうが、触れたエネミーは一撃で文字通りの灰燼に帰す。

 うおおん。

 俺はさながら、人間竜巻だ。


 フールの街は、歓声と轟音と、深淵のものどもの血と臓物の雨に染まる。

※チュートリアル・エネミー

 せっかく作ったPCに、活躍の場を提供するとても大事な役割です。


※一般的な感覚をなくしていた

 あるある。


※なに。負けるほうが難しい

 一度は言ってみたいセリフ。

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