英雄の弟子、漁師ゴメスの家を訪問する
「いたぜ! さっすが、地元の漁師だな。先に到着してるぜ」
アンネが告げた。
彼女の視線の先、そこだけ霧が薄くなっている場所があり、ドゥーズが放った精霊が光を放っている。
「ドゥーズさん、目印になってくれたんですね。精霊って凄いなあ」
「そりゃあな。てめえの命を半分与えながら飼ってるんだ。代償がでかいぶんだけ、精霊使いの力ってのは凄ええのさ。だけど、おいらのキャバリアだって負けちゃいないぜ?」
「うん、アンネさんも凄い!」
「うっひっひ」
嬉しそうにアンネが笑う。
調子に乗ってか、キャバリアが加速した。
「ちょ、ちょっとアンネさん! 眼の前にドゥーズさん達がいるのに!」
「見てなって! あらよっと!」
加速したキャバリアは、後輪を滑らせながら反転していく。
真横を、目を丸くしたドゥーズの顔が通り過ぎる。
キャバリアはその後、舟と頭を並べる形で停止した。
「どーよ!? 超絶テクでしょ!」
「は、はえ~」
ソフィは目を回してしまった。
真っすぐ走っていたキャバリアが、加速からの反転、そして急ブレーキしながら滑りって停止したのだから無理もない。
馬では出来ない挙動なので、こんな動きに対応できる人間は、ミズガルズにはほとんどいない。
「竜騎兵、無茶をするな。失敗したら湖に落ちていたぞ」
「う、うるせえ!」
「大体、そうやって無駄に技量を見せつける必要が……」
「す……」
「す?」
ドゥーズは、すぐ後ろから聞こえた声に振り返った。
そこには、目をキラキラさせたフォルトがいた。
「すっげー!! アンネすげえー! かっこいいー!!」
「っ……だ、だよな!? おいらすげえよな!?」
「ううー……目が、目が回る……」
「ああ、もう。好きにしてくれ」
しばらく、その場は落ち着きそうになかった。
「ここが、ゴメスの家だぜ。この辺りでも嫌われ者でよ。てめえの漁場はここだ、とか言って、誰もそこに入らせなかったんだと」
「嫌われ者、ねえ」
アンネは周囲を見回して、顔をしかめた。
周囲はゴミだらけ。
魚の骨であったり、破れた網であったり。
それらが片付けられることもなく打ち捨てられていた。
「こりゃ、嫌われるわな」
「く、臭い」
アンネは露骨に鼻をつまみ、ソフィは顔をしかめた。
「そう。だらしないやつなんだ。でも、すげえ欲ばっかり深くてさ。だけどゴメスの親父がこの辺の網元だったから、持ってる漁場は広いんだよ。あ、湖のどこで漁をするってのは家ごとに決まっててな?」
フォルトが説明をしながら、ゴメスの家の扉に手をかける。
「気をつけろ。ゴメスとやらが異貌の神と繋がっているのなら、奥に何がいるか分からぬぞ」
「おっ!?」
ドゥーズの注意を受けて、慌ててフォルトが扉から離れた。
背負った銛を取り出して、柄の方でコンコン、と扉をノックする。
……。
何の反応もない。
「フォルト、構わん。当方が支援する。開けるがいい」
「お、おう!! ソフィもそれでいいか?」
「あ、うん、お願い!」
何らかの決定的な行動を取る際、フォルトはソフィの意見を伺う。
彼なりに、このパーティの中心が誰なのかを理解した上での行動だ。
「フォルト、手を出せ」
「お、おう」
「……特技、精霊纏衣」
ドゥーズの指先から、フォルトの腕に精霊が乗り移る。
「遅発式の精霊による魔法だ。攻撃されたら、その腕を先に突き出せ」
「わかった!」
万一の時の保険をもらい、フォルトは扉に手を掛けた。
グッと力を込め、開く。
「鍵が掛かってねえ……」
扉の奥からは、生臭い臭気が漏れ出してきていた。
外のゴミ溜め同様、屋内もゴミだらけだ。
中に、誰もいる様子はない。
フォルトはホッとしたようで、「な?」と言いながら振り返った。
だが、仲間達は、誰も安堵の表情など浮かべてはいない。
彼らの目は、屋内にあるたった一つのものに注がれていたからだ。
「異貌の神の……像」
「間違いあるまい」
「ゴメスって奴が、今回の黒幕かよ」
三者三様に、だが、皆それが何なのかを正確に理解している。
ゴミ溜めの中から突き出した、人とも魚とも分からない、異様な風体の彫像。
顔は潰れた魚のようで、しかし人間だと分かる程度には鼻や耳の形を残している。
水かきの出来た指を広げながら、今にも掴みかからんばかりのポーズで形作られたそれは、実に禍々しかった。
「いつから、ゴメスは異貌の神を信奉していたのだ?」
いつの間にか、フォルトを追い越してドゥーズが屋内に踏み込んでいた。
彼が触れるゴミが、雷の精霊に弾かれて、焦げた匂いを漂わせる。
ドゥーズは異貌の神の像に指を伸ばすと、
「雷精よ、あれを壊せ」
そう命じた。
精霊使いの手から、金色の精霊が飛び立つ。
まるで輝く鞭のように、それは彫像を打ち据え、破壊した。
「おうおう、ドゥーズが荒ぶってるぜ。あいつの精霊が怒ってるのが、おいらにも分からあ。だけど、今回ばかりはおいらもドゥーズに賛成だな。異貌の神の代言者になった奴を放って置く訳にはいかねえからな」
アンネのキャバリアが、高くエンジン音を響かせた。
家の中に、ゴメスはいなかった。
だが、彼が異貌の神を信奉し、代言者になったことだけは明らかである。
それは即ち、今回の霧と、フールの街を襲った異変の原因の一端がゴメスにある事を示している。
「それじゃあ、ゴメスさんを探そう、みんな!」
ソフィの言葉に、一同は頷くのだった。
※ゴミだらけ
今で言うゴミ屋敷である。
※異貌の神の……像
ふんぐるいふんぐるい
(ちなみに今シナリオで、クトゥルフ神話が攻めてきたぞ!は一時休止、別のゲームが攻めてくる予定です)




