俺、異世界に降り立つが全裸
「はっ」
と目覚めた。
抜けるような青空である。
雲ひとつ無く、視界いっぱいを満たす青。
「青空の色が濃い」
そう思って起き上がった。
なんだか、妙に体が軽い。
頭もスッキリとして、まるで十分な睡眠をとった休日の朝にも似ている。
「やれやれ、ひどい夢を見たな」
思わず呟いた。
その声が、ちょっとおかしい。
まるで俺の声ではないようだ。
ぼそぼそ声ではなく、張りがあって伸びやかで、もっと若々しくて声量もでかい。
「? あー。あ、あー」
何度か声を出してみた。
やっぱり俺の声ではない。
風邪を引いた?
いや、声が出るようになる風邪ってなんだ。
第一俺は風邪を引くような寝方はしてないはず……。
体を見下ろして、一瞬固まる。
あれっ。
全裸だ。
一糸纏わぬ裸んぼうだぞ、俺。
しかも見ろよ、この筋肉。
自慢じゃないが、ビール腹とだるだるの肉がついた手足が俺であった。
遠めに見ると太った餓鬼のような、いわゆるおっさん体系。
それが今は、たくましく盛り上がった大胸筋!
ヒュウ! まるで鋼だぜ!
美しく割れた腹筋!
シックスパックってのはこういうことか!
力瘤を作ると、腕の太さは女性のウエストほどにもなるのではないか。
そして股間のあれ!!
でけえ!!
俺は戦慄した。
「どういうことなの……」
辺りを見回すと、そこは草原。
草原のど真ん中で、全裸でマッチョの俺が立っている。
どうしたものかと途方に暮れ、とりあえず体の筋肉を試すべく、ポージングしてみたり、あちこちピクピクさせては遊んでみた。
うん、これ、俺の背丈もめちゃくちゃ伸びてるな。
もしかして……俺、スタンになってる?
これはつまり、あれだ。
夢だな、うん。
俺があまりに、スタンと別れるのを惜しんだから、夢にまで見たに違いない。
俺はそう判断することにした。
「とりあえず、全裸は良くないな。何か股間を隠すものを探しに行こう」
のっしのっしと草原を移動し始める俺なのだった。
この肉体、歩幅がでかいらしく、やたらと歩くのが速い。
巨体っぽいのに動きも軽やかで、あまりにも軽すぎて俺の思考が肉体に追いつかない。
ちょっと小走りしてみようかな、と思うと、一気に周囲の風景が後ろに向かって流れ始める。
ちょっとちょっとちょっと!
速い速い、ストップ!!
慌てて立ち止まると、足の裏が地面を削り取りながらしばらく滑り、そして止まった。
「おお……こんなに勢いがついてたのかよ」
振り返ると、俺の両足が削った跡が一直線に伸びている。
ええと、十メートルくらいか?
小走りになっただけでこれだ。
全力疾走したら、いったいどれだけ凄いことになるんだ?
我が肉体ながら高すぎるスペックに、股間のものも縮み上がる思いである。
「それでもでかいな……」
じいっと眺めていると、不思議な満足感を覚える。
大きいことは良いことなのだ。
また気持ちが盛り上がってきたので、スキップしながら草原を駆ける俺。
すぐに、森らしきものが見えてきた。
数キロ先というところだろうか?
小走りしたら一瞬だな。
その時である。
「誰かっ! 誰か助けてーっ!!」
甲高い悲鳴が森から聞えたのだ。
恐らく、これだけ距離が離れているのだから微かな響きだったはずだ。
それが、まるで近くにいるように良く聞える。
「なんてこった、人が襲われているのか? しかも、この声は女だ!」
俺の足取りは速くなる。
「股間を隠すものを探す暇などないな」
人生において、重要な出来事とは、それに対する備えがまるで出来ていない時を狙ったように起こる。
俺もそういう経験が多々あり、準備のないことを理由に挑まなかったせいで、多くのものをこの手から取りこぼして生きてきた。
そういう教訓があるからこそ、俺は隠すものも隠さずに走るのだ。
そう、古代ローマのマラソンだって、かのメロスだって全裸だったではないか。
全裸は何もおかしくなど無いのだ。
走れ、俺よ。
俺は走り出す。
その肉体は、一瞬で風と一つになった。
※でけえ!
でかい。