俺、湖のほとりをぶらつく
湖に向かって、街が抉りこむようになっている。
俺たちは、斜面や階段になった道を、降りていく。
こんな街の形じゃあ、馬車もなにも入ってこれないだろう。
「きれいな街ですよね……」
きょろきょろと辺りを見回すソフィ。
フールの街は、白い石造りの家ばかり。
統一感があって、確かに見栄えがする。
放っておくと、ソフィは周りをきょろきょろしたまま進まなくなるので、ゴールが彼女の手を引いた。
「さあさ、先に行きましょソフィ。でも、スタンの話だとこんな坂道と階段だらけの街に、竜騎兵が来たって言うじゃない? こんなの、どうやって走るわけ?」
「熟練の竜騎兵なら、階段だろうが壁だろうが、道と同じように走るだろうな。つまり、やって来ているのは凄腕ってことになる」
「……本当に、スタンさんって何でも知ってますね……。っていうか、今のは分からないことを言い当てたっていう感じです」
うむ。
推論と証拠を積み上げて、知識と照らし合わせて、それで真実を導き出すのだ。つまり推理だな。
俺が持つ、このゲーム世界への知識は結構なものなので、自然、ミズガルズにおいて名探偵になれてしまうのだ。
ふはははは。
三人で湖の畔まで降りてくる。
漁師の家がいくつもあり、あちこちに桟橋がある。
それで……漁師の家の扉は、どれも硬く閉ざされている。
いや、扉が閉じているのは別にいいんだ。
だが、まだ日が高い昼間だ。
それだというのに、窓も閉め切られ、まるで息をひそめているかのようだ。
「なんだか、こっちに来たら暗い感じですね」
ソフィもちょっと戸惑った風だ。
「ちょっと調べてみようか? あたし、こういうの得意なんだけど」
ゴールが得意げに笑った。
辺りに人がいないのを確認してから、彼女は変装を解いた。
体がポリゴンみたいなテクスチャーに包まれると、一瞬でその姿がいつもの戦乙女に変わる。
「じゃあ行ってくるわね」
「おーい、頼むとも何も言ってない……あっ、行ってしまった」
「ゴールさん、行動が早い……」
「ああ。性格に難はあるが、密偵としては世界でも最強クラスだと思う」
俺が言った直後、向こう側で漁師の家の扉が弾け飛んだ。
姿を消しているらしいゴールは見えないが……。
あの戦乙女、なんて大雑把な仕事をするのだ。
悲鳴が聞こえる。
その後、どたばたと暴れる音。
少しして静かになった。
「……いいんでしょうか」
「良くはないなあ」
だけど、まあ手っ取り早いと言えば手っ取り早い。
とんでもなくパワープレイだがな。
「ただいま」
ゴールが姿を表した。
その手には、奇妙なものをぶら下げている。
青く、てらてらと輝く魚か何かの皮のような。
「おかえり。派手にやったな。で、それは?」
「怪獣の皮。やり合ったんだってさ。これ、こんがり焼いたら美味しそうね。ちなみにあの家の人間、これを食べたらしくて、近づいてたわよ」
「近づいてた?」
不穏な台詞が出たぞ。
ソフィは案の定、理解ができなくて戸惑っている。
「人間じゃなくなりかけてたって事。これ、怪獣が出ただけの話じゃないんじゃない? 第一、どの家からも生臭いにおいがして、ひっどいところだわここ」
ゴールが顔をしかめた。
俺にはよく分からないが、彼女には家々から漏れてくる臭いを嗅ぐことができるらしい。
あの暴力的情報収集は、そのためだったのか。
全く説明しないから驚いたぞ。
「見に行ってみる?」
「フランクにグロいものを見せようとしてくるなこの女は」
「ソフィも刺激物を見ておかないと後々困るでしょ」
「とうとうソフィをダシにし始めたぞ」
「……い、行ってみます!」
ソフィがやる気になってしまった。
ということで、ゴールが暴れた漁師の家にゴーだ。
そちらに向かってみると、ローブを着た何者かが家の中を覗き込んでいる。
「おや、先客だ」
俺は前に出た。
ローブを着た人物に向かって足を進める。
「その家に、何の用だ?」
ローブ姿が、顔を上げた。
フードで頭まで覆っているが、その奥に、青く輝く目玉が見える。
青い瞳ではない。
眼球自体が真っ青なのだ。
そして、目玉を覆うように、水色に輝く紋様が見える。
「あ、精霊使いは君か」
「……!」
問答無用とばかりに、ローブ姿は俺に向かって指先を突きつけた。
奴の周囲に、光が湧き上がる。
それは、蝶の羽を生やした小人の群れ。
精霊を行使する魔法だ。
「落ち着け。俺も君と同じ、探索者だ」
エインヘリヤルだけどな。
「探索者……?」
「そう。探索者だ。その精霊魔法を引っ込めろ」
「……証拠がない。それにお前からは、探索者が持つ命題を感じない」
命題を感じ取れるのか、こいつ。
精霊使いは緊張を緩めないまま、呼び出した精霊の数を増やしていく。
「命題が無いものは探索者ではない。行け」
攻撃的な意思を持った精霊が、俺に向かって押し寄せてきた。
「あー、これは仕方ないな」
俺は精霊魔法に向かって、拳を振り上げた。
「“天罰”だ」
俺が持つ、神の落とし仔の特技を使用する。そのレベルは10レベル。
相手の行った判定のダイス目を減少させる。
そして、その出目が【ファンブル】値になれば……。
「!?」
精霊たちが、突然消滅した。
「落ち着こうか、精霊使い。悪かった。俺が探索者だってのは嘘だ。だが、敵じゃない。何故なら俺は」
目を見開き、俺を凝視する精霊使いに、俺は告げた。
「俺はエインヘリヤルでな。この事件、君の手を借りたい」
※テクスチャー
ヴァルキュリアの特技を使用しているのである。
※皮
何か神話生物的な皮。
※暴力的情報収集
ゴール曰く、ヴァルキュリアは拳で語り合う……とかなんとか。




