俺、機甲兵を相手に特技の効果を試す
ここで、軽くスタンが有する特技について、俺はまとめておくことにする。
90レベルともなれば、その特技の数は100近い。
まずは低レベルのものから使っていって、現実にどんな効果があるのかを試していくべきだろう。
俺は頭の中で、スタンのキャラクターシートを思い浮かべる。
ステータスウインドウが展開する……ということはなく、頭の中に浮かぶのは、アナログなシートの姿。
まずは1レベルから3レベルまでの戦士の特技でこいつらを相手するとしよう。
「排除!」
機甲兵が踏み込んできた。
機械仕掛けの鎧のあちこちから、蒸気を噴き出しながら巨体が加速する。
手にしている武器は、やはり機械仕掛けの槍。
穂先が小刻みに振動している。
「よし来い!」
迎え撃つ俺。
徒手空拳で、繰り出される槍に立ち向かうのだ。
「きゃあっ!」
後ろで悲鳴が聞こえた。
どうした!
俺が動いた隙に、股間のが見えてしまったか。正直済まんかった。
だが、今はそんなことに構ってなどいられない。
レベル1特技、戦闘感覚。戦士の自動取得特技で、具体的には命中と回避のクリティカルが発生しやすくなる。
クリティカルがどう表現されるのかは、戦ってりゃ分かるだろう。
実際、この戦闘感覚の効果はあるようだ。
槍の動きが完全に見えている。
俺は全く危なげなく、機甲兵の攻撃を躱した。
そこから、反撃の拳を叩き込む。
レベル1特技、強打。攻撃命中後に使用する特技で、ダメージ値を底上げする。
俺が意識すると、強打は発動したようだ。
機甲兵の鎧に拳が炸裂した瞬間、俺の腕が一瞬ぶれて見えた。
そして、全く同時に二発、機甲兵に打撃が加えられる。
次の瞬間、敵の巨体が衝撃を受けて宙に浮かび上がった。
そして、火花を散らした後に爆発する。
「強打ですらオーバーキルか。スタンって、どれだけ強いんだ……!? おっと、次、次」
俺は次なる特技を思い浮かべる。
レベル2特技、なぎ払い。自分を中心とした、近接距離の対象を攻撃する範囲攻撃だ。戦士の必須特技とも言えるな。
俺は自ら機甲兵たちの中へと飛び込んでいく。
彼らは仲間がやられたことで動揺したらしい。
一瞬だけ動きに遅れが見える。
その間に、俺は機甲兵三人の中心に踏み込んでいた。
「行くぜ!」
俺は足を振り上げる。
飛び上がりながら、全身のバネを使って回転した。
俺の蹴りが、周囲を一薙ぎする。
命中する端から、機甲兵の体は爆ぜて砕けた。
機械の鎧の下には改造された肉体があるのだろうが、そんなもの、あっても無くても同じだ。
スタンの一撃は、素手だろうと連中のHPを三回ゼロにしてお釣りが来る。
「よしっ。いけるいける」
戦闘終了だ。
俺は汗一つかいていない。
機甲兵であった残骸が散らばっているのを見回した後、腰に手を当てて一息。
「低レベルでもこれだけの威力か。高レベル特技なんか使ったら、一体どうなるってんだ? 間違っても人間には使えないな」
機甲兵も、種族としては人間に入るはずなのだが、それは置いておく。
彼らはラグナロク・ウォーのゲーム内では、体の半分を機械に置き換えられた兵士なのだ。
半分機械なのでセーフ。
それに、これは襲われようとした村娘を守るための戦いだった。
未だ、俺にはこの世界で何をするべきかという、命題は与えられていない。
だが、目的が無いならばどうしたら良いかはこの肉体が知っている。
エインヘリヤルの英雄、スタンとしてこの世界に現れた俺は、その通り英雄として生きればいい。
俺の中で、これからの立ち位置が決定した。
ここで俺はようやく、背後に入る女の子に向き直る余裕が出来た。
「ぶ、ぶ、無事だったか娘よ」
異性と会話する機会が無い俺。
声をかけようとしたら、緊張していたようでちょっと噛んでしまった。
落ち着け俺。
ロールプレイ、ロールプレイ。
スタンはイケメンでマッチョで、モテモテの設定だった……はずだ。
女性の前で緊張してどうする。
『待って! あたし女なんですけどー。異性なんですけどー! なんであたしの前だとナチュラルなんですかー!』
姿が見えないヴァルキュリアの声が聞こえたが、無視する。
お前は異性に数えんぞ!!
さて、俺の前でへたりこんで、顔を覆っているのは十代半ばくらいの女の子だろうか。
素朴なワンピースタイプの衣服を着ていて、色はベージュ。スカートには白い糸で、羽ばたく鳥たちの刺繍がされている。
髪の色はこげ茶色で、それをお団子にまとめていた。
「もう大丈夫だ。機甲兵は俺が倒した。もう顔を隠し、怯える必要はない」
俺は、努めて優しい声を出した。
きっと彼女は、激しい戦闘を目の前にして怯えてしまったのだろう。
だが、彼女の口から出たのは、俺が考えていたのとは全く違う言葉だった。
「と、とりあえず、何か履いてー!!」
いかん、まだ俺は全裸なのだった!!
※命題
ラグナロク・ウォーにおいて、一般人とそうではないPCを隔てる最も大きなもの。
その全ては、世界を襲う危機に立ち向かう内容になる。
TRPGの場合、PCの行動指針ともなり、これがあるとどのようなスタンスでシナリオに絡んでいくのかを把握しやすい。