俺、異貌の神の眷属と見える
氷の巨人を観察してみる。
あのタイプのエネミーは、ルールブックに記載されているものではないな。
少なくとも、俺は見たことがない。
ということは……。
この世界に来て初めて出会う、新型のエネミーかもしれない。
キャンペーンを遊んでいた時でも、GMはオリジナルのエネミーをよく出していたからな。
俺たちのパーティのレベルに見合ったエネミーが、もはやルールブックに存在しなかったと言う方が正しいか。
ってことで、新型エネミーに対し、俺は割りとポジティブな印象を持つ。
「ゴール、近づいてみようぜ。ソフィは後ろで見ていてもいい」
「スタンも好きねえ。だけど、そういうところが英雄たるエインヘリヤルの資格……!」
「わ、私もご一緒します!」
どやどやと、戦闘に割り込んでいく俺たちだ。
例によって、ヴァルキュリアであるゴールは後ろで見学。
エインヘリヤルの試練に、ヴァルキュリアが直接関与することは禁止なのだそうだ。
こいつ、この場で二番目に強いだろうに。
「よう。手助けは必要か?」
俺が声を掛けると、後衛にいたアルケミストが振り返った。
「な、何者だ!?」
「ご同輩さ。俺も彼女も探索者だ。義により助太刀する」
返答を聞かず、俺は前線へと突き進んでいく。
「ソフィ、色々試して見るんだ。まずは渡したヒールで、あのスカウトを回復!」
「は、はいっ! ヒール……!!」
ソフィの手が光り、片腕を怪我した軽装の男に癒やしの魔法が降り注ぐ。
ラグナロク・ウォーの魔法には射程距離があり、ヒール程度の低レベル魔法は、射程が大体10mだ。
あまり後ろに行き過ぎると、魔法の効果を対象にもたらせないのだ。
「……! 腕が楽になりました。全快ではありませんが、これで動かせます。魔法が通用するということは、貴方達は間違いなく探索者なのですね」
巨人の攻撃を躱しながら、軽装の男が礼を言った。女の声だ。
よく見ると、この軽装は動きを妨げない装備のようだ。ということは、密偵のクラスだろう。
こいつはスカウトの女のようだ。
アルケミストと機甲兵は男だな。
「感謝する。だが、気をつけてくれ。こいつは……強い!」
氷の巨人が、大きく息を吸い込んだ。
その口から、吹雪が押し寄せてくる。
「障壁を!!」
アルケミストが叫んだ。
賢者の箱が展開し、そこから光が溢れる。
吹雪はこの光にぶつかり、多少軽減された。
「くうっ……!」
「みんな、踏ん張れ……!! 吹雪を凌いで反撃だ!」
機甲兵とスカウトは、吹雪の中で必死に堪えている。
少なからぬダメージを受けているようだが、アルケミストによるダメージの軽減が行われたから、多少はましだろう。
だが……。
俺の目から見て、この氷の巨人、帝国側の探索者たちにはキツすぎるだろう。
適正レベルのエネミーじゃない。
このセッションのGMはバランスが分からないか、Sだな。
「大した吹雪だ。俺が止めてくる」
俺は、触れるものを何もかも凍てつかせるような氷の嵐の中を進む。
「正気ですか!?」
スカウトの声が聞こえてくる。
正気も正気。
俺の身につけている毛皮は、たちまち凍りついていくが、その下にある生身は全くの無傷だ。
この氷の吐息も、俺の基本防護点を抜けてはこないな。
ましてやアルケミストの支援入りなら、何も怖くはない。
俺は拳を握りしめると、歩みを早めた。
「俺は戦士なんだがな。ああ、武器が欲しい」
俺はぼやきながら地面を蹴った。
飛び上がり、振りかぶった拳が氷の巨人の肌を打つ。
『ウボアーッ!!』
轟音が響き渡り、巨人がたたらを踏んだ。
おう、俺の一撃を受けても粉砕されないとは、大したタフネスだ。
『ボアァァーッ!!』
巨人は怒りの声を上げ、俺に向かって手をかざす。
そこから出てくるのは、やはり吹雪だ。
おや?
殴ってこないのか。それとも、殴るタイプのエネミーじゃないのか、こんな図体をして。
こいつは単体の相手を攻撃する吹雪らしい。
体を押す勢いがちょっと強いぞ。
だが、もちろん俺の防護点を抜けることはない。
俺は無造作に、もう片方の拳を振りかぶった。
また、跳び上がって氷の巨人を殴りつける。
これで、終わりだ。
ただのエネミーで、俺の攻撃を二発耐えられる奴は少ない。
倒れないなら、そいつは特別なエネミーだってことだ。
「ノーマルエネミーってところだな。おっと……!」
氷の巨人は砕け散る。
全身に亀裂が走り、ひび割れ、殴りつけた部分から全身が崩れていく。
そして、巨人であった欠片は地面に落ちること無く消えていった。
「消滅か……。ってことは、異貌の神の眷属だな」
俺は巨人の正体に当たりをつけた。
異貌の神に従う連中は、倒すと欠片も残さず消滅する。
こいつらは世界の外側、いわゆる宇宙からやって来る、ミズガルズへの侵略者だ。
サーペント山にいた、異貌の神の眷属。
本来なら攻めて来ないはずの帝国軍。
帝国側の探索者たち。
そして、ソフィが受けた命題。“帝国のスィニエーク村を救え”
この辺りに、ちょっと普通じゃない要素が固まっている。
これは偶然ではない。
事件が起きている場所には、普通じゃないものが集まるのだ。
そして、運命の糸みたいなものに引き寄せられて、事件の渦中に巻き込まれていく者がいる。
それがプレイヤーキャラクター。
俺たちというわけだ。
ようやく、シナリオが始まったらしい。
※氷の巨人
本来、ミズガルズには存在しないはずのエネミーである。
ラグナロク・ウォーのデータにも、このようなエネミーは記載されていない。
髪を振り乱し、闇のような目をした青い肌の痩せた大男に見える。
※魔法が通じる
戦闘に入ると、回復魔法は仲間にしか通用しない。
攻撃魔法を仲間に掛けることも出来なくなる。
つまり、仲間を回復できたということは、ご同輩の探索者かそれに準ずる者であると言える。
※適性レベルではない
恐らくは、15レベルほどのエネミー。
ボスという属性を持たないエネミーはHPこそ低いが、レベルに応じてその特殊能力や攻撃力は高くなる。
※プレイヤーキャラクター
スタンが本当にそうなのかは、定かではない。