俺、霧の中に闇のヴァルキュリアを見かける
急にスタンサイドです。
遠慮や苦戦という文字はない。
「むっむむむ、ふがふが……がっ!!」
俺は自分のいびきで目覚めた。
ボリボリと腹を掻きながら目覚める。
あっ、全裸じゃねえか。
「ぐおーっ」
隣のベッドからも、でかいいびきが聞こえてくる。
あられもない格好のヴァルキュリア様が、よだれを出しながら爆睡している。
こいつ、同室に男がいるというのに、この布一枚の下は素っ裸とか正気か。
いや、昨夜はあれだな。
二人でべろんべろんになるまで部屋飲みしたのだった。
途中で暑くなってきて、脱ぎながら飲んだ記憶がある。
「……まあいいか」
割とほとんどのBSが無効な俺は、二日酔いなどしない。
多分、後ろで寝ているヴァルキュリアも同じだな。
俺は窓をパカっと開く。
ガラスの窓なんて高級なものは無い。
ここにあるのは、厚めの板で作られた、つっかえ棒で支える上に開けるタイプの窓だ。
「おお、朝だ朝だ」
まだ早朝であろう。
「おお、霧だ霧だ」
湖の方向が、濃厚な霧に覆われていて何も見えない。
これが噂の霧か。
怪獣とやらも出てるんだろうなあ……。
ぼーっと窓の外を眺めながら、そんな事を思っていたら、ハッと我に返った。
「やっべえ! ソフィ置き去りじゃねえか!!」
ゴールは、酒瓶を抱きしめながらむにゃむにゃ言っている。
俺はその枕元まで来ると、耳元にフーっと息を吹き込んだ。
「!? ぎょ、ぎょわーっ!!」
絶叫しながらゴールが跳ね起きる。
素晴らしい音量だったので、彼女の絶叫は両隣と向かいの部屋の住人を叩き起こしたようだ。
『うるっせえぞ!!』
『朝っぱらから盛ってんじゃねえ!!』
壁ドン、壁ゲリ、扉がガンガン叩かれる。
「馬鹿な。俺はこのヴァルキュリアとは何でも無いぞ」
「耳フーで人を起こしておいてその言い草!! やっぱり昨日のジャベリンランチャーで殺しておくべきだったか!」
「何っ、やっぱりお前、あの時のあれはそういうつもりか! ここで摘み取っておくべきか!! アチョーッ!!」
シャギャーッと身構えるゴールに、怪鳥音を上げながら荒ぶる鷹の構えで応じる俺。
エインヘリヤル級が二名、本気で向き合ったので、その瞬間地面が鳴動した。
『うわああ、地震か!?』
『うおお、か、体が震えてきやがった!? な、なんだこれ』
少し向き合ってから、互いのポーズが愉快だったので、どちらともなくぷぷーッと吹き出す俺達。
「ま、いいか。ゴール、霧が出てるんだよ。恐らく、これ、ソフィが戦ってるぞ」
「えっ、マジで!? あたし達、保護者なのになんで昨夜、何も考えずの大酒飲んで寝たの」
「うむ……今は反省している。ってことで、湖に行くぞ」
「オッケーオッケー!」
ということで、事態は解決。
俺達は宿から、湖を目指す。
「ゴール、とりあえずその放り出してある乳をしまうのだ……! なんで無用にでかいんだ」
「スタン!? おまっ、言うに事欠いて……!」
湖までやって来た俺達。
霧は濃くなるばかりで、消える気配が無い。
「あっちから戦う音が聞こえてくるよ。キャバリアと精霊が暴れる音。あとは、異貌の神の眷属どもが呻くきったない音」
「よし、では加勢が必要かどうか確認に行くか」
『その必要はありません』
声が上から降ってきた。
「おっ」
「なんか出てきたわねえ」
俺たちが見上げると、ついさっきまでは何もなかった霧の空に、黒い影が浮かんでいる。
『お久しぶり、ゴールお姉さま』
「えっ、誰」
黒い影の呼びかけに、ノーウェイトでゴールが返した。
こいつ、なんて無情な返しをするんだ。
黒い影が一瞬黙っちゃったじゃないか。
『わ……私程度のヴァルキュリアなど、記憶に無いと仰るのですね? その傲慢さが、“始まりの姉妹”らしいと言えばらしい……! ですが、新たなる神に仕えぬヴァルキュリアは、あなたを含めてほんの僅か! それもまた、あなたの死を以てここで一騎減るのです!』
「そいっ!」
『きゃっ、危ない!』
おっ、今問答無用でヴァルキュリア・ジャベリンを投擲したな。
さっすがゴール。
鬼畜。
ジャベリンの後ろには鎖が付いていて、ゴールの手首の返しだけでスルスルと戻ってくる。
「あんたね、ぐだぐだ訳の分かんないこと言ってると槍投げるよ」
『今投げたじゃないですか!? しかも、殺す気で投げましたよね!?』
「そりゃそうでしょー。あんた、あたしをぶっ殺す気でしょ? ならあたしもあんたをぶっ殺す! ヴァルキュリアってそういうもんでしょう」
『違う、絶対違うー! なんでお姉さま、私達の側みたいな事言ってるんですか!?』
盛り上がってるなあ。
だが、ここで説明がほしいところだ。
「なあ、なあゴール」
「なーに」
「知り合い? 妹って」
「あー。固有名が無い量産型ヴァルキュリアの一柱だと思う。多分、あの感じだと異貌の神によって堕落させられたんだね。おお、怖い怖い」
「さっきの会話聞いていると、俺はゴールの方が怖いなー」
「失敬ね!!」
ゴールは俺に向かってプリプリ怒る。
その間に、空を飛んでいる黒い影……漆黒のヴァルキュリアは、手の中に闇を凝縮させたような槍を生み出す。
『この私を前にして油断するとは、異世界を彷徨う内に鈍りましたね、お姉さま! 終わりで……』
「そいっ!」
ゴールは俺と口喧嘩しながら、手首をクイッと返した。
彼女の槍が、まるで生き物のように空を舞う。
そして、その進行方向にいた漆黒のヴァルキュリアを、無造作に貫いた。
『あっ……あが、あがががが……!?』
「あんたね、あたしは確かにお父様に異世界に追っ払われたけど、こうして無敵のエインヘリヤルを見つけて無理やり戻ってきたの。オーディンの退去のルーンをぶち抜けるヴァルキュリアを舐めんなよ?」
ゴールと漆黒のヴァルキュリア。
実力の格差は、大人と子供よりももっと離れてるなあ。
あのレベルのヴァルキュリアでゴールをやるなら、それこそ数百ダース持ってきて……ああ、駄目だな、三十分持たない。
造物主であるオーディンに、ゴールは俺の世界に追っ払われたとか。
でも、ミズガルズの最高神であるオーディンのルーンをぶち抜くとかして戻ってこれる訳だから、このヴァルキュリアは神格クラスの力があるわけだ。
そりゃあ、異貌の神に強化されたとしても、漆黒のヴァルキュリア程度では相手になるまい。
「っつーことで、死んどけ」
実にガラの悪い事を吐き捨てながら、ゴールは手を大きく振った。
槍が回転し、漆黒のヴァルキュリアの体を真っ二つに切り裂く。
このオーバーアクションは、彼女なりのサービスだな。
何気に優しいやつめ。
『新たなる神よ! ぐ、愚姉は、恐るべき力を備えっ……! ネームドの投入っをっ……!!』
叫びながら、漆黒のヴァルキュリアは消滅していった。
出てきたと思ったら、いきなりやられたな。
「それにしても、俺にも出番をくれ」
「あら。スタンは前の仕事でさんざん大暴れしたじゃない。今回はあたし。暴れるわよー」
「仕方ないなあ……。エインヘリヤルの試練に手を貸さないのがヴァルキュリアの決まりとは何だったのか……」
「建前よ建前」
この女、言い切ったな。
※布一枚の下は素っ裸
これほど色っぽくない全裸があっただろうかいや(反語)
※霧だ霧だ
いあ!いあ!
※壁ドン
傍から見ると、美女と同室であられもない格好
※放り出してある乳を
これほど色っぽくない(略)
※『きゃっ、危ない!』
かわいい




