英雄の弟子、クライマックスの戦闘をする
いよいよ戦いが始まった。
敵は、触手を生やした異形のモンスター達と、それを操るこの村の村長にして、邪神の神官。
「一掃するぞ! 神技・冥界の女神行使、ブリザードを全体化!」
ラシードが仕掛ける。
事前に特技を用い、行動速度を早めていたのである。
「冥界の女神は、戦場全てを彼女の戦場とする神技だ。具体的には戦場全ての敵を攻撃の対象とする。ここから始まるぞ、神技戦が!」
「神技、戦……!?」
ソフィは目を白黒させる。
「敵も闇の神技を使うんだ。これに対応するために、仲間が持つ神技は把握しておいた方がいい」
「は、はい、分かりました!」
ソフィの目の前では、ラシードが掲げた手の平から吹雪が巻き起こっている。
これが神技の力で、その効果範囲を拡大していく。
だが、村長は目を剥いて叫ぶ。
「何の! わしが授かった闇の神技! 虚ろ神!!」
ラシードの神技が急速に衰えた。
「神技を打ち消す神技か! だがこちらもあるぞ! 大神の槍!」
続けて放ったラシードの神技が、闇の神技を打ち消した。それはまるで、蒼い槍の形をしていた。
さらに、ラシードは神技・死の女神を放つ。
これによって、全体に広がった吹雪の魔法が強大な威力を纏い、戦場に群がる触手の群れを討ち滅ぼした。
だが、大型の触手が何体か残る。
「よし、じゃあ、あの触手は俺が相手をする。ボスは頼むぞアレクセイ。イアンナはソフィを頼む」
「了承した」
「ソフィ、神技のタイミングはこちらでお教えします」
「は、はい!」
ソフィはソフィで、特技の使用タイミングを測る。
彼女の特技は、直接的な火力にはならないが、戦況を大きく左右する力を持つのだ。
「ふんっ」
アレクセイが踏み込んだ。
チェンソー剣を、村長へと叩きつける。
「なんのぉっ」
村長は黄色い衣の隙間から触手を出し、これを受け止める。
だが、回転し始めた刃によって、触手の何本かが断ち切られた。
村長は動きこそ鈍いものの、触手を操ってアレクセイに次々攻撃を仕掛ける。
アレクセイはこれの大部分を無視しながら、正面からひたすらに攻撃を仕掛けるのだ。
「ッ! ソフィ、アレクセイの回復をお願いします」
ソフィに近づく触手を銃で撃ち落しながら、イアンナが指示を出す。
「はいっ! ヒール!」
ソフィの手から放たれた光が、アレクセイの体に吸い込まれる。
これによって、彼が負ったダメージが回復された。
「感謝を。むううん!!」
アレクセイが気合と共に放った一撃。
それは村長の守りを抜け、その体に突き刺さった。
ここでアレクセイが宣言する。
「神技・神の雷槌!!」
チェンソー剣が黄金に光り輝く。
切り裂かれた村長の肉体が、泡立ち蒸発を始めた。
「うぐおわあああああっ!! た、ただでは終わらんぞぉぉぉっ!! 闇の神技ッ、鏡像魔神!」
「むっ!!」
次の瞬間、アレクセイの鎧に亀裂が走り、血がしぶいた。
己が与えたダメージを反射されたのだ。
村長への攻撃が無効化されたわけではなく、受けただけのダメージを返す神技であるらしい。
アレクセイの目が光を失い、膝をつく。
いかな機甲兵と言えど、神技を纏った攻撃に耐えることなど出来ないのだ。
魔の力により、異常なタフネスを得た村長が、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ソフィ!」
「……はい!! 黄金の林檎……!」
ソフィが放ったのは、復活の神技。
力を失ったアレクセイの全身が、金色の輝きを帯びる。
そして、傷が塞がり、鎧のひび割れが消滅した。
まるで時間を巻き戻しているかのようだ。
「感謝を」
アレクセイは立ち上がる。
そして、再びチェンソー剣を村長に向けて叩きつける。
「ぬおおおおお!! 全員が、まさか全員が探索者だったというのか……!!」
「そうだ。我々は命題によって導かれ、貴様のもとに集った。貴様の野望もここまでだ」
チェンソー剣が、村長の体に食い込んでいく。
破れた衣から溢れ出すのは、触手の奔流だ。
これを、回転する機械の刃が次々に切り裂いていく。
村長の命も風前の灯かと思われた。
「うがああああっ! こんな、こんなまさか……! この偉大な力を授かったわしが、ここでやられるなんて……! デュナミス様あああああっ!!」
村長が絶叫した。
ただの断末魔と思われたこの叫びだったが、ソフィはそこに背筋が寒くなる感覚を受ける。
「な……なんだか、すごく嫌な感じがします……! 何か、何か来ます……!!」
「確かにそうですね。アレクセイ、退いて下さい。何かがやって来ます」
「むっ」
「これは、嫌な予感がする!」
倒れた村長の背後には、異形の神像がある。
そこにあった像が黒く変色していき、やがて回転し、渦となった。
その渦の中から、誰かがやって来る。
「やれやれ。この僕が“エネルゲイア”となるための仕事が、早速邪魔されてしまうとはね。いやはや、邪魔なものだ、探索者たちよ」
「何者だ」
アレクセイの問いかけに、現れた何者かは笑いを以て返した。
その姿は、体にフィットした服装の、黒髪の男だ。
手の平には、黒い球体を浮かべている。
「僕は“デュナミス・タクト”。せっかく、愛する暗黒神話をこの世界に顕現させる下準備が完了するところだったのに」
周囲を、異様な空気が支配し始めていた。
生き残った触手は、全てがこのタクトと名乗った男に向かってひれ伏している。
デュナミス。
その謎の存在が放つ威圧感は、全てを圧倒していた。
ソフィは、膝をつきそうになる体を、必死に意志の力で留める。
それは、アレクセイたちも同じだ。
まるでこれは、氷の巨人を相手にした時のような……。いや、それどころではない。
目の前の男は、正に次元が違う。
戦う前から、それが分かる。
「では、やり直そうか。無粋な探索者たちは、退場してくれ」
タクトは半笑いで、手の平の黒い球体を掲げた。
そこに、目に見えて分かるほど、強烈な魔力が収束し始める。
「終わりだ」
「……スタンさんっ!!」
ソフィは目を閉じ、叫んでいた。
そして……。
「おうよ」
再び、主役が入れ替わる。
※神技戦
ラグナロク・ウォーに慣れたプレイヤー達の間で使われる慣用句。
敵味方から神技が飛び交うことから、こう呼ばれる。
熾烈な神技の交わし合いのため、長い時間をかけたセッションでも、ゲーム中ではほとんど状況が進んでいないということもざらである。
※全員が探索者
PCが出張る状況では、常に全員が探索者なのだが、本来ミズガルズにおいて、多数の探索者が揃うことは稀である。
※デュナミス
出た、スタンのトロフィー。




