俺、山岳で他の探索者と出会う
山に入った。
サーペント山と呼ばれる、いわゆる山脈で、この山が帝国とドミー男爵領を隔てる境界線となっている。
今回は、これを越えて帝国兵がやって来たから大騒ぎになっているのだ。
普段であればそんなことはないらしい。
「男爵様の領地は畑しかなくて、あまり価値がないんだそうです」
とはソフィのお話。
帝国は今、男爵領から南にある王国連合と戦争中であり、そちらに注力しているのだそうだ。
「だとすると、ますます帝国兵がやって来たのはつじつまが合わないな」
上を見上げると、すっかり雪化粧をしたサーペント山にて、俺は呟いた。
ゴールはさすがに寒いらしく、空を飛ばずに地面を歩き、マントにくるまっている。
「ヴァルキュリアなのに寒さが嫌いなのか」
「例え神の子と言っても寒いものは寒いでしょ! スタンはもこもこした毛皮を被ってるから分かんないだろうけど!」
「俺はそもそも、氷属性防護点が高いから、寒さに強いんだよなあ」
「絶対原理的におかしいからそれ」
ちなみに、我が一行唯一の暖房器具である、もこもこふかふかのセーフリームニルはソフィの腕の中。
この聖なる獣は、どんな時でも最高の肉の状態を保つので、ほどよい温度で抱きしめているとぬくいのだ。
少し上に登れば、雪中行軍になってしまうことだろう。
俺は一向に構わんのだが、まだレベルが低いソフィが危うい。
早く彼女のレベルを上げて、少々の無茶が大丈夫なようにせねばならない。
そのためには命題をクリアせねばな。
モンスターを倒しても、ラグナロク・ウォーはレベルが上がらないのだ。
てくてくと、山の周りに設けられた道を歩いていく。
ごく低いところを行くから、崖から落ちるなどの危険はない。
その代わり、上から山崩れが発生してくる可能性はある。
「私、サーペント山に入ったのは初めてで……。村で猟をする人だって、帝国と接してるこの山には入らなかったと思います」
「たとえ得物が獲れても、帝国軍と鉢合わせになったらおしまいだもんな」
そこは納得だ。
行き違う人など全く無い、山道をひたすら行くのである。
山の中は、風が吹き抜ける音と、時折何か獣が遠吠えする声が聞えるばかり。
この辺りは一足早く冬が来ているようで、木々は葉を落とし、下草など全く無く、寒々しい限りだ。
「さっさと抜けたいところだな」
だが、俺の速度で歩けばソフィの足ではついてこられまい。
進行速度に気配りが必要だ。
俺はやや焦れながらも、ソフィの速度に合わせて歩いていた。
そこに、何か聞えてくるではないか。
「爆発音じゃなかったか?」
「だ、誰か戦っているんでしょうか……!?」
「うひょひょ、新しい勇者が見つかるならあたしは超嬉しい」
このヴァルキュリア、不謹慎だなあ。
「放置するわけには行かないだろう。急ぐぞ」
「は、はい!」
気丈にソフィは頷いた。
だが、彼女の速度に合わせていては時間が掛かり過ぎる。
事は臨機応変に運ぶべきだ。
俺は彼女を小脇に抱えた。
「ひゃっ!? ス、スタンさん!?」
「許せ。少しの間だけだ。それと……口は閉じたほうがいい。舌を噛むぞ」
「!?」
ソフィは理解できない、という顔をしたが、素直に口を閉じた。
さあ、移動を開始しよう。
俺は彼女を抱えたまま、全力移動をする。
本来、ラグナロク・ウォーにおける全力移動はキャラクターレベルラウンドしかできない。
1ラウンドが10秒だから、俺ならば900秒の間全力で走れることになる。
せいぜい15分だ。
だが、騎士の10レベル特技である、不撓なる騎士の効果で、この効果が五倍になる。
その結果、俺は75分間の間全力疾走が可能になるのだ。
ちなみに俺の全速力は、およそ時速86キロだ。
「んっ……んん────っ!!」
口を閉じたまま、ソフィが悲鳴をあげる。
彼女としては、生まれて初めて体験する速度だろう。
何しろ馬よりも早い。
それを山道で叩き出す俺の足だ。
これは、騎士の8レベル特技である、進撃する騎士の効果で、あらゆる地形効果と、BSの移動障害を無視する効果を得ているからだ。
さらに、追加でMPを消費すれば俺の速度はさらに上がる。
だが、今はその時ではない……。
つまり、俺はまだ余力を残しているということだ。
第一全力を出したら、ソフィが持たないかも知れない。
ということで。
「見えてきたな!」
あっという間に、戦いの音がする場所に到達する。
そこでは、巨大な氷の肌をした巨人と、三人ほどの若者が戦っているところだった。
分は悪そうだ。
前衛の二名は押されており、片方の軽装な者は傷を負って片腕をだらりと下げている。
もう片方は、恐らく帝国の機甲兵。
だが、戦い方が村の前で戦った連中とは違い、個性的だ。
チェンソーがついた大剣を振り回し、巨人を牽制している。
後衛にいるのは、アルケミストだろう。
手の平に収まるほどの黒い箱をかざしながら、そこから次々と魔法のような効果を生み出している。
「なるほど、帝国側の探索者というわけか」
俺、この世界に来て初めて、ソフィ以外の探索者パーティと遭遇である。
※サーペント山
連なる山々が蛇のように見えることからこう呼ばれている。
※防護点で寒くない
あまりに氷系ダメージへの防護点が高すぎて、そのような現象が発生しているようだ。
※モンスターを倒しても、ラグナロク・ウォーはレベルが上がらない
経験点というものが、命題のクリアによって得られるものなのだ。
故に、モンスターをはじめとするエネミーはあくまでも障害でしか無い。
避けられる戦闘は避けたほうが賢い。
※帝国側の探索者
例え、探索者を嫌う帝国と言えど、探索者は生まれる。
彼らは独自の基準で、命題を果たすために行動するのだ。