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俺、星空の下で飯を食う

 夜になった。

 火にかけたゴールの兜から、実に旨そうな香りが漂う。

 セーフリームニルの肉は、必要な塩気を含んでいる。

 こうして茹でるだけで、お湯は出汁が取れたスープに変わるわけだ。

 いやあ、すげえなあ、セーフリームニル。


「ぶうー」


 得意げなうりぼう。

 彼はその辺りの草をもりもり食べている。

 昆虫を掘り起こし、それも食べているようだ。

 雑食はいいよなあ。

 いやあ……食糧問題はしっかり解決しなきゃな。

 食器を甘く見てたよ。


「あたしの兜ぉー」

「えっと。鍋の代わりは兜でやるとして、食べる時はどうすれば……?」

「ちょっと待ってろ」


 年頃の女の子がいるというのに、回し飲みというわけには行くまい。

 いや、ゴールだけならそれで全く問題ないんだが。

 俺は森までひとっ走りし、適当な太さの枝を折った。

 それを持ち帰ってくると、


「アゾットを貸してくれ」

「あ、はい」

『あっ、ソフィ、私を手放すのですか』


 アゾットが抵抗してくるぞ。

 こいつ、すっかりソフィを気に入っているな。

 だが今はお前が必要なのだ。


『あっあっ、私を使って枝を削って、匙を作るなんて! ユニークアイテムである私を! ナイフみたいに! ひどい!』

「うるさいなあ。本物のアゾットはここまで饒舌だったのか」


 俺は顔をしかめながら、人数分の匙を完成させた。

 これで、スープなんかを掬って飲む。

 先端を特殊な形にしておいたので、先割れスプーンとしても使えるはずだ。

 明日は椀を作って置かなければな。

 ソフィに返すと、アゾットがわざとらしく、『ヨヨヨヨヨ……』とか泣く。

 お前の持ち主は元々俺だったでしょ!!

 もう、経験点を払ってアゾットを入手して、アゾットが持っていた命題をクリアしたりした仲だと言うのに……。


「スタンはもうレベルがカンストしてるし、命題だってクリアしてるでしょ。だからアゾットからすると楽しくないでしょ」


 先割れスプーンで、むしゃむしゃと肉を食べながら、ゴールが言った。


「そりゃあそうだが、俺の繊細なハートが傷つくよなあ。俺と過ごした時間はなんだったってんだ」

「ふっ、ふふふふふ」


 ソフィが笑いだした。


「ごめんなさい。スタンさんって、凄く強くて、帝国兵だって寄せ付けないし、男爵の使いを前にしても堂々としてるし、雲の上の人なのかと思ってた。だけど、思ってたよりも全然普通だったから」


 そりゃあそうだ。

 俺の中身……ゴールに言わせれば、スタンの魂は現代日本に住む、ごく普通の中年男に過ぎないのだ。

 ソフィが感じ取った印象こそが、スタンの真の姿と言えるだろう。

 だが、今の俺はエインヘリヤルのスタンでもあるわけで、きちっとその辺りは演じていかなければいけないな。


「緊張がほぐれたかい? かつて俺が手に入れたユニークアイテムだったが、今はもう、アゾットは君のものだ。それは、常人が扱えるような代物ではないが、それに選ばれた君であれば使いこなすことが出来るだろう」


 ちょっと気取った風にスタンを演じる。

 実際、アゾットはソフィのレベルで手に入る武器ではない。

 使用者の魔法力と魔法への抵抗力を著しく高め、武器として扱っても、短剣サイズながら大剣なみの破壊力を誇る。

 これを持っていれば、ソフィは並の人間に後れを取ることは無いだろう。

 問題は、これを彼女にあげたことで、俺はまたしばらく、素手でいなければならないことだ。

 ラグナロク・ウォーには、格闘家(グラップラー)という素手戦闘に長けたクラスがあるが、俺は武器戦闘の専門家、戦士だぞ?


「まーたスタンが百面相してるよ」


 ゴールはあくまで他人事だった。




 アイテム欄から取り出した毛布をソフィに手渡す。

 彼女はこれを使って寝てもらい、俺とゴールは地面にごろ寝。

 見張り?

 そんなものは立てない。

 俺の隣で、既にぐうぐうと寝ているヴァルキュリアは、恐らくメインとなるクラスが密偵(スカウト)だ。何かが起これば、彼女が真っ先に気付く。

 そして現状、俺と互角に殴り合えるようなヴァルキュリアを脅かすほどの危険は、この辺りにはあるまい。


「やれやれ、大変な一日だった」


 俺は仰向けに寝転がりながら呟いた。

 しばらく村でダラダラと暮らしていたが、そこで何もしなかったツケを一度に支払ったような日だった。

 男爵の軍隊と向き合い、徴税官と交渉し、男爵の家に行き、男爵と交渉し、戻って帝国軍と戦い、そうしたらソフィが探索者になっていたので引き取った。

 うーむ。

 もっとゆったりとイベントが来てはくれないものか。


「正に、人生の重要時は、備えができてない時を狙って起こる、だな」

「ほんとです」


 返答があった。

 横を見ると、ソフィと目が合った。


「こんな風になるなんて、思ってもみなかった……。今でも信じられないです。私が、探索者……」

「それはある意味、俺も同感だ。まさか俺がこんな事になるとはなあ」

「……スタンさん?」

「いや、なんでもない。寝よう寝よう。明日は山越えだぞ。よりきつくなる」


 俺とゴールなら余裕だが、ソフィを連れてとなると少々厄介だ。

 さて、どうしたものか。

 しばらくソフィの視線を感じたものの、やがて彼女は寝入ってしまったようだ。

 俺は星空を見上げながら、しばらくぼうっとした。


「まあ、どうにかするしか無いだろう」


 ノープランだが、いつもの事だ。

 俺は考えるのを止めて、目を閉じたのだった。

※兜を火にかけた

 容赦なく鍋代わりである。


※アゾット

 『ヨヨヨヨヨ』とか泣く。

 ユニークアイテムには人格が宿っている場合が多いのだ。


※ノープラン

 命題(クエスト)が無い以上、やむをえない。

 唯一の指針は、ソフィが得た命題(クエスト)なのである。

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