英雄の弟子、探索者としての心得を学ぶ
ここより、シナリオはソフィ視点の三人称になります。
ソフィの視界を通してみる世界は、こんなにもシリアスなのです。
ソフィは、未だにばくばくと音を立てる心臓を、鎮められずにいた。
なんだろう、さっきの大きな青い巨人は。
たった一体ではあった、ソフィの目には帝国軍よりも恐ろしい物のように映った。
一人、アゾットを握り締めて息を整える。
そこへ、彼女と肩を並べて戦ったアルケミストが声を掛けてきた。
「お前のお陰で、私達はこうして歩いて帰る事ができる。まだ、降ってきたばかりの探索者なのだろう? だが、良き師に恵まれているようだ」
降ってきた。
探索者に成る事を、彼らはこう表現する事がある。
只人でしか無かった者が、“命題”を
アルケミストの男は、この新たな探索者を気遣うように話す。同じアルケミストらしいということで、ソフィに親近感を覚えているのかも知れない。
ソフィは、帝国の人間というものはもっと恐ろしいのかと思っていた。
だが、こうして話しているとごく普通の人のようだ。
「あの、私、全部言われるままで……」
「何、手探りで探索を始めなくて済むだけお前はましだ。若き探索者は、与えられた命題をこなそうとして、己の分を知ること無く死ぬことが多い。私達も、危うくそうなるところだった。そこを助けられたことは、例えどれだけ言葉を尽くしても返しきれぬ恩を受けたということだ。これには、行動を持って返す。まだ、賢者の箱を持っていなかったのだったな?」
「あ、はい。私、突然だったので」
「お前の最も核となる職位が錬金術師では無かったというだけだろう。これを使え」
ソフィに手渡されたのは、指先ほどの小さな箱。
「あ、あの、ありがとうございます! これ……」
「練習用の賢者の箱だ。成り立ての錬金術師ならば、これで十分だろう。錬金の技については、後々教えてやろう。せめてもの恩返しだ。……しかし……」
アルケミストは、目を細めて先を歩く背中を見る。
凍てつき、半壊した毛皮を纏う大柄な男だ。
金色の髪に、青い瞳。優男のような顔をして、氷の巨人を真っ向から打ち倒した不可思議な男。
「あの男は……何なのだ?」
「あ、はい。あの方が、私を助けてくれて、お陰で私は生きていると言うか……。その、ヴァルキュリアを連れて……わひゃっ!?」
ここで、ソフィの脇腹がつんっと突かれた。
姿を消したゴールが突っ込んだのである。
ヴァルキュリアのことは秘密だったと思い出し、ソフィは言い直す。
「ええと、とても強くて。村に来た帝国の軍隊を一人でやっつけてしまったのです」
「村に来た帝国の……!? それはまさか、オロチ中隊のことか!? 北方地方に駐屯する中隊と言えど、その精強さには定評があった者たちだぞ! それを一人……? まさか。想像もできん。……いや」
アルケミストが、無理やり作ったような笑みを浮かべた。
「あの巨人をただの素手で打ち倒すような男なら、やれるか」
彼の目に浮かぶ感情は、畏敬であろうか。
氷の巨人の攻撃を跳ね除け、容易く打ち倒した戦士、スタン。
彼は機甲兵とスカウトの後に続き、一人ぶつぶつと呟いている。
ソフィが耳を澄ませると、その声が聞こえてきた。
「待てよ。ということはソフィは初心者プレイヤーということになるのか。では経験者の俺がネタバレをして、これから彼女が覚えるワンダーを殺してしまうのは下の下ではないか。一人盛り上がってはいかんな。TRPGはみんなで楽しむものだ……。よし、お口チャックで行くぞ。必要な情報をちょろっと出すだけにする。俺は頑張る」
ソフィはくすっと笑う。
彼は、そんなに恐ろしい人ではないと、知っていたからだ。
神の戦士、エインヘリヤルのスタン。
彼が、自分の師となってくれるならば、探索者という新たな人生もまた悪くないのではないか。
つい先日までただの村人であった少女は、そう思うのだった。
※降ってきた
命題は天からの授かりもの。
どれだけ優れた人間でも、これが降ってこなければただの人なのだ。
※賢者の箱
金属質の黒っぽい箱であり、錬金術師が錬金術を使用する際に、展開して光を放つ。
彼らの技術の粋が組み込まれた、まさしく魔法の箱。




