俺、追われる村娘と出会う
目前に木が迫った。
「ストップストップストーッ」
止まれなかった。
そのばかでかい針葉樹に、俺は素っ裸のまんま追突し、そのままの勢いで貫いた。
通過した後の木が、一瞬遅れて粉々に爆散する。
「ひょーっ!? 全然痛くなかったぞ! なんだこれ!?」
木に追突した衝撃はあったのだが、そのダメージが俺の肌を貫通して来ない。
そんな感覚だった。
TRPG、ラグナロク・ウォー風に言うなら『打撃属性ダメージが防護点を抜けなかった』だ。
「今の感覚、絶対におかしいな……っと!! おお、また木を粉々にした。これは、追突で俺がダメージを受けないってことは、俺は能力までスタンになってるってことか?」
スタンは、生身の状態でも一定のダメージを軽減する防護点を得る特技を取得していた。
あれは、キャラクターレベルによって防護点の値が上昇していくはずだから……。
確かに、この木にぶつかった程度ではダメージを受けないことに納得できる。
俺が状況を理解し始めた時、背中側から声が響いた。
『正解でーす。さあスタン、あたしが選んだ試練を見事くぐり抜け、エインヘリヤルとしてのあなたの力を見せて欲しいなあ!』
「この声! お前、俺の部屋に現れたコスプレイヤーか!」
『ヴァルキュリアのゴールだよ! コスプレイヤー違うわ! てか、凄いねえ。生身でその破壊力とか、やっぱこのエインヘリヤル異常に強いわ』
「おいゴール! なんで俺はここにいる!? どうして裸なんだ! ってかこれは夢か現実か? 俺はお前にこの状況について説明を要求するぞ!」
『質問は一つだけにしてくださーい。一度にたくさん言われても、ゴールには分かりませーん』
このヴァルキュリア……!
絶対に一発ぶん殴……いやいや。
俺が今スタンなのなら、この力で殴るのはやばい。
デコピン……ようし、デコピンだ!
そいつを一発ぶちかましてやるぞ!
俺は疾走しながら、空中でデコピンの動作をした。
ピシッ、ピシッと空を弾く。
その目の前にまた大木が出現して、ピシッと弾いた指先が、そいつを根こそぎ引き抜いた。
「いけねっ!!」
これはまずいぞ。
俺はキャラクターシートでスタンの能力は把握していたが、それが現実となった場合、どれだけの強さがあるのかは把握できていない。
それに、あまり考えている時間もない。
今、スタンが走っているのは全力移動だ。
ラグナロク・ウォーにおいて、移動速度はそのキャラクターのイニシアチブ値……行動力という値で決定される。
こいつが、レベルが上がる度に上昇するんだ。
そしてスタンはレベルカンスト。
遅いはずがない。
ええと、行動力が120だから、全力移動で240、単位はメートルだから、時速86キロメートルか……!
人間の速度じゃねえ。
それは、本当にあっという間だった。
「助けっ……」
かすれた叫び声が、すぐ近くに迫った。
具体的には、目の前の木の裏。
「ふんぬーっ!!」
俺は飛び上がる。
このまま突撃したら、この声の主も木と一緒に血煙に変えてしまうからな。
飛び蹴りで木を粉砕すると、恐らくは声の主の目の前に飛び降りた。
俺の着地で、周囲の大地が揺れる。
「────!?」
声の主が、俺の背後にいるようだ。
恐怖の叫びが、驚きに塗りつぶされていくのが分かる。
うん、俺だって、目の前にこんなのが出てきたら驚く。
「な、なんで……なんで裸……!?」
「すまんな」
故あって全裸の俺、参上なのである。
その故は俺もよく分からん。
「誰だ」
「何者か」
「全裸だ」
「裸の男ぞ」
周囲からの声。
数は四。
「そこのあなた、逃げて! こいつらは恐ろしい奴らです! とても裸では……」
「エネミーレベル5、機甲兵か。マキナ帝国の一般兵だな」
周囲に立つのは、機械仕掛けの鎧に身を包んだ、スタンをも超える巨漢が四人。
イラスト化されてなかったはずだから、姿を見るのは初めてだ。
だが、フレーバーテキストに書かれた通りの姿だな。
「知っているなら……! 機械神の加護を受けたあいつらには、誰も勝てないんです!」
「いやいや、一回セッションした後のPCなら余裕だし……と、ゴホン。任せておけ、娘よ。奴らが機械神の加護を受けているなら、俺は戦乙女の加護を受けている」
「戦乙女の……!? それはまさか、伝説のエインヘリヤル……!?」
「この拳がマキナ帝国の機甲兵を打ち破る。その目でしかと見ているがいい」
「あなたのお尻を?」
「違う!」
ということで、流されるように俺の初戦闘が始まるのだ。
※防護点
属性ごとに、ダメージを軽減する値。
属性は斬撃、刺突、打撃、炎、氷、雷、光、闇 の八属性が存在し、防護点はそれぞれに対応する。
※行動値
ラグナロク・ウォーの戦闘時、この値が高い順に行動する。
移動力にも関係しており、10秒間に行動値メートル移動できる。
レベルアップによって上昇する。