英雄の弟子、狂った村の中を探索する
「おお……空から来る、偉大なる影」
「凍てつく力の主よ」
「いあ……いあ……」
「くふあやく、ぶるぐとむ、ぶるぐとらぐるん、ぶるぐとむ……!」
呟きながら、村人たちが巡回する。
「邪神かあ。しかも知ってる奴だあ」
スタンがぶつぶつ呟いている。
この人は、どこまで知っているのだろう。
ソフィは驚きを持って、師であるこの戦士を見上げる。
「まあ、問題ない。むしろ俺たちは、あれの天敵と言えるだろうな。何しろシステムが違う」
ニヤリと笑うスタン。
この余裕はどこから来るのか。
対して、アレクセイとラシードは余裕のない表情だ。
彼らは物陰に隠れ、村の様子を伺っていた。
村人たちは、皆一様に生気がない。
顔色は不自然な程に青ざめ、虚ろな目は瞬きをしない。
「戻りました」
「うわっ」
スタンが飛び跳ねた。
いきなり後ろから声を掛けられたのだ。
村人たちが、スタンの声に反応してぎょろりとこちらを向く。
慌てて、みんな息を潜め、物陰を移動した。
「勘弁してくれイアンナ。俺は気が小さいんだ」
「意外です。スタン殿は怖いものなどない豪傑だとばかり思っておりました」
しれっとした顔で言うイアンナ。
何時も通りのように見えるが、ソフィの目は彼女が得意げであることを見逃していなかった。
頭の上でつんと立つ、猫耳が健在だったのだ。
少女の視線を感じたか、イアンナはちらりとソフィを見ながら、そそくさと猫耳を隠した。
「神技の効果はなくなりましたが、それでも問題はありません。村を一回りして来ました」
「お疲れだ。では、状況を教えてくれ」
アレクセイはあくまで冷静。表情が分かりづらいだけかもしれないが。
この人、甘い物を嬉しそうに飲んでたものね、とソフィは思い返す。
機甲兵とは言え、普通の人間らしいところもあるのだ。
「歩哨を行っている村人ですが、時間によって交代しています。その交代の時間に、警備が甘くなるようです。地図を拝見しても?」
「ああ。石は使うか?」
ラシードの問いに、イアンナは頷いた。
また猫耳が出てきている。
ピコピコ動いているから、あの綺麗な石がコロコロ動き回る様を見たいのだ。
「グレムリン」
ラシードが空に向かって呼びかけた。
偵察していた小鬼が舞い降りてくる。
「私が使い魔を通じて見た村人の動きと、イアンナが観察した村人のローテーションを再現してみよう」
地図上で、小石が踊りだす。
イアンナの細かな指摘を受けながら、ラシードは小石を操った。
「このタイミングか。時間は?」
「もうじきです。彼らは同時に交代します。それは非合理的ですが、そうするのが彼らの教えのようです」
スタンが顎を撫でた。
「なんか、ハスター教団としてはかなり独自だな。てか、氷の巨人が眷属ならハスターじゃなくてイタカじゃないのか?」
「む!? スタン殿、村人がおかしくなった原因についてご存知なのですか!?」
ラシードが目を剥いた。
どう見てもただの戦士だし、探索者としては知識こそあれど、特に口出しをしてくるわけではない。
なのに、ピンポイントで核心的情報をポロッと口にする。
ソフィから見ても、スタンは意味がわからない人だなと思うのだ。
彼が口にする言葉はあまりにもメタ過ぎて、この世界の住人にとっては予言でもしているかのように聞こえる。
「……でも、スタンさん、さっきからずっと大人しいですよね?」
ソフィが尋ねると、彼はウィンクして答えた。
「自分の活躍したさで、他人の見せ場を奪うほど空気が読めないプレイヤーじゃない。ベテランは初心者を立てるものさ」
相変わらず何を言っているのか分からなかった。
少しすると、表通りを歩いていた村人たちの気配が消える。
イアンナの言っていた通りのタイミングだ。
「行くぞ」
アレクセイの言葉と同時に、一行は動き出した。
村人たちが入っていった家の一つに押し入る。
そして、村人が反応するよりも早く、アレクセイが武器を振り上げた。
チェンソーがついた大剣だ。
この得物の機能を使わずに、片っ端から殴り倒していく。
「おいおい……」
「大胆ですね……」
「ええ……」
ラシードとイアンナ、ソフィが絶句する。
まさかこんな大雑把なやり方で、村人を無力化するとは思っていなかったのだ。
ただ一人、スタンは満足げに頷いていた。
「正しい。戦闘不能にして転がしておけば、とどめを刺さない限り死なないからな」
『幾ら何でもスタン、ゲーム脳過ぎでしょ』
思わず姿を消したゴールに突っ込まれるほど。
やがて、村人たちは一人残らず昏倒した。
彼らを縛り上げて、尋問をすることになる。
これを担当するのは、ラシードとイアンナだ。
アレクセイは口下手なため、後ろで見ていることになる。
「さて、ソフィ。いよいよ展開が中盤に差し掛かってきた。これから情報収集になるわけだが、そこで戦闘が起こるだろう」
「はいっ」
家の中の別室。
ソフィはスタンと向かい合っていた。
師匠たる彼から、探索者としての新しいレクチャーが始まるのだ。
「今度の戦闘は、ソフィが何をできるのかを理解して参加することになる。前回の巨人戦で、雰囲気は掴んだだろう。特技は使わないまでも、装備した魔法でよく立ち回った。偉い」
「あ、ありがとうございます!」
褒められた!
ちょっと嬉しいソフィ。
日常生活では、なかなかこうして、面と向かって褒められることは無い。
「俺は褒めて伸ばす主義だ。さあ、では次だ。君はキャラクターシートを展開出来るようになったと思うが、そこに“特技”というものを記入する欄があるはずだ」
「あ、はい。えっと……ありました」
ソフィの視界に、自分のキャラクターシートが浮かぶ。
それは粘土版のような見かけだ。
ソフィの村では、高価な紙などはあまり使用されていなかった。
主に、粘土板を使って文字を刻むのである。
それでも、文字を書けるのはソフィを含めて数が少なく、彼女は村では重宝されていた方だった。
つくづく、帝国軍と出会わなければと思ってしまう。
「ソフィ」
「あ、はい! ぼーっとしてました、ごめんなさい」
「いやいや、別に急ぐわけじゃない。ゆっくり行こう。君の職業だが、白魔導師、錬金術師、放浪者だったはずだ」
「はい、その通りです。スタンさんよく覚えてますね」
「キャラクターシートにメモして置いたんだ。で、白魔導師の特技はもう全部使えるはず。読み上げてみて」
「はい。えっと、“導き”……対象の行動の結果を向上させる。“光の障壁”……対象が受けるダメージを軽減する。“癒し強化”……ヒール系魔法の効果を増大させる。この三つです」
「いいね、有用なのばかりだ。白魔導師はレベルが低くても、活躍できる補助的な特技が多いんだ。それは錬金術師と放浪者も一緒だ。特に放浪者には……。ソフィ、“幸運の女神”という特技は?」
「あ、あります!」
キャラクターシートの一番下に、スタンが口にした特技があった。
「それは、対象の行動をやり直させるという、とても強力な特技だ。同意した相手にしか使えないが、仲間の致命的な失敗をなかったことにもできる」
「すごい……!」
「じゃあ、直接その使い方を学んで行ってみようか」
スタンの特技講座、実践編である。
※呟き
クトゥルフ神話が別のゲームからせめてきたぞ!
※システムが違う
ラグナロク・ウォーのPCには、恐怖や正気度と言うシステムがそもそも無い。
※戦闘不能にしておけば
ラグナロク・ウォーでは、HPがゼロになっても死亡しない。
戦闘不能状態となり、ここで「とどめを刺す」と宣言されると死亡するのだ。
ただし、ボス属性というものをもったエネミーは、HPがゼロになると死亡する。




