英雄の弟子、事件の黒幕と対面する
階段が終わった。
そこは一直線に伸びる通路になっている。
左右には、異形としか形容しようのない石造りの彫像が並ぶ。
グレムリンが放つ光で、ゆらゆらと陰影が揺れる様は、この世のものではないかのようだった。
「おかしいな。呆気なさ過ぎる。もっと様々な妨害があるものと思っていたが」
ラシードは油断無く、グレムリンの視界で周囲を見回している。
この状況に至るまで、奥に潜んでいるであろう事件の黒幕からの干渉は無い。
井戸の外であふれだしてきた、あの巨人の群れくらいだ。
(たぶん、スタンさんが巨人をたくさんやっつけちゃったから、向こうは息切れしているのかな)
ソフィはなんとなくだが、そう思った。
今は、この怪しい通路をボーっと眺めているスタン。
だが、後衛で全員の戦いを見守ってきたソフィは、彼がどれだけの活躍をしたのかを知っていた。
背後から、横から一度に襲い来る巨人を次々と蹴散らし、果ては頭上から来る者を撃退し、目立つ屋根の上で巨人たちを引き寄せて、片っ端から叩き潰した。
お陰で、アレクセイ一行は正面からくる巨人のみに注力できたのだ。
それでも尋常ならざる敵の物量ではあったのだが。
「ここが行き止まりです。明らかに扉ですね」
不思議な紋様に覆われた、石の扉がそこにはある。
それは完全に閉ざされ、僅かな隙間もない。
「よし、開けるぞ」
アレクセイが扉の腕を押し付けた。
とても、人間一人の力では開きそうにない扉である。
だが。
「特技・筋力瞬間増強、使用」
彼が呟くと、身に付けた機械の鎧が真っ白な煙を吐き出した。
アレクセイの全身が、軋みと唸りを上げる。
扉に掛けられた手が食い込み、石の表面を削った。
やがて、じわり、じわりと扉が開き始める。
「す、すごい!」
「これが機甲兵の力だ。特に、アレクセイは特別製だからな」
どこか誇らしげに、ラシード。
だが、そんなアレクセイの剛力をもってしても、扉は重い。
少しずつしか開かない。
「これは……休み休みやるしかないようですね」
通常であれば、イアンナの判断が正しかったことだろう。
だが、ここでソフィはふと思いつく。
(私の特技を使ったら、もしかして)
「アレクセイさんに、導きを……!」
ソフィの手が光った。
すると、アレクセイの動きが目に見えて良くなる。
鎧が上げる機動音が軽快に変わり、扉はぐんぐんと開き始めた。
「いいぞソフィ。そのタイミングだ。導きはとても応用の幅が広い特技だ。起きてしまった事には使えないが、今進行している事態に対しては抜群の効果を示す事が多い。よくぞ自分の判断で使ってくれた……成長した……」
スタンがなにやら、感慨深そうだ。
それが自分の成長を喜んでの反応だと分るので、ソフィは笑顔になる。
あっという間に扉は開いてしまった。
「ふう……。途中で俺の体の出力が上がったように感じたが、ソフィの支援だったのか。感謝する」
「優秀、優秀」
「私も後輩の働きに鼻が高いぞ」
アレクセイ、イアンナ、ラシードに次々に褒められ、ソフィは赤くなる。
特に、イアンナが無表情に肩やら腕やらをぽふぽふしてくるので、積極的スキンシップに嬉しいやら恥ずかしいやら。
スタンはニコニコしながら、この光景を見つめていた。
「いいセッションだ」
相変わらず何を言っているか分らないのだが。
「入ってくるのか、入ってこないのかどちらなのかね!!」
突然、扉の奥から怒声が響いた。
アレクセイ一行は、ハッと我に返る。
思わずこの優秀な新人を褒めることに集中してしまった。
だが、普段であれば緊張感に満ちていたであろう彼らが、こうして緩やかでいられる。
その原因は、背後にいる一人の男にあるのだ。
「悪い悪い。だが、空気を読んで待っていてくれる悪役は好きだぜ」
言葉を返したのはスタン。
彼は真っ先に、扉の向こうにある空間に向かっていった。
そこを目掛けて、何か触手のようなものが襲い掛かってくる。
スタンはそれを手刀で叩き落すと、踏んだり引きちぎったり。
「何者だ!? ただの探索者ではあるまい!」
「それは今は語れんな。だが、俺たちはお前を止めにきた探索者だ」
スタンの後ろから、態勢を整えたアレクセイたちが歩み出る。
影からちょこん、とソフィが顔を出した。
「あれが黒幕……」
そこは、思った以上に広い空間だった。
地面も壁も天井も、石造りの人工的な場所なのだが、横には何本もの柱が立ち並び、突き出した腕のような形の部分に明かりが灯されていた。
風も無いのに揺れる明かりは、その空間にひしめくおぞましい怪物たちを照らし出している。
それは、頭が無くて代わりに触手が生えた巨人や、翼の代わりに触手を生やした鳥だったり。
見るだけで、その者の正気を奪うような化け物。
「気持ち悪い」
ソフィは眉をひそめた。
だけど、それだけだ。
「貴様ら、我が眷属を見ても何も感じぬのか。他の者たちのように、恐怖におののき、正気を失い、狂気に陥ることはないのか」
「無い」
断言したのはスタン。
「“命題”を授かった探索者は、そのシナリオの主役なんでな。そういうシナリオ続行が不可能になる系のBSは効果がなくなるんだ。ちなみに俺は精神BS無効の特技がある」
「そ、その物言い。貴様、デュナミスか!? 世界の外から来た者か!」
怪物たちの奥に座した男が、立ち上がった。
黄色く染められた衣を纏う、中年男だ。
「スィニエーク村の村長です。記録にあの顔がありました」
イアンナが冷静に語った。
「そして、スタン殿の事をどうやら知っているようだな。この事件、なかなか闇が深そうだ」
ラシードは油断無く呟きながら、賢者の箱を展開する。
そしてアレクセイは、無言でチェンソー剣を起動した。
「デュナミスというのが何かは分らんが、大方そいつはあれだろう。俺と同じ……」
『逆逆』
スタンの耳元で、口元だけ迷彩を解いたゴールが囁いた。
スタン、咳払いをする。
ソフィは思わず、くすっと笑った。
「ええと、俺とは真逆の存在だろう! お前をここで倒して、デュナミスとやらを引きずり出してやろう!」
スィニエーク村を巡る、最後の戦いが始まる。
※成長した……
パパ嬉しい
※ぽふぽふ
お姉さん嬉しい
※いいセッション
参加者が仲良く、楽しく遊ぶセッションは素晴らしいものになる。
※デュナミス
この、少々異常な状況に関わる者の名のようだ。




